4-26 街路樹のある通り
近くにあった裏口らしき扉を叩き、再び叫んでみるものの、同じことだった。
何度も別の扉に移っては、同じことを繰り返す。
「お嬢さん」
はっとして振り向くと、そこには身なりのしっかりした男性が立っている。
白いフロックコートを着て、ステッキを突いていた。
「お困りかな?」そう僕に言い、優しげに微笑みを向けてくる。
「道に、迷って、しまった、のです……」
彼は白いハットのつばを持ち上げた。
じいっと僕の姿を眺め回し、下から上へと動く視線が、僕の口元で止まった。
「その服は、もしかしてヒルマートン卿の?」
いかにも、と僕はお辞儀をする。
この桃色のチョーカーが、お屋敷に仕える者の何よりの証拠なのだ。
彼は軽く頷いた後、僕を手招きして歩き出した。
「そうだね、俺についてくるといい」
僕は少し警戒したが、他にできることもないので、彼の後ろについて歩き出した。
彼の歩き方は少しふらふらしていたが、それがどことなく優雅で、余裕のある感じがする。
「たまたまだよ」と彼は言った。「久しぶりにこの街に戻ってきたんで、うろついていたんだ」
「本当に助かります」
どうやら、僕は見当違いの方向へ歩いてしまっていたらしかった。
が、彼はすいすいと道を進んで行く。街路樹はすぐに現れたのだった。
「ほら着いた。この街路樹も変わってないな。あんなところで迷ってしまうなんて、君は少し方向感覚に劣っているのかな?」
意地悪そうに笑う顔を見て、僕は頬を上気させてしまう。
出来ることなら、走り出してしまいたい。
「お恥ずかしい限りです」
「まだ日の昇っている時間帯でよかった。もしも夜であったらなら、何が起こっていたかわからないからね。そのヒルマートンの制服を纏っていたとしてもだ」
「ええ。満月の夜には、狼男が現れるそうですから……」
「ああ、」彼は静かに笑って、「そうだね、子羊ちゃん」と言った。
「本当にありがとうございました」
「いや、気にしないでくれ。俺は喉が乾いたし、昔馴染みの店で一杯やりに行くとするよ」
僕ははたと気づき、バスケットの中から水筒を取り出した。「喉が渇いたのでしたら、これをどうぞ」
「それは君のだろう。貰うわけにはいかないな」と言って、彼は口元を歪める。「そうだ、今、時間はあるかい? お礼をするくらいの気持ちで、俺の酒に付き合ってくれよ。おごるぜ」
僕はお礼という言葉を聞いて素直に頷く。
ご主人さまへの恩がすでに返しきれないほど溜まっているものだから、余計な借りは早めに返すに限るのだ。
それに、さほど時間に迫られているわけでもない。
「それじゃあ、行こう」
彼はステッキで三回地面を小突いて、ちょっと放り上げるとご機嫌な表情で掴み直した。
「君、すぐ迷子になりそうだから、俺の腕に掴まりな」
彼は口笛を吹きながら進んで行く。
彼の歩みが速いのは、僕よりも足が長いからだろう。
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