2-14 クリスティン・グローステスト(2)

「悪い方ではないのでしょう? クリスさまは」


「ええ、そうよ。でもね、どうしても気にくわないの。グローステストの家とは家族ぐるみの付き合いがあるけれど、会うたびに毎回毎回言い寄られてね、うんざりよ」


 クリスさまがご主人さまに近づく姿は容易に想像できた。あの瞳で口付けを迫るのだろう。


 例えば寝室にお呼ばれしたとすると、薄明かりの下、薔薇の香りに包まれながら、大きな眼と大げさで気障な言葉によって作られた雰囲気に流されないように、ベッドに押し倒されないように、意識を確かに保ち続ける必要があるのだ。

 それは、心無い魔物ですら簡単に手懐けてしまいそうなやり口なので、ご主人さまが懸命に振りほどく姿を想像すると、とても気の毒に思えた。


「小さい頃は、普通の女の子だったのにな。あたし、その頃のクリスティンは好きよ。綺麗なお人形をたくさん持っていてね、大切なものを一つあたしにくれたの。今でも大切にしまってあるわ。名前だって付けたし、その時には、女の子だから、思いつく限りのとびきり可愛い名前を話し合って決めたものよ」


「いつか、私にも見せてくださいませんか? そのお人形を」


 ご主人さまは下を向いて、石ころを蹴飛ばした。「いいけれど、いつになるかな」


 僕たちは散歩を続ける。


「校舎の裏の方にも大きな庭があって、寄宿舎があるの。それは学び舎よりもずっと大きくて、二人で一部屋があてがわれるんだけれど、四人で一緒に住めそうなくらい広いのよ。一度見学しただけなのだけれどね。あたしも上級生になったら毎日ここに来なくちゃいけないから、寄宿舎に入ることになるわ。その時は、」ご主人さまは一度僕を見、顔を背けた。「アイリーンたちと毎日夜中までお話ができるわね。ろうそくを一本だけ盗み出して、消えるまで恋の話をするのよ。あたしはどちらかといえば、冒険の話がいいけど」


「盗みはいけません」


 僕が口元を隠して笑うと、ご主人さまも柔和に笑った。


「そうよね。知ってる? マーガレットって、怒ると怖いのよ」

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