第6話「ep6「今、メスゴリラって言った?」」

 佐倉英雄サグラエイユウは知ってしまった。

 逆境の中、不可避の絶望を前にした人間の弱さを。

 恐慌と恐懼きょうく、暴力と略奪……なげきの連鎖。

 だが、同時に確かに感じ取った。それは、見えず聴こえぬ周囲に無数に散らばっていた。終焉しゅうえんを前にしても……否、終焉迫るからこその、人々の善意。最後の最後まで、理性と良心の元に行動する者達。

 そんな人々の中を、巻波真姫マキナミマキの手を引いて走る。

 だが、戦闘を走る護衛の少年が立ち止まって振り向いた。


「あんた、英雄だったな……悪いけどここまでだ」

「……ユウト?」


 吉野ヨシノユウトは、先に行けとばかりに道をゆずる。

 そして、英雄と真姫の背後に迫る何かに向かって身構えた。


「お、おい……なあ、ユウト」

「先に行ってくれ。魔獣、とも気配が違うみたいだな……何かが、迫ってる。さっき大きな気配がこの星から消えた。あれだけの存在感、もしかして……同時に、と、を感じた」

「それは」

「わからない。ただ……世界の調和は魔術的にも霊的にも、無数の可能性と並行している……いわゆる連理れんりってやつだ。何かを借りる時、何かが対価として支払われる。だとすれば――」


 ユウトの言葉を引き継ぐ気配が、不意に英雄の背後に浮かび上がった。

 真姫が驚きながらも、口に手を当て震えている。

 英雄も驚きに言葉を失った。

 そこには、先程トラックにかれて命を落とした少年……確か、有川楓路アリカワフウロと名乗った男の子と同じ状態の人間が浮かび上がっていた。姿ばかりは人の姿を象る、半透明に透き通った霊体……それは、学校の屋上でついさっき会った人だった。


「やあ、英雄。もう少しで都庁だけど、大丈夫そうだね」

「あなたは……守和斗スワトさん!」

「今、精霊達の意志を具現化させた存在……ELEMENTSエレメンツの歌声が世界に満ちている。今こそ、君と真姫の願いに世界樹せかいじゅは応えてくれる筈だよ」

「でも、あなたは……」

「ああ、気にしないで。世界のために、僕は対価を払ってこの世界に招いた……天を舞うほむらはねと、地をせる純銀じゅんぎん賢人けんじんを。それが、俺の最終決意アルティメイタムだったという訳さ」


 すでにもう、守和斗に生命の鼓動を感じない。

 だが、決然とした覚悟だけが確かだった。

 この星を、人類を救うために彼は自身の生命を投げ出してしまった。それは、世界を優しく包む歌声と一緒に、本来ありえない力を呼び込んだのだ。

 守和斗はユウトにも微笑ほほえみ、徐々に薄れてゆく。


「吉野ユウト、だったね。ありがとう。君がメガフロートから来てくれなければ、危なかった。その力に相応しい、君は……君もまた英雄ヒーローだ」

「いや? そんなことはないさ。俺はいつも、ただ一人の魔法使いでいい。今のままの自分でできることがあるから……向き合い続ける。誰が何と呼ぶかは、興味ないね」

「なるほど、それもそうだったね。じゃあ、あとは任せるよ」

「ああ。俺にだって仲間が、待っててくれる人がいる。あんたは? 守和斗」


 曖昧あいまいな笑みを残して、守和斗は消えていった。

 だが、英雄にははっきりとわかった。

 彼の魂と呼べる者が、消滅してしまった訳ではないと。今も胸に、心の奥に感じられる。それは自分にも真姫にも、そしてユウトにとっても同じだと思いたい。

 そして、万能の異能を詰め込まれた男は、世界の敵と相克そうこくし、戦った。

 その戦いは今も、自分達へと託され続いているのだ。


「さて……行けよ、英雄! いいか、その娘の手を放すな……最初は思ってたさ。何で、ごく普通のありふれた精霊使いを、ってな。でも、今わかった……お前達は、二人は……二人なら、ただの精霊使いじゃない」


 名を伏せ身分を隠し、力を潜めて生きる精霊使いではないとユウトは言った。

 だから、二人は出会った。

 精霊使い同士が交流を持ち、人の輪を和として繋がることはまれだ。

 英雄には特別な力はないし、それは手を握る真姫も同じ。

 だが、二人は二人でいられることが唯一の存在なのだった。


「――来たかっ! 可能性同士が繋がり行き交えば……自然とノイズも入り交じる!」


 英雄は目を疑った。

 自分を守ってくれるユウトの前に、突如として異形の化物ばけものが降ってくる。

 それは、例えて言うなら鋼鉄の攻蟲こうちゅう……昆虫にも似た、鈍色にびいろに光る殺意の群体だ。大きさは小型自動車程度だが、徐々に増えてゆく。それは、またたく間に周囲の避難民達をパニックにおとしいれた。

 説明を求める暇もなく、ユウトに急かされる。

 走って逃げることもできたが、英雄は迷った。

 そんな彼の握る手で、真姫が強く握り返してくれる。


「英雄くん、行こう! ユウトくんの頑張り、無駄にしちゃ駄目だよ」

「……ああ。でも、数が」


 そう、気迫でにらみ返すユウトの周囲へと、無数の敵意が群がってくる。

 全て、ユウトが守る自分達を……特に真姫を狙っていることは明らかだ。

 だが、突如として謎の敵の一部が吹き飛ぶ。

 空気の震えが特殊な兵器だと感じたが、英雄は詳しくないのでわからない。

 科学なのか魔法なのか、それともその両方なのかすら考えられなかった。


『ユート、あちらにもユートという人が……ユウトなる人物がいるようです』

『わかった! ……まさか、こんな形で戻ってこられるとは、な!』


 再度、唸りを上げる砲弾が鋼鉄虫インセクト達の一角を突き崩す。

 そして、英雄達をユウトごと守るように……銀色に輝く巨体が降ってきた。

 その背中シルバーバックは、頼もしさを感じて不思議と安心感を与えてくる。


「こ、これは……」

「なるほど、こっちが守和斗の言ってた賢人とやらか。……ゴリラ、だよな?」

「あ、うん……ユウト、ゴリラ……まあ、森の賢人って言われるから」


 それは、見るもたくましい肉体をそびえさせた鋼の巨人だった。そして、その姿は人間と言うにはわずかに前傾で、巨大な前腕が大地を掴んでいる。

 その中から声が響いて、英雄は驚いた。

 自分と真姫と同じ、少年と少女の声だ。


『そこのあんた、こいつらはバグ……人間を襲う機械の虫だ。だから、俺とエミィ、そしてこのアンダイナス――』

『私達、蟲狩りバグハンター獲物えものということになります。それと、ユート』


 鋼鉄のゴリラ型ロボットと、目の前のユウトとが同時に「何だよ」と返事をする。

 その声に応える少女の言葉は、嫌に透き通ってどこか無機質な印象があった。


『ええと、そちらの方ではなく、いつものユートの方です』

まぎらわしいな。けど、信じていいんだな?」

御随意ごずいに。少なくともユートが、そう、ちょっとかたななんか持ったからって少しはしゃいでしまう、そんな年甲斐もないガキっぽさを持ってる方のユートがそう言ってますので』


 やめたげて、何だかよくわからないけどやめたげて。

 不思議と英雄は、まだ顔も見ていないもう一人のユートが気の毒に思えた。

 何だかいたたまれないが、今は緊急時だ。

 そして、地面に突如とつじょとして立体映像が浮かび上がる。

 先ほどと同じすずしげな声で、少女はゆらぎゆらいだ映像で喋り始めた。


『同業者との作戦行動中、突然トキハマに似て、それでいてことなるこの街に……そう、あの男が言う言葉を借りれば、次元転移ディストーション・リープしました』

「あの男? あ……黒い服に金色の縁取りの」

『ええ、そしてルックス偏差値へんさちがイラッと高くて少し不遜ふそんな万能感を漂わせていた男です』

「……それ、守和斗だ」


 少女は時々ぼやけながらも、バグと呼ばれるむし達から英雄と真姫を守ってくれるという。そして、現在都庁の出入りが封鎖されているので、直接二人を担いで世界樹まで登るというのだ。

 それを聴いていよいよユウトが臨戦態勢で闘志を高ぶらせる。

 彼は彼で、自分がなすべき使命に対して躊躇も迷いも見せなかった。


「ゴリラの大砲で倒せるんだ……俺がやってやれないこともないはず。それに……ちょうどいい、ちょっと借りるぞ!」

『っ! な、何を……失礼ではありませんか! 立体映像とはいえ、胸に』

「ごめん! けど、おかげで戦えそうだ!」


 ユウトは今度は、揺れ動く少女の立体映像へと手を伸べた。

 そして何と、彼女の胸からもメモリらしきカートリッジを取り出す。

 それをすかさず腕の篭手こてへとセットすれば、小さく声が響いた。


Manipulatorマニュピレーター

「おっと、こいつは……とんだ使だな! だが、いけるっ!」


 篭手を身に着けたユウトの腕が、一気に何倍も膨れ上がる。豪腕と化したその鋼鉄のこぶしを、迷わず彼はバグへとぶつけた。

 質量を感じさせぬ一撃が、高速で兵隊蟲アントリオン達の戦列に穴を穿うがつ。

 そして、そのまま肩越しに振り返ってユウトは叫んだ。


「そっちのユート! 頼めるんだろうな!」

『ああ……あの妙な男にも頼まれた。それに、俺だってこの世界で生きえたんだ……本当に戻ってくるためにも、戻る場所は守るさ!』

「なら、信じた! ゴリラ使いさんも!」


 立体映像はチベットスナギツネみたいな顔で『ゴリラ使い……私が、ゴリラ使い……』とつぶやきながら消えた。

 そして、ロボットはそっと右手を差し伸べてくる。

 掴まれといってるようなので、英雄も覚悟を決めた。


「ごめん、真姫!」

「え、ちょっと、英雄くん……ひあっ!」


 真姫の細い腰を抱き寄せ、そのまま両手で抱きかかえる。俗に言う、だ。驚きながらも、見下ろせば真姫は渋々という体裁を取り繕いながら首に手を回してくる。

 くちびるとがらせほおをふくらませると、彼女はぶーたれながらも嫌がらなかった。

 そのまま英雄は、ゴリラ型のロボの手に乗る。

 あっという間に、森の賢人の名に相応しい速度が都会のジャングルを疾駆しっくした。

 風になる……避難民が埋め尽くす地上ではなく、高さを使って屋根から屋根へと鋼鉄のボディが軽快に躍動した。


『紹介が遅れたな、俺はユート……今は違うけど、こっちの世界の人間だ。で、ゴリラ使いの妖精ちゃんはエミィ』

『ユート、その形容に対して強い抗議の意志を表明します。私にゴリラ使いなどという言葉がふさわしくないことを、12,000パターンの論理的なロジックで論破できますが』

『ごめんな、これでもかわいいとこがあんだけど……で、あれが都庁、世界樹か』


 既にもう、ビル群の中央に見え始めていた。

 真姫を支えて巨大ロボに抱かれ、英雄は改めて息を呑む。

 暗雲垂れ込める中、今日の世界樹は不思議な青白い光にぼんやりと光っていた。





登場人物紹介

🌲都庁上空の世界樹は今日も元気なようです。

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054884487981

・佐倉英雄:高校生。精霊を視る力を持つが、周囲には秘密にしている。

・巻波真姫:高校生。強い力を持つ精霊使い。


🅾蒼眼の魔道士(ワーロック)

 https://kakuyomu.jp/works/4852201425154893854

・吉野ユウト:高校生。人の思念や想いを武器化して戦う魔法使い。


🐒蟲狩りのアンダイナス

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054884041023

・高円寺勇斗:高校生。遠未来に飛ばされ蟲狩りのパイロットに。

・エミィ:電脳人。データ人間だが、肉体を取り戻すために戦う。

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