第4話 旅立ち

 家に着いてまず、家にある中で一番丈夫そうな服装に着替える。鎧などはあるわけがなく、厚めの布で作られた服だ。

 腰にベルトを巻き、革製のポーチをつけた。ポーチの中に村長からもらった地図と手拭いを一枚入れておく。

 レナシーが革でできた水筒に水を入れてくれたので、それもベルトに巻き付ける。


「……よし、これくらいか」

「私は村の外に出たことがないからどれくらい危険なのか分からないけど、危なくなったらすぐに逃げるんだよ。死んだら承知しないからね」


 少しきつめなその言葉に、心配してくれている母の愛が含まれているのが分かる。


「絶対に元気な姿で、またこの家に帰ってくるよ」

「よし、それなら大丈夫だ。何たってあんたは私の息子だからね」


 レナシーは俺のことをぎゅっと抱きしめた後、強めに背中を叩いてにかっと笑った。


「じゃあ、行ってきます」


 家の空気を一度大きく吸い込んで。外に出た。次にこの家の入り口をくぐるのはいつになるだろうか。


 

 入口に向かって歩いていると後ろから名前を呼ばれた。振り返るとエルが向こうから走ってくる。


「お母さんから聞いたよ。村から出るんだって?」


 急いできたのか息を切らしながら聞いてくる。


「うん。あの男が次いつここに来るか分からないから、しばらくの間逃げることにした」

「もう行くの……? そんなに急がなくてもいいんじゃない?」

「体はもう何ともないし、行くなら早く行くに越したことはない。それに、自分のこの眼のことが早く知りたいんだ」

「そっか……。あ、じゃあちょっと待ってて」


 そう言うとエルは自分の家の方へと走っていった。


 数分経ってエルは何かを持って帰ってきた。


「はい、これあげる」

「なんだこれ、布? 服か?」

「マントだよ。昔お父さんが使ってて今は使ってないやつ。少し古いけど厚めだし着心地はいいと思うよ」

「いいのか、こんなの貰って」

「少しでもサラムの力になりたくて。お母さんもいいって言ってたし貰ってよ」

「そうか、ありがとう」


 貰った濃い臙脂色のマントを羽織ってみる。膝裏ほどの丈だが重くはなく、動きが制限されることもない。


「うん。いいなこれ」

「うんうん、似合ってるよ。……サラム、気を付けてね」


 珍しくエルが真剣な顔をしているので、逆に気持ちがほぐれた。


「……大丈夫。必ず無事に帰ってくるから心配するな」


 エルに別れを告げ、入口へと向かう。


 入口には朝と同様にクシーが立っていた。


「おお、サラム。体は大丈夫か?」

「おかげ様で今は何ともないよ。クシーが運んでくれたんだってな、ありがとう」

「二人があまりにも遅いから見に行ってみたら、お前は倒れてるしエルはすごい形相でいるしでびっくりしたぞ」


 本当にエルには心配をかけたなと思う。


「その格好。本当に村から出ていくんだな」

「一時的に離れるだけで必ず帰ってくるけどな。おそらく今日の男がまた村に俺を探しに来るだろうけど、その時は村をよろしく頼む」

「任せとけ。どうか無事でな、サラム」


 クシーにも別れを告げて、いよいよ村から出ようを思ったその時、村の方からまたもや俺の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。

 今度は誰だと振り返るとそこにはリーガンが立っていた。


「サラム、本当に村を出るのか」


 リーガンは怒っているような悲しんでいるような複雑な顔をしていた。


「おう」


 思えばリーガンとは、この村でエルと同じかそれ以上に一緒にいる時間が長かったかもしれない。

 しかし、こうして村を出るときに別れを言い合うような関係ではない。俺もリーガンもそんな柄ではない。


「そうか、それがお前の決めた答えか……。なら、これを持っていけ」


 そう言ってリーガンは何かを投げてくる。片手で受け取るとやや重量感があった。


「おっと。これは、剣か」

「そうだ。外に出るのに丸腰ってわけにはいかないだろう。お前に扱えるかどうかは分からないがな」


 そう言ってリーガンはにやりと笑った。


「こんな物すぐに扱いこなしてやるよ」


 俺もにやりと笑い、鞘から剣を抜く。剣のことには明るくないが、そんな俺でもいい剣だと分かるほどに剣身は銀色に輝き、持つとしっくりと手に馴染んだ。

 丁寧に剣帯まで付けてくれている。剣帯を腰に巻き、剣を鞘に差す。


「リーガン、ありがとな」

「その剣は貸すだけだからな。必ず返しに来いよ」


 その言葉にふと笑みがこぼれた。相変わらず不器用な奴だ。


「もちろんだ。何なら世界中からもっといい剣を持って帰ってきてやるよ」


 そう言うとリーガンもまた笑みをこぼす。

 それ以上は何も言わず俺は振り返り、村から出ていこうとした。

 ……のだが。


「あ」


 一つ言うことを忘れていたのを思い出し、もう一度振り返る。

 リーガンは不思議そうな顔で俺を見る。


「おい、リーガン。エルはなかなか手強いかもしれないが、頑張れよ」


 そう言うと、途端にリーガンは驚きを隠せないといった様子で焦り始めた。


「なっ、なんでお前それを!」


 ばーか、バレバレだよ。

 心の中でつぶやき、今度こそ村の外へと走り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤眼の少年は旅に出る 神崎涼 @kitto410

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ