第7話「闘仙クヌギはここでもこわい」
避難中に突然、トラックに
普段から愛読しているライトノベルのように、これで異世界へ転生
そんな状況になっても冷静でいられる自分に、フウロは一番驚いていた。
奇妙な安心感は、自分の先を歩く小柄な男から発している。
「悪いね、若いの。何せ急ぎだ、使えるもんは何でも使わせてもらうって訳さ」
見た目は少年、それも幼い……
どこか野性的で、危険な香りのするアウトローの顔をしている。
何より、老成して見える瞳に人ならざる輝きを感じた。
彼の名は、
それが名字なのか名前なのか、どちらにしろ偽名なのか……それとも屋号なのか。
ただ、皆が椚先生と呼ぶだけの説得力を、先程からフウロは感じ続けている。
その椚が、ふと路地で立ち止まった。
「……
「あ、あの、椚先生……」
「お前さんまで先生、先生、か……よせよせ。椚でいい」
「椚さん、えっと」
「力を持ち過ぎると、せっかちになっていけねえ。……生き急ぎやがって」
ふと、椚の顔が
だが、すぐにいつもの不遜とさえ言える不敵な面構えに戻る。
「まあ、いい
「は、はいっ!?」
「お前さんの縁も、最後にはちゃんとどこかへ
「闘仙……仙人さんなんですか!?」
「ま、見ての通りな」
フウロのイメージでは、仙人と言えば杖を持った
だが、鳴り出したスマホを取り出す椚の姿からは、その雰囲気はあまりない。
ピンとこないまま、フウロは黙って椚の後を追う。
すると、下町の路地で一人の女性が振り返った。少女と呼んでも通用しそうな若い美人で、綺麗というよりかわいい印象である。
「椚様、あの……ミタチさんが多分ここだって。高くつくぞ、って言ってました」
「おう、
木乃香と呼ばれた女性の隣で、椚が表情を引き締める。
そこには、古い日本家屋がある。下町の
フウロには、一瞬でわかった。
異様な気配の中で、空気が
目に見えない
その玄関に立って、椚は振り返る。
「
「はあ……それより、椚さん。ここ」
「
「まさか、ここって」
緊張気味に続く木乃香も、大きく
そして、椚は
「椚さん、仙術で鍵とか開かないんですか?」
「
これでは押し込み強盗だが、それならかわいいものだ。
古いネジ式の
そして、家屋の中から冷たい空気が漂ってくる。
ここまでくると、背後の木乃香も異様な雰囲気を察したようだ。
「椚様、ここ」
「お前は外で待ってな。どれ……フウロ、ちょっと付き合え」
「えっ!? いや、俺に何が」
土足で椚が、どんどん奥へと進む。
慌てて足早に、フウロも小さな背を追った。
そこは、まるで時間が止まったかのような場所だった。室内は片付いているが、生きるものの気配がない。そして、
あらゆる負の感情を集めたような、不可視の暗黒に満ちた世界。
その奥へと、どんどん椚は迷わず歩く。
洋間と思しき最奥のドアを、椚は迷わず開け放った。
「やれやれ、そんなことだろうと思ったがね」
椚が
そして、フウロは見た。
奥の窓に面した机に、何かが突っ伏している。人間だとわからなかったのは、その黒い輪郭が
一際濃密な
そう、
「ホ……シ……カワ、イソ、ウ……ホシ……」
椚は表情一つ変えずに、再びメールの着信を伝えるスマホを取り出す。それを
そして、
「こいつぁ物書きだそうだ。小説家なのか詩人なのか、とにかく読み書きで飯を食ってた人間だ。で、食っていけなくなった」
「つ、つまり……えっと、本が売れな、かった」
「ああ。この不景気だ、出版社なんざ時勢に全く対応しねえ、旧態然とした仕事の代名詞だからな。そのあおりを食って……食えなくなって……そして、喰われた」
「
自分で問いつつも、フウロにはすぐにわかった。
自分が今、肉体の
そこには、
「人は皆、誰しも心に鬼が
「椚さん、この人……助かるんですか?」
「無理だな。同情はするが、ちと
既にフウロには、五感を感じる肉体はない。
だが、それでも集中力を眼前の闇に向けると、無数の声が雪崩込んできた。
「カワ、イソ、ウ……ホシ、ホシイ……ミンナ、ホシイ……ホシ、ナイ、カワイ、ソウ」
冷たく暗い声だった。
聴いたフウロの意識が凍りつきそうに鳴るほどの、それは
そして、僅かな交感の瞬間で知る。
出版社の都合で収入を失い、不幸が連鎖して何もかも失った。それでも書くのを止めなかった男は、いつしか書く意味も書きたかったことも忘れてしまったらしい。ただ、恨みつらみを込めて
自分を悲観し、
自分への
「で、星が欲しいとか抜かして……手近な星を引っ張り出したのさ」
「それが、あの……宇宙ステーション!」
「丁度、奴がかわいそうだと思える何かが、その中にいるらしい。で、それが渇望する地球への望郷の念を、押し付けがましい哀れみで引っ張ってる訳だ」
フウロは全てを理解した。
この天変地異は、一人の男によって引き起こされたものなのだ。
だが、一つだけわからないことがある。
「星って、なんですかね? 椚さん」
「さあな。金や地位じゃなく、星ってんだから……まあ、文豪さんにも色々あんのかもしれねえ。それと……星は時に
「……でも、星ってなんか……それは、欲しがるってのは」
「悪いもんか、誰だって同じさ。ただ」
「ただ?」
「星の
わかったような、わからないのような話だ。
だが、気付けば椚の手に銀色の棒が現れている。
彼はそれを、おぞましい姿へと向けた。
「さてフウロ、お前さん……ちと頼まれてくれねえか?」
「あ、はい……いい、です、けど」
「こいつが暗い
「……宇宙に? 俺が? どうやって」
「何言ってんだ、お前さん。もう肉体がないんだぜ? 次への渡りはつけとくからよ」
「次への渡り……」
「
それだけ言うと、椚が手にした
ドロドロに渦巻く闇の中から、事件の元凶は虚ろな瞳を向けてくる。
「ホシ……ホシ、イ……カワイ、ソウ……」
「
「……ホシ、カワイ、ソウ……カワイ、ソウ、ホシイ……」
「じゃあフウロ、行ってくれ」
椚が複雑な
言葉を
同時にフウロは、脳裏に念じて床を蹴る。イメージ通り、あっという間に天井を透過して体は空へと舞い上がった。そして……消え行く怨念の僅かな
その先にもう、はっきり見える姿で落ちてくる……
登場人物紹介
☯闘仙クヌギは鬼よりこわい
https://kakuyomu.jp/works/1177354054883276139
・椚:大学生。妖魔や怪異に精通し、闇の仕事を請け負い邪を鎮める。
・木乃香:椚の元で働いている女性で、秘めた役目を持って付き従う。
🎯魔法創造者の異世界人生 ~テンプレ世界を謳歌せよ!~
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884298797
・有川楓路:ラノベが大好きで異世界転生を夢見る青年。
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