4-24 ほろ苦くて少しだけ甘いもの

 ご主人さまは兄上さまたちの会合に連れて行かれて以来、ますます大人な味覚を求められるようになっていた。


 やはり、誰にとっても、年上の方々と関わることは刺激になるのだ。

 僕だって年上の女性たちに混じってご奉仕させていただいているのだから、よく分かる。


「と、いうことなのですけれども、どうすればいいのでしょうか」


 僕は朝の仕事を終えたところで、相談のためにマーガレットさんに会いに来ていた。


「そうですね、ほろ苦くて、少しだけ甘いようなケーキかしら。お小遣いをあげましょう。お金が余ったら好きなものを買っていいですよ」


 彼女は襟を緩めて右手を忍び込ませると、胸元から小さな手帳を引っ張り出した。

 そこになにやら文字を書き記し始める。


 僕は彼女の使っている鉛筆が高級品だということを知っている。

 アルステリアという帝国の鉱山地区で取れる良質なグラファイトを円筒に詰めたものらしい。

 冥土の土産がどうのと言っていたが、詳細はよくわからなかった。

 誇りある仕事にはそれなりの道具が必要、という精神だけは理解できたのだけれど。


 それから、彼女はそのページを千切って僕にくれたのだった。


「私はまだ少しやることがあるので、一人で買い出しに行けますか?」


「はい、大丈夫です」と僕は答えた。


 今日の僕の使命は、ほろ苦くて少しだけ甘いケーキを作るための買い出しを完了することだ。


 彼女から離れて、旅支度を済ませる。

 バスケットの中には水筒とお財布、材料を記したメモを入れた。

 駅馬車がどこにくるのか、地図を見てルートを頭に刷り込ませる。


 外出用のケープを羽織り、バスケットの柄を力強く握りしめながら、僕はお屋敷を出たのだった。


 敷地は広く、歩いて外に出るのは一苦労だが、幸い停留所は内部にあって、それほど時間はかからない。

 外からお屋敷に奉公しに来る方々のためだ。


 駅に着くと、馬車はすでに乗客を待っていた。


 馭者が言うことには、脚のいい馬なので、とても快速なのだそうで、また、帰りの便だからすぐに出発するとのことだった。


 僕はチップも含めての運賃を渡し、彼に手を引かれて乗り込んだ。

 そして、他の乗客を待つこともなく、馬車は進み始めたのだ。

 駅馬車に僕一人、想定ではぎゅうぎゅう詰めだったものから随分気楽だな、と思った。


 午前の冷たい隙間風が、車内に滑り込んでくる。

 気付けみたいで、緊張感を維持させられる。


 ファイアストン川上流の停留所で、男性を一人拾って、下流側の街へ。

 あまり見たことのない馬車道を通っていく。


「おや、ヒルマートン卿の?」


「ええ、ごきげんよう」


 感じのいい壮年の紳士だった。

 彼は柔和な笑顔で微笑みを向けてきた後、目を瞑った。


 あまり、お屋敷と関係のない方々とは関わったことがなかった。

 本当はどうしていいかわからなかったが、彼は瞑想をしているので、そうっとしておくことにした。


 お仕着せはいつものように可愛らしく、清潔だ。座り方もおしとやか。

 マーガレットさんはバニエをつけなさいと言うけれど、僕はドロワーズが好きだった。

 純白のエプロンは外して来たが、代わりのケープには金糸で蔓草の刺繍が施してある。


 馬車は、先日、兄上さまたちとお茶会をした中流の桟橋付近を通り過ぎて、さらに下っていく。


 街にたどり着くまで、他には誰一人乗ってこなかった。


 僕は街の駅で降ろしてもらい、ちらりとこちらを見た壮年の紳士に「それではごきげんよう」と挨拶をした。

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