3-20 旅の準備
二人と別れた僕は、ご主人さまの部屋の窓を開けて片付けをした。
お掃除はとても楽しくて、綺麗になっても床掃除を続けてしまう。
清潔な部屋で勉強すれば、最中に余計なものが視界に入らず、それだけ効率も良くなるだろうし、気持ちよくやっていただけるだろう。
はじめは部屋にすら入れてもらえなかったけれど(服を着替えれば入って良いと言われたものだ)今では特に禁じられることもなく、こうして掃除させていただけることに感謝しなければならない。
僕は台所に戻ってミルクを温めながら、持ち運びに良さそうな食器について考えをめぐらせていた。
「何をしているのです?」
話しかけて来たのはマーガレットさんだった。
彼女はエプロンを取って、台所から出て行こうとしていたらしい。
「ショコラを作る練習と、食器を選んでいるのです。これから兄上さまのご学友の方とボートで川をくだりますから、その時にケーキを振る舞おうと思って」
「あら! あなたのケーキは私も食べたかったのに」彼女は笑う。「今朝一緒に作ったやつでしょう? なかなかにいい具合だと思うけれど、チョコレートケーキにショコラはどうなのかしら。紅茶の方がお口に合うかもしれないわ」
「そうかもしれません」と僕は言った。
けれど、美味しい紅茶の入れ方なんて、一つも知らなかった。
自慢できるのは、大ご主人さまに褒めていただいた実績のある、ショコラだけなのだ。
「私もひとつ、給仕しましょう。実は、仕事を早く終えてしまったので暇なんですよ。紅茶は食糧庫にいろんな種類があるの。ついていらっしゃいな」
僕はミルクの火を止めて、マーガレットさんの後ろを歩いて食糧庫に入った。
扉を開けて正面のところ、いろいろな瓶にたくさんの種類の紅茶が詰めてある。
マーガレットさんはそれらの中から幾らかずつとって小瓶に詰めていった。
「このブレンドが私の好みなのですよ」
僕は素直に感心して台所に戻ると、紅茶の淹れ方についてのレクチャーをしてくれた。
どれくらいの温度で、どの程度蒸らせばいいのか。
その方法論は彼女独自のものであって、回数かけてたどり着いた自分好みのやり方だ、と言っていたが、それにはずれが無いことを、僕は良く知っていた。
「ボート、ねえ。あの子かしら」マーガレットさんがいたずらに笑う。「きっと、あまり良い食器は持っていかない方がいいでしょう。失くしてしまっては勿体無いですものね。きっと、この中のどれを紛失したとて、ご主人さまはお怒りにはなられないでしょうけれど」
僕は、彼女が選んでくれた食器と、あらかじめ切っておいたケーキをバスケットに詰めて、台所を出たのだった。
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