3-21 不毛なるコーディ(1)

 僕はご主人さまと兄上さまと、ファイアストン川の中流までやってきていた。


「いやあ、コーディに会うのも久しぶりだな! 僕は彼のことが好きでね、これがまたヘンテコな奴なんだよ。一応、休暇ということでこっちに戻って来ちゃいるけれど、実はやることも多くてね、完全にオフなのは今日だけなんだ。あいつに会えるのも今日だけって考えると、少し寂しくなるよ。当の本人はそんなこと、これっぽちも思っちゃいないだろうけどね」


 馬車を降りながら、興奮した様子の兄上さまを尻目に、ご主人さまが耳打ちしてくる。


「あたしたち、やばいところにきちゃったわよ。見て、お兄さまの、冒険に行くみたいな、汚れても大丈夫そうな格好。コーディさんって知ってたら馬車には乗らなかったわ。今日、無事に帰れるかしら」


「そんなに大変なお方なのでしょうか?」


「ええ、全然お風呂に入らないの」


 僕はどういった反応をすれば良いのかわからず、曖昧な返事をした。

 これから僕たちはコーディさまのボートで川をくだり、下流の小さな集落まで行くのだ。


 バスケットにはケーキとブランデー、それから紅茶が入っている。


「上流から流されて来るという話だが、少し来るのが早すぎたかな? なあ、きみたち。彼はどんな魔術を見せてくれると思う? 新作を見せたがる傾向があるからね。父上は彼をうちで囲った方がいいと思うんだがね。コーディは頑固で食客になろうとしてくれないからなあ。うちの国には彼みたいに優秀な魔術師はそういないんだから」


 兄上さまが次々とコーディさまについてのエピソードをお話をしてくださった。

 話によると、あくまでも僕の印象の上でだが、彼らは相当な問題児だったらしい。

 僕らはそれを聞きながら(ご主人さまは、うんざりしたご様子)小四半刻ほど桟橋の上で待っていると、川の下流の方に大きく立ちのぼる煙のようなものが見えてきて、ちいさな船が姿をあらわした。

 ボートにただ屋根をつけただけのような形をしている。

 僕らのそばにまでやって来て、不穏な揺れかたをしたあと、一回大きく緑のきらめきを吹き上げて止まった。


 ボートから一人の男性が顔を出した。

 瓶底のような丸メガネをし、もじゃもじゃの茶髪を揺らしながら、無精髭の頬をぽりぽり掻いている。


「コーディ!」兄上さまはボートに飛び乗ったかとおもうと、襲いかかるみたいにして熱烈なハグをした。それから頬にキス。「すまない、舞い上がってしまって! いや、これが舞い上がらずにいられるだろうか? 久しぶりだなあ、きみ」


「いやあ、すまん。上流に船を落とすつもりが、僕のきまぐれもあって下から上がってこなきゃいけない羽目になっちまってね。で、今日はお客さんを連れて来たのかい。きみのせいで見えないのだが」


「エヴァと、その専属の侍従だよ」兄上さまは言った。「さあ、きみたちもボートに乗りたまえ。優雅に川を下ろう。くだらない冗談でも話しながらね」


 ご主人さまは大きなため息をつきながら、「ごきげんよう」と言って、兄上さまの手を借りて船に乗り移った。


 僕はといえば、船と桟橋との間隔に少し恐怖を抱き、その場で足踏みをしていたが、兄上さまが先に荷物を引き取ってくださり、手を大きく開いて、飛び込んで来てごらんと安心できるような言葉をかけてくださった。


 僕は助走をつけて兄上さまにジャンプ! 受け止められるやひらりと一回転して勢いを殺し、その場に僕を立たせてくれた。騎士の身のこなしだ。


「ようこそ、僕の魔術船へ。魔術船なんて表現はオーバーだな。拾いもんの船に屋根と動力を付けただけだからね。とりあえず出発しよう。適当に腰掛けてくれたまえ」コーディさまは僕を見て、鋭い目つきをした。「それと、きみは後で背中を見せてくれ。興味がある」


 僕は首を傾げた。良く考えると、意識して人に見せたことなんて、今まで一度もなかったのだった。


 ボートは向きを反転し、流れにまかせて本当にゆっくりと進み始める。


「コーディさん、わたくしを通さず、いきなり背中を見せろだなんて、レイディに対して失礼ではありませんこと?」


 僕は外向きのご主人さまを久々に見たのだった。


「だ、そうだが?」とコーディさまは言い、兄上さまに伺いを立てた。


「エヴァ、何も脱げって言っているわけじゃ無いんだ。ちょっとこっちにきて後ろを向いてごらんと、そういう意味だよ。おそらく」


「それならば、許可します」とご主人さまは言った後、僕に目で合図をした。


 僕は生唾を飲み込んで、揺れに気をつけながらコーディさんの前に歩み寄り、背中を向ける。

 自然と肩に力が入ったし、目も強く閉じた。

 そして、淑女がショッキングな目に遭った時、どうすればいいかを思い出していた。たしか、マーガレットさんが言うには、失神すればいい。


 コーディさまが低く唸った。


「解れかけの呪いか。少量の魔力に触れるたびに自壊していく仕組みだろうな、珍しいもんだね。ここまで順調に解けたものの、解呪の圧が無くなったみたいだ。ちょっと刺激すれば、ほら」


 突然背中を押され、前のめりに転びそうになる。

 すぐそばに居た兄上さまが支えてくださったおかげで、倒れずに済んだ。


「ありがとうございます」と見上げて言う。


 目が合ったものの、兄上さまは視線を逸らした。「け、怪我はなかったかい」


 僕は一歩下がり、お辞儀をして、もとの居場所、ご主人さまの横に腰掛けた。


「今、きみの呪いは完全に解けた。気分はどんなもんだい?」


 コーディさまが、興味無さそうに言ったのだった。

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