2-12 うさぎのデザート
廊下を長身の女性が通りかかるのが見えた。
腰にレイピアを下げて、美麗な男装をしている。
羽根つきの三角帽子を被っていて、女性らしいアレンジの施された軍服を身に纏っていた。
「あの方は、どなたでしょう?」つい口に出してしまう。
「まあ! クリスさまよ!」と言って、立ち上がったのはアイリーンさまだ。
目を爛々と光らせて、一目散に駆け寄っていく。
「ああ、わたくしの憧れ」とジョセフィンさまが、とろんとした顔で言った。
続々と、他の令嬢たちも昼食を中断して立ち上がり、我先にと駆け出していく。
「ちょっと、アイリーン! 抜け駆けは許しませんわよ!」
そんな風に言う彼女らが、立ち上がる前に、口元を綺麗に拭ったりするところを僕は見逃さなかった。
結果として、僕とご主人さまだけがその場に取り残されたのだった。
しかも、気まずいことに、彼女は未だにしかめっ面を解いていない。
「ご主人さま、サンドイッチはお口に合いましたでしょうか?」
僕が作った、初めてのお弁当だ。
マーガレットさんに手伝ってもらったとはいえ、不安は残っている。
自分たちの味覚が、常にご主人さまにとっての最良を用意できるとは限らないのだ。
「いつもどおりね」
「ありがとうございます」
「あんたが作ったの?」ご主人さま一瞬こちらを向いたが、すぐにそっぽを向いてしまった。「二人なんだから、畏まった口のきき方はやめて頂戴。あたしはご主人さまじゃなくて、エヴァンジェリンなんだから」
「しかし」
「おいしいわよ」彼女は早口に言った。顔を背けたまま、サンドイッチをもう一つ口に運ぶ。
僕は嬉しくなり、口元を隠して笑みを噛み殺した。
お弁当が綺麗に無くなったので、バスケットから銀の食器類を取り出した。
氷はほとんど溶けてしまっていたが、りんごはとても冷えている。
「あら、りんご?」
僕は少し誇らしげに、フルーツナイフを使ってりんごを四つに切った。
皮にナイフを入れて、うさぎをかたどってみる。
薄めのブランデーをカップに注いだ。
「マーガレットさんがこしらえてくださったんですよ」
ご主人さまは、まだ溶けていない氷をひとつつまみとって、口に放り込んだ。
「ふうん。あたし、きいてるかもしれないけど、氷が好きなの。あんたも一つどう?」
「はい」
二人でしゃこしゃこと氷を食べる。
しばらくの沈黙があり、ご主人さまはりんごを口に運んだ。
「お口に合いますか?」
「畏まらないで」彼女は言った。「とても美味しいわ。うちにいなくても、こうやって冷えているものが食べられるなんて、すごく贅沢な感じがする。ブランデーは、あまりたくさんは飲めないけれどね。薄め方はあたし好みよ。でも、全部マーガレットほどじゃないんだから、自惚れないでよね」
ご主人さまはさらに一つりんごを食べて、ブランデーを舐める。
僕も一ついただき、部屋の外の喧騒をしばらく眺めていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます