5-29 飴
クリスさまの歩き方はとても優雅だ。
背筋を伸ばして、ほんの少し出っ尻で、整ったリズムを刻む。
余裕を感じさせる軽やかなステップだ。
「きみは一体どうしてここへ?」
「買い出しに来たのです。ほろ苦くて、少しだけ甘いケーキを作るために」
「そういうことなら案内しよう。今日はすることもなくてね、散歩の途中だったんだ。明日からまた寮に戻ることになるが、話し相手もいない実家は少し暇だ。家族全員忙しそうにしているのだよ。弟は学友といたずらに熱中して、帰ってくればすぐに寝てしまうし……」
僕は口元を隠して笑う。
「可愛らしい弟さまですね」
「小憎たらしいやつさ」
クリスさまは小走りになって僕の前に立ち、こっちを向いて腰をかがめた。
僕と同じ高さのところに顔がある。唇の前で人差し指を振ってみせてくる。
「ここら一帯は僕の庭のようなもの。遠い先祖はこの地を開拓し、グローステスト家の力で発展してきた。僕も小さな頃から遊んだものだよ。父上に連れられて、先の酒屋でミルクやジュースを飲み、あるいは父に内緒で甘いブランデーを舐めさせてもらったりね。近いところにあるヒルマートン家には何度も遊びに行ったものさ」
「ご主人さまとは家族ぐるみのお付き合いがあると聞いています」
「その通りさ、ここ最近は行っていないのだがね。エヴァンジェリン嬢は少し手厳しいところがある。そういえば、明日はきみも学校だろう。来るのかい?」
「もちろんです。ご主人さまのそばに居なくてはなりませんから。お弁当は、何にしようかしら」
いつも通りのサンドイッチ、一手間、二手間かけて、愛情を加えたいものだ。
もはやマーガレットさんの監修が無くったって、それなりに作ることはできる。
とはいえ、味見はしてもらうのだけれど。
クリスさまはダーシーさんのお菓子屋の前で立ち止まった。
「ここは一番好きな場所さ。多々あるお菓子屋さんの中でも、一番古い店なんだ。幼い頃は屋敷を抜け出して、ここの飴を舐めたものさ」
「私も、ダーシーさんにお世話になっているのです」
「それは、奇遇だね。彼女は若くないが、歳を感じさせないだろう? 不思議なものだな。きみも同じで、男性を感じさせない何かを持っている」
僕は驚いて、クリスさまを見た。「ご存知だったのですか?」
「当たり前さ。学校内はきみのことで持ちきりだからね。外へ一歩出れば、絶対に漏らしてはいけない生徒と教師たちだけの秘密。少女らは隠し事に歓喜していて、実家では喜んで口を噤んでいることだろう。もちろん、僕も口外なんてしないさ。野暮だからね」
僕たちは店に入り、ダーシーさんに挨拶をする。
マーガレットさんのレシピを渡すと、彼女は豪快に笑いながら、バスケットの中に材料を詰めてくれた。
クリスさまがその様子を楽しそうに眺めている。
「甘いものはお好きなのですか?」と僕は訊いてみる。
クリスさまは目を大きくして、それから頬を赤らめた。
「その通りだよ。僕は甘いものが好きで、それは昔からずっと変わらない。変わろうとしているのに、結局は変わらない部分がいくつか残ってしまう。背の高さ、肩幅、顔かたちだって、本当は一つも変わっちゃいないんだ」
「クリスさま?」
「なんでもないよ。余計なことを言ってしまったね」
クリスさまが、砂糖菓子の並んだショーケースの上に置いてある小瓶を見た。
その中には色とりどりのまん丸な飴玉が、きらきら光っているように見える。
「一つ、貰うよ」
彼女はその大きな両目で瓶を見つめて、物欲しそうに手を伸ばした。
ダーシーさんが快諾すると、待ってましたと言わんばかりに小瓶を持ち上げて、蓋をそうっと外した。
手のひらに二つの飴玉を落とす。
桃色と、薄緑色の丸い飴玉。
白い手の上に乗っかって、優しい二色の影を作っている。
「片方は、きみのものだ」
小瓶を元に戻したクリスさまが、僕の前に手を差し出す。
「どっちでも好きな方をえらんでごらん。味は一緒。とろとろに甘くて、ずうっと舐めていたくなる」
「いいのですか?」
「構わない」
「しかし、私よりもクリスさまが先に。図々しいことはいたしかねます」
僕が口元を隠して言うと、彼女は微笑んだのだった。
「いいから、僕は何回も食べているのだから」
ぐいと手を僕の方に突き出してくる。
そうまでされてはさすがにお断りすることもできず、僕は桃色の飴玉を摘み上げた。
「桃色かい?」
「ええ。私のチョーカーの色ですから」
クリスさまが薄緑色の飴玉を口に放り込んだ。
僕はそれを真似するように、大胆に口に入れる。
途端、強烈な砂糖の甘さが頭いっぱいに広がった。
飴玉は少し大きくて、口を閉じたまま転がして舐めるのはちょっと大変だ。
「ほっぺがぷくぷくしているね」と、クリスさまが笑う。
僕のことをおっしゃっているのだろう。
少し恥ずかしくなる。
飴玉の動きが、彼女に筒抜けになってしまっているのだ。
「クリスさまもですよ」
「まったくだ」
僕らは、お互いに口元を隠して静かに笑ったのだった。
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