3-19 剣の稽古

 朝、僕は冷や汗をかきながら剣戟を見守っていた。


 ご主人さまが兄上さまと、剣の稽古で戯れられておられるのだ。

 僕は横で冷や冷やしながら、水筒とタオルを持って、その様子を眺めている。


 兄上さまは、とても剣さばきが上手だった。

 若くして(若干15歳!)王立騎士団の一員となった経歴を持つ彼の才能は、大ご主人さま譲りなのだろうか。


「今日はこのくらいにしておこうか」と兄上さまが言った。


「ありがとう、お兄さま」


 僕は二人に駆け寄って、兄上さまにはタオルをお渡しする。


 それから、ご主人さまの顔を拭って差し上げようとすると、手を伸ばした瞬間に、タオルを奪われてしまった。


 ご主人さまは密かに僕を睨み付けると、少し頬を膨らませたまま、額の汗を拭った。


 兄上さまは豪快なことに、水筒から直接、水を飲み干したらしい。


「きみ、仕事には慣れましたか?」と兄上さま。


「はい。みなさまとても優しくしてくださって、少しはミスもいたしますが、こっ酷く叱られるようなこともございません」


「きみを叱るなんてとんでもない! いいや、それは僕と父上だけかもしれないが」と言って兄上さまは苦笑いをした。


「はあ、」と言って僕は首をかしげる。

 彼らにとってしてみれば、僕はまだ侍従の一員ではなく、客人扱いなのかもしれなかった。


「お兄さま、あたし、剣の腕は少しは上達したかしら?」


「この前とあまり変わらないかなあ」


 兄上さまの言葉を聞いて、ご主人さまが肩を落とす。

 僕はすかさずフォローをする。


「ご主人さま、がっかりなさらないで。きっと、兄上さまが上手になられたのと同じ分だけ、ご主人さまも上手になっているのですわ。ですから、変わらないように感じられるのではないでしょうか」


 すると、兄上さまが笑う。「面白い発想ですね。その通りかもしれない」


「私に、そのようなお言葉遣いは恐縮でございます」


「ふうむ」兄上さまは頷き、しばらく考え込んだ後、「そう、それなら友人として話すことにしよう」と言った。


「汗を流すのは気持ちがいい。ちょっと水浴びをして来るからここで待っていて頂戴」


「私がお手伝いいたします」


「こないでいいの!」


 叱られて、僕は小さくなった。


「おや、こっ酷く叱られることはなかったそうだが」と兄上さまは笑う。「僕も着替えてこよう。随分と汗で汚れてしまった。オルガナはどこにいるか知っているかい?」


「はい、裏庭のポーチで兄上さまをお待ちです。私が焼いたケーキがあるのですけれど、後でいかがでしょうか? 小腹はおすきではありませんか?」


「いいね。この後、かつての学友とボートで遊びに行くのだが、きみとエヴァも来るといい。そこでケーキをいただこうか。川の上で、お湯を沸かしたりもできるからね」


 兄上さまは顔を近づけてきて、首を傾げて見せた。


「はい」


 僕は高鳴る胸をおさえてお辞儀をした。

 兄上さまの目元はとてもご主人さまに似ているのだった。

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