植木鉢とチョーカー

1-02 はじまり

 ついにこの日が来た!


 僕は全身鏡の前でエプロンドレスを身にまとい、着付けを確かめる。

 頭につけたホワイトブリムを納得のいく角度に動かしてみる。

 このお仕着せが、こんなに清潔で丹精込められた仕上がりになっているのは、この館に務める方々の苦を少しでも和らげるためらしい。


 鏡越しに、マーガレットさんが見えた。

 彼女は後ろを右往左往して、いろいろな角度から僕を眺めている。

 近寄ってきて両手で僕の肩をぽんと叩くと、「少し上を向いて」と言い、首にうす桃色をしたリボンのチョーカーを付けてくれた。


「よく似合っていますよ」と彼女は言う。


 僕は顔が熱くなるのを感じ、自然と口元を緩めてしまう。

 侍従長に褒められるのは、いつでも嬉しいものだ。


「ありがとうございます」僕は言って、マーガレットさんを見つめる。


 彼女はほっそりとした体つきなのに、とても柔らかそうだった。

 仕草の一つ一つを見ても、洗練されていてまるでレイディのようだが、物腰よりはむしろ、僕の視線を吸い込んでしまう、彼女の豊かな胸がそう思わせるのだ。

 何でも包み込んでしまうような優しい感じがするではないか?


 彼女の長い髪の毛は、すっかり白くなってしまってはいるものの、白銀みたいに艶やかで、すとんと真っ直ぐに伸びている。

 八重歯があって、両頬に笑くぼを浮かべて笑う時には、まるで同年代の女の子といるみたいに錯覚してしまう。


 鏡の前で、僕はふわりと回ってみせる。

 半年前までは短かった髪の毛も、今では口にかかるくらいにまで伸びてきていて、結うこともできるようになった。

 純白のドロワーズをレースのアンダースカートが包み、コルセットが僕の寸胴を、うら若き乙女みたいに演出している。

 その上に纏った黒のワンピースは、腰から足元にかけて、ゆるりとふくらんでいる。

 糊の効いたエプロンには、実用性を壊さない程度にフリルが施されており、後ろの帯をきゅっと締めれば、僕にも胸元に小さな膨らみが出来た。

 袖口にカフスは付いていないけれど、ちっとも気にならない。


 マーガレットさんが宝石箱を開けて、一つの腕輪を取り出した。

「そしてこれは、あなたがここに来た時、腕につけていたものです。随分と薄汚れて光を失っていましたから、初めは誰もが手枷か何かと思っておりました。が、ご主人さまの慧眼には驚くばかりです。綺麗に磨き上げると、こんなにも美しいものだったなんて」


 彼女から腕輪を受け取って、よく観察してみる。

 重い銀色が冷たく感じる。僕の両手の中で、細やかに光を反射している。


「よいですか、あなたはこれからもご主人さまのために様々な試練を乗り越えねばなりません。それは必ずしも、目に見える形であなたに降りかかるわけではないでしょう」

「はい」

 凛としおらしく、教えられた通りのやり方で返事をする。

 チョーカーをいじって、その感触を確かめてみる。

 腕輪に手を通すと、少し気恥ずかしくなってきた。

 すぐに外して、宝石箱の中に戻す。


「あなたのご主人になるお方の名前を言ってごらんなさい」

「エヴァンジェリンお嬢さま」

「九十点です」マーガレットさんは、くすりと微笑んだ。

 鏡越しには、彼女の可愛い笑顔が見える。

「あなたのご主人さまになるのですから、エヴァンジェリンご主人さまと言わなくてはだめですよ」

「はい」顔を上げて、彼女の目を直接見て言ったのだった。


「では、朝の仕事に参りましょう」


 僕は、彼女の後ろについて、部屋を出た。

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