1-03 寝室へ
静かにドアを閉めて、高い天井を見上げる。
後ろ姿を追いながら、下品な足音を立てないように、ゆっくりと足を進める。
彼女の歩き方は、とても洗練されている。
年齢は尋ねても教えてくれないけれど、ただでさえ年齢不詳なのに、醸し出される侍従としての経験と誇りは、僕の人生よりもずっと長い時間をお仕えして培われてきたものに違いない。
僕も彼女を見習って、手をお腹の前で組み、背筋を伸ばす。口元をきりりと結び、柔らかな微笑を作る。
前に足を出すたびに、ふわりふわりとスカートが揺れる。僕たちの足音は、規則正しく、上品に、廊下に響いていた。
「おはようございます」
僕と同じお仕着せを身に付けた女の人が、すれ違いざまに挨拶をしてくれた。
オルガナだ。
「おはようございます」
僕が軽く会釈をして言うと、彼女は言った。
「一人前、おめでとう。これからもよろしくね」
「よろしくおねがいします」
オルガナは、僕よりも背が高くてまるまるとしている。
ふくらんだ頬や、形の良い鼻が、とてもお人好しな印象を与える。
「それにしても、見違えたわね。ご主人さまが連れて来た時は、どこでこんな干からびたニンジンを拾ってきたのかしら、なんて思ったりしたものですけれど、どんな子も、本当は綺麗なのよね」
「この子が可愛らしいからといって、あまり見つめすぎないことですよ、オルガナ」
「あら、侍従長。私にはちゃんと将来を誓い合った人がいるんですから」
二人はくすくす笑う。
「知っていますとも。それでは、行きましょうか」
「あ、それと、」オルガナが付け加える。「記憶、早く戻ると良いわね」
「はい。どうもありがとう」
僕はオルガナに小さく会釈をしてから、再びマーガレットさんの後ろを歩き始めた。
そして、浴室までやってくると、小さな桶にお湯と、タオルを持たされる。
「あなたはこれから毎日、一人でこれをしなくてはなりませんからね」
僕は、どこにお湯が溜めてあって、どこに新しいタオルがあるのかを何度も確認した。
湯の中にラベンダーの雫を落とさなくてはならない。
さらには、温度は熱すぎず、ぬるすぎず。
季節やその日の気温によって、臨機応変にしなくてはならないのだ。
「では、お嬢さまのところへ行きますよ」
浴室を出て、近くの階段を上がる。
窓から入ってくる朝の光が、まぶしいほどに廊下を照らしている。
僕は、もう一人前なのだ。
一週間の療養と半年の教育過程を経て、専用に仕立て上げられた清潔なエプロンドレスを着ている。桃色のチョーカーは、一人前になった証でもある。
そして、受け取った腕輪は、僕の知らない記憶を秘めているのだろう。
「いいですか、もう一度言いますけれど、あなたはお嬢さまにお仕えするのですから、『お嬢さま』なんて呼んではいけませんよ。ご主人さまとお呼びにならなくては」
「では、エヴァンジェリンご主人さまのお父さまのことはなんとお呼びすればいいのですか」
「大ご主人さまなんてどうかしら?」
「僕が言うご主人さまは、エヴァンジェリンご主人さまのこと。マーガレットさんの言うご主人さまは、大ご主人さまのこと」僕は首を傾げた。「とっても難しいなあ!」
「あら、口調にも気をつけなければなりませんよ。とっても難しいことですのね。さん、はい?」
「とっても難しいことですのね」
マーガレットさんが微笑んだところで、僕たちは足を止めた。
ご主人さまの部屋の前にたどり着いたのだ!
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