第3話 村長の言葉

 目を覚ました。ここは……どこだ? 

 視線を動かして、そこが自分の家であることに気付く。首を少し上げると、レナシーとエルがベッドのそばに椅子を置いて座っていた。看ていてくれたのだろうか。


「サラム、目が覚めたんだね! 良かった」

「エル……。一体どうなったんだ」

「サラム、急に倒れたんだよ。とりあえず村まで運ぼうとしたんだけど、私の力じゃサラムを運べなかったの。村まで助けを求めに行きたいけど、サラムを一人で置いていくわけにもいかなくてどうしようかと思ってたら、クシーが私たちが帰ってくるのがあまりにも遅いからって心配して見に来てくれたの」

「そうだったのか……。心配かけて悪かったな」

「うん。だけど、それはレナシーおばさんに言ってあげなよ」


 横を見ると、レナシーが泣きそうな顔で俺を見ていた。


「母さん……」


 レナシーは上半身だけ起き上がった俺を抱きしめた。


「クシーに抱えて運ばれてきた時は本当に心配したんだからね。あんたが無事でよかったよ」

「うん。心配かけてごめん」


 体を離すとレナシーはまだ少し泣きそうな顔をしていた。


「もう少し休んで体が動くようになったら、村長の家に来なさい」


 そう言ってレナシーは家から出ていった。


「村長の家? どうしたんだろう」

「サラムが村に運ばれてから私が村長とかレナシーおばさんにさっきのことを話したの。そしたら、村長とレナシーおばさんと他の大人たちも集まって何か話し合いをしてた。内容は分からないけど」

「そうか。まあ行ってみたら分かるか」


 もう少し休んでから行ってみることにする。


「それよりエル。肩は大丈夫か?」


 エルの肩には、包帯が巻いてある。男にやられた傷に対するものだろう。


「うん、傷はそんなに深くなかったから止血さえしっかりすれば大丈夫みたい」

「その傷は、俺のせいだな……。ごめん。それと、あの時庇ってくれてありがとう」

「ううん、結局はサラムがあの人を追い返してくれたからお互い様だよ。こちらこそありがとね」

「いや、でもあの男は俺の眼を狙ってたから、俺がいなければエルが傷つくこともなかったのに」

「そんなこと言いだしたらきりがないよ。それよりサラムは眼大丈夫なの?」

「ああ、今は何ともない。……俺の眼、どうかなってたか?」

「私があの男に斬られてサラムが怒ったでしょ? あの時にサラムの眼が赤くなったの。サラムの眼はいつも赤いけど、普段の赤色とは比べ物にならないくらい濃い赤色だった。まるで血の色みたいだったよ」

「眼の色が……」


 ベッドの横にある鏡を覗くと、自分の眼はいつも通りの赤みがかった色をしている。


「実はあの時、眼が燃えるみたいに熱くなったんだ。それで、眼だけじゃなくて体全体も熱くなって、自分でもよく分からないけど気が付けば自分の右手から火の玉を放ててた。……俺、人間じゃないのかな」


 急に自分の体が怖くなる。自分はいったい何者なんだろうか。


「サラムは人間だよ」


 エルは何の躊躇いもなく答えた。


「でも、眼の色が変わるんだぞ?! 体から火が出るんだぞ?!」

「それでも、サラムは人間だよ。眼の色が変わっても、体から火が出ても。十六年間一緒にいる私が言ってるんだから、間違いないよ」 


 そう言ってエルは笑う。その笑顔は荒みかけた心をじんわりと癒してくれた。


「そう……だよな。ありがとう、エル。俺、そろそろ村長のところ行ってくる」

「うん、行ってらっしゃい」


 俺は村長の家に、エルは一度家に戻ることにした。



 村長の家は、村の入口の真反対である村の南端にある。

 入口をノックすると、「入ってよいぞ」と村長の声が聞こえてきた。中に入ると、村長とレナシーがいた。


「エルから話は聞いた。災難じゃったな、サラム」


 村長が白い口髭を触りながら労ってくれる。


「わしがまだ小さい頃、おじい様から聞いたことがあった。遠い昔にはそれを持つ者の存在が珍しくなかった時代もあったとか何とか言っておったが、おじい様もそれを持つ者は見たことがないと言っておったのう。お前の眼のことじゃよ」

「村長、俺のこの眼について知ってるのか?!」

「わしも詳しいことは何も知らん。ただ、十六年前、村の入口に捨てられていたお前の眼の色を見て、もしかしてと思っただけじゃ。特に何の影響もないから放っておいたが、まさかその眼を狙う者がおったとはの」

「そうだ。あの男、また狙いに来るって言ってた。この村の場所は知られてるから次は村が狙われるかもしれない」

「村を狙われるくらいどうってことない。と言いたいところなんじゃが、このルズの村は争いには向いておらん。もし何者かに狙われた時にお前を守ってやることができん」


 これに続く村長の言葉を俺は咄嗟には理解できなかった。


「だからサラム、この村から逃げなさい」

「え……? この村から逃げるって、何言ってるんだよ村長」


 俺はこの村でずっと生きてきて、この村以外の世界なんか知らない。逃げるって言ったって逃げる先なんてあるはずない。

 レナシーの方を見ると、今にも泣きだしそうな顔をしていた。


「サラム、あんたが生きるにはこの村にいてはいけないの。あんたも言ったように、いずれこの村にはきっと今日の奴があんたを狙いに来る。それに、今度は一人で来るとは限らない。そうなった時に、この村にいてはあんたは助からないわ。逃げるしかないの」

「逃げるったって一体どこに……」


 そこまで聞いた村長は引き出しから一枚の紙を出してきた。青い背景に大きくいびつな形の円、その円の中には至るところに小さい文字で何かの名前が記されている。

 それは地図だった。


「これはこの世界の地図じゃ。昔この村の近くに寄った商人から買ったものでの。わしが行ったことのある場所の位置は概ね正しいから、信用に足るものじゃろう」

「こんな物があったのか」

「周りの世界に過度な興味を持たせないため、子どもたちには見せんことにしておるからの。それで、本題はここからじゃ。ここを見てみい」


 そう言うと村長は大陸の南東の方を指さす。そこには村を示すバツ印があった。


「アスガ村?」

「そうじゃ。このアスガ村の村長とは少し面識があっての。ラルダナフという男なのじゃが、ラルダナフはわしよりも長く生きておって、何でも知っている賢者として知られておる。もしやあの男ならお前の眼のことも知っておるかもしれん」


 村長は相当歳をとっているはずだ。その村長より長く生きているとは、その人は一体どれほど生きているのだろうか。


「俺の眼のことを知ってる……」

「知らずとしても暫くは匿ってくれるじゃろう。とりあえずはこの村に向かうと良い」


 確かにルズの村にいてはいつかは襲われるだろう。それに、自分の眼のことは知りたかった。いや、知らなければいけないと思った。


 暫く考えてから、俺は答えを出した。


「分かった。俺、アスガ村に向かうよ」

「うむ。しかしお前たちに伝えてるように村の外には実際に獰猛な猛獣が生きておる。アスガに行くには大きな森を抜けねばならんが、この森の中にもその類の獣が多く住んでおる。気を付けなさい」

「分かった」


 どんな物が待ち構えているか想像もできなかったが、覚悟はできた。


「一人で村を出るお前にしてやれることはあまり何もないが、これは持っていくと良い」


 そう言って村長は地図を渡してくれた。


「いいのか?」

「うむ。何枚か予備があるからの」

「じゃあ、ありがたく貰っておく」


 村長との話を終えると、レナシーの方に目を向ける。


「母さん……」

「あんたも決めたみたいだし私も覚悟したわ。可愛い子には旅をさせよって言うしね。……絶対に生きて帰ってきなさいよ」


 さっきまで泣きそうな顔をしていたが、もういつもの母の顔に戻っていた。


「必ず、生きて帰ってくるよ」


 そう言うとレナシーは満足そうに頷いた。


「とりあえず一度家に戻るわよ。できる限りの準備はしないといけないし」

「うん。じゃあ村長、行ってくる」

「うむ。無事を祈っとるよ」


 村長の家を出て、レナシーと一旦家に戻るために歩き出した。

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