2-09 登校

 着替えられたご主人さまと一緒に馬車に乗って、女学院までお供をする。


 敷地を抜けると、山の麓まで出て、その道沿いを進んで行く。


 途中で馬にまたがった数人の騎士にすれ違った。


「きみたち、どこまで行くのかね?」


「このずうっと先の女学院まででさあ」と馭者が答える。


「途中まで我々が同行しよう。ここのところ物騒でね」


 彼らは僕らの馬車の横をしばらく付き添ってくださり、そして別れたのだった。


「彼らはどうしたのでしょう?」


「王立騎士団ね。このあたりで何かあったのかしら? 魔物でも出たのかしら?」


「随分とこの辺りを警戒しているようでしたね」


 馭者が手綱を操りながら、後ろを向いてるのが見えた。

 彼も事情は詳しく知らないらしい。


「ミレイアも大変そうだし、あの国がもしアルステリアに乗り入れられてしまったら大変だって、お父さまはおっしゃっていたわ。ああ見えて、お父さまもお兄さまも忙しいのよ、今」


「ミレイア、ですか?」


「お隣さんよ。内部の混乱の最中に王子が行方不明、どこかで死んだって噂よ。王家の血筋が途絶えちゃって、それで追い討ちをかけるように大きな地震があってね。うちの国とは仲良くしていたのだけれど」


「戦争など始まってしまえば、うちらのような小国はあっという間に荒野になっちまいますわな」


「戦争ですって!」僕は思わず声を荒げた。


「大丈夫。お父さまがいるもの。口八丁でなんとかしてくれるわ。そういうのだけは得意だっていつも自慢気にしているじゃない? おれはおべんちゃらだけで食っていけるんだぞってね」


 おしゃべりと手遊びと、お世話によって時間を潰し、お屋敷を出て四時間ほどが経ったところで、馬車はある広場に入った。


 降りてあたりを見回すと、僕は思わず声を漏らしてしまった。


 次々と豪奢に飾られた馬車が入ってくる。

 それぞれが違った紋章をつけている。

 そこから降りてくるのは、どれもきらびやかな衣装を着たご令嬢ばかりで、お付きの侍女が全ての荷物を持っている。


「嫌になるでしょ?」とご主人さまが言った。「たかが勉強のためだけに、あんな見栄の張った格好をする必要なんてあるわけないでしょ。うちなんて、ここまで近い方だけどね、泊まりがけで来るような遠方の人なんて、ああいう格好をするために、寝台のあるものよりも大きな着替え専用の馬車を連れてくるのよ」


 ご主人さまは、必要以上に着飾ったりしない。

 動きやすい軽装を好まれる。

 ガウンにフリルは付いていないし、スカートも膨らんでいない。

 靴のかかとも低い。


 かといって、みすぼらしい格好をしているわけでもなかった。

 家柄について誇張しようとはしていない、ただそれだけのことだ。


 僕はエプロンは取り替えたが、相変わらずのお仕着せを身に着けている。


 馬車を降りると、僕は馭者にお辞儀をした。


「それではまた。こちらへお迎えに上がりますので」馭者は言った。「わしがお供できるのもここまで。あとは、きみが自分の力でなんとかするんだよ」


「ええ、どうもありがとう」と僕は言った。


 僕はバスケットの中身が潰れていないかどうかだけを確認すると、眼前に並んでいる馬車の群れを眺めた。


「行くわよ!」


 スカートの裾を持ち上げて歩く令嬢たちのあとを追いながら、僕たちも校舎に向かって歩きだしたのだった。

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