第15話 トップラン




 人の口に戸は建てられない。

 適正試験での一件は、一夜にして近衛教導学園を駆け巡り、雪村都古は瞬く間に時の人となった。型落ちの機体で格上の相手を、それも五機同時に戦い勝利した事もそうだが、何よりも話題に上ったのは彼がアリスシステムに、高い適正数値を叩き出した事だ。


 機甲科で好成績を治めるには、アリスシステムの適正が前提とされる。

 基本的に女性にしか適合しないのがアリスシステムの常識である事から、誰もが雪村都古の立場を軽んじていた。ましてや機甲科の特別編入枠。財力も権力も持たない一般人が、よりよもよって男子ではこの先、出世の見込みが薄い機甲科に編入するなど、その他大勢の生徒達にとっては、自分達が納める学費の無駄遣いに思えただろう。


 だが、都古は見事に実力で負の評価を覆した。

 実際に試験を見学していた生徒達の言葉もあり、少なくとも一般生徒の間からは今後、都古の立場が軽んじられる事は無いだろう。

 ただ、これはあくまで雪村都古の存在価値についての話だ。


 人間性となるとまた別で、ホームルームで盛大にやらかした事件が生徒間で消化されない内に、今度は男子の実力者である桜井のグループを黙らせてしまったのだから、アリスシステムの適合やギア操作の高さ以上に、悪評が身に付いてしまった。おまけに昨日の今日でクラスメイトの森永は欠席。遠巻きに聞こえた噂話には何の根拠も無く、「雪村が森永を再起不能の病院送りにした」という妄言が、まことしやかに囁かれていた。


 おかげで取り巻く状況は一転しても好転はせず、教室の中では未だに都古は腫れ物に触る扱いだった。都古の素行も勿論、原因の一端ではあるだろうが、これにはもう一つ大きな要因がある。


 躑躅森揚羽の存在だ。

 どうやら都古が躑躅森揚羽の結成するチーム・アゲハの一員になった事を、何処からか聞きつけて。あるいは揚羽自身が他から粉をかけられないよう、自ら情報を流して他を牽制しているのか、その事実もいつの間にか学園に広まっていた。

 揚羽は一言で表現して権力を持った無法者。そんな彼女と関わり合いになりたく無いのだろう。

 都古の回りは昨日と同じ……否、昨日よりよそよそしい態度が続く。


「……ま、別に静かでいいけどな」


 自分の机で頬杖を突きながら、遠巻きに此方を伺うクラスメイト達の反応に、都古は短く嘆息した。

 強がりでは無い。見た目は子供でも都古の中身は六十近い老人だ。子供の噂話に一喜一憂するほど、青臭い精神はとっくの昔に枯葉の如く朽ちてしまった。だがら、別に寂しくは無い。もしかしたら、噂を聞きつけた生徒達に質問攻めにされるかもなど、全くもって期待していなかった。勿論、強がりでは無い。

 心の中で誰に言うでも無く、言い訳をしている内に午前中の授業は終了する。


 適当に人目を避けて、登校中にコンビニで買ったパンを食してから、いよいよ午後の専攻授業へと挑む為、まずは昨日の試験教官の元まで行くと、教官は都古の姿にギョッとした表情浮かべてから、高圧的だった以前とは打って変わって、腰の低い小役人のような態度で適正試験の結果票と、それに伴い都古が所属するクラスが言い渡された。


「雪村。君には今日から機甲科のSクラス……通称、トップランに所属して貰う」


 トップラン。最前線とはまた、中々に大仰な名称だ。

 事前に揚羽や桐子から情報を聞かされていたので、特に驚いたりはしなかったが、やはり世間的には異様な振り分けなのだろう。試験教官が都古に向かってそう告げた瞬間、職員室に残っている教官、教師達の間にザワッと動揺が走った。

 都古は彼らの反応など全く気にする事無く、試験教官に向かい敬礼をする。


「了解しました。雪村都古候補生、粉骨砕身の覚悟で訓練に挑みます」


 やや古臭い掛け声を残して、都古は堂々とした足取りで指定されたSクラスの教室に向かった。


★☆★☆★


 機甲科の教室がある特別棟は学園の奥、ほぼ中心部に位置する。

 敷地内にコンビニが営業しているような学園だ。徒歩で移動するのは大変なので、素早く移動できるように、生徒が無料で乗れるバスが運用されている為、特別棟にはそれを利用して向かう事となる。

 徒歩だと数十分かかる道のりもバスだと数分で到着。

 ちょうど真正面に停車したバスから降りると、そこに建っていたのは校舎とは名ばかりの古めかしいホテルだった。

 古めかしとは言っても古臭いわけでは無く、外観は海外の老舗ホテルのようで赴きがあり、都古は一瞬、ここが日本だという事を忘れそうになる。ホテルなのか校舎なのかの疑問はあるが、少なくとも金をかけて尚、悪趣味にならない上品さを感じさせる佇まいは、都古は嫌いでは無かった。

 ここが学び舎に相応しいかは、また別問題だろうが。


「とは言うモノの、さてどうしたモンか……普通に入ればいいのか?」


 周囲に自分以外の生徒は見当たらない。と、言うか、目の前の特別棟以外に建物は無くバスが走ってきた道路が通っているだけで、ここら一帯は学園から隔絶するかのよう、植樹された互い木々に覆われていた。

 こう人気が無いと二の足を踏んでしまうが、突っ立っていても埒が明かない。


「遅刻してうるさい連中に絡まれても面倒だからな……今度こそ慎重に」

「ミヤコ?」

「――うわっ!?」


 微妙に緊張しているところを、背後から声をかけられ都古は飛びあがって驚く。

 振り向くと後ろに立っていたのは、きょとんとした表情の、タマラ=アルツェバルスキーだった。


「な、何だタマラか……驚かせるなよ」

「すみません、驚かせて、しまいましたか?」

「いや、謝る必要は無いんだけどな。それよりお前もここに居るって事は、タマラも機甲科だったのか」

「はい。今日から一緒、ですね」


 頷くとタマラは嬉しそうに微笑んだ。


「ところで、バスには乗って無かったようだが、タマラはどうやって来たんだ?」

「はい、それは……」

「妾が所有する車でやってきたのじゃ」


 声と共に車輪の回る音を立てて現れたのは人力車。笠を目深く被った男がゆっくりと停車させると、座席からぴょこんと軽快な足取りで、日本人形のような少女……いや、童女が二人の前に近づいた。

 童女は開いた扇子で顔を仰ぎながら、にんまりとした横目をタマラに向ける。


「急に車から飛び降りて駆けて行ってしまうから、何事かと思うておうたら。そうかそうか、タマラもようやく色というモノを知る年頃になったか」


 揶揄うように童女が笑うと、タマラは直ぐに頬を赤らめて俯いてしまう。


「ち、違い、ます。ミヤコの前で、あまり変な事を言わないでください。昴流様」

「昴流様?」


 聞き覚えのある名に都古は視線を童女に注ぐ。


(昴流……花城昴流か)


 事前リサーチの中でも優先度の高い、花城インダストリーズの跡取り娘だ。

 年齢的には見た目通りの童女ではあるが、IQ180越えの超天才児で、花城家自体も近衛教導学園に多額の寄付金を送っている。その縁と才能もあって彼女は飛び級の無い日本で、特別編入枠とはまた別口の枠組みにより入学を果たしている。


 エージェントからの追記によると、自分が学習する為というよりは、彼女が信頼を寄せるタマラ=アルツェバルスキーの育成に力を注ぎ、自身はもっぱら学園内で優雅に過ごしているそうだ。勿論、桐子が推察するには、昴流はただ遊んでいるだけで無く、親会社を継ぐに辺り有能な人材を、今から学園で見繕っているのだろう。だそうだ。

 此方の視線に気が付くと、昴流は少し不機嫌そうに眉を顰める。


「じゃが、想い人がこの男とはの」


 ため息を付いてから、改めて此方に向き直る。


「お主、名前は?」

「……雪村都古だ」

「ふむ、雪村か。名は古風で悪くは無い」


 ふむふむと頷きながら、開いていた扇子をパチンと閉じる。


「妾の名は花城昴流じゃ。この名、当然知っているであろうな?」

「名前くらいはな。ああ、花城が製作した航空機は、乗り心地は良かったぞ」

「ふん、たわけめ。花城が航空機を作っていたのは、妾の祖父の代じゃぞ」


 鼻を鳴らすが、眉間に寄せていた皺は解れた。


「じゃが、ユーモアのセンスは悪くは無い。これであの大うつけのお手付きじゃなければのう」

「昴流様」

「ひぐっ!?」


 窘められると何故か昴流は過剰な反応を見せ、何かを探すよう首を左右に巡らせる。何を恐れているのかはわからないが、自分達以外に不審なモノは無い事を確認すると、昴流はホッと安堵で胸を撫で下ろしてから、再びふてぶてしい表情で此方を見上げた。


「まぁ良い良い。本日よりは、妾らは席を隣り合わせる学友同士。仲良く出来るかどうかは、主の器量しだいじゃが、頑張るがよいぞ」

「そりゃ、ありがたい言葉だ。随分と上から目線だがな」

「当然じゃ。妾はえらいのじゃからな。のう、タマラ?」

「いえ、その……あまり会社外の方に、高圧的なのは、どうかと思います、よ?」

「――普通につっこむなっ!」


 昴流はその場でぴょんぴょんと、飛び上がりながら怒った。

 高圧的と言えば確かに高圧的。昴流からはクラスメイト達と同じ、昴流を庶民と見下す上流階級の意識が感じられる。だが、森永や桜井ほど腹立だしい気持ちにはならなかったのは、彼女の姿が子供だったからだろう。


(俺も普通の生活をしてれば、こんな孫がいたのかもしれんなぁ)


 そう思うとこのクソ生意気な態度も、ちょっとだけ愛らしく思えてしまう。


「旦那様も、心配してましたよ? あんなに我儘で、友達が出来るのかと」

「ぱぱぱ、パパ上の話は今はいいじゃろ!? やめろ! 妾のイメージがストップ安になってしまう!」

「……ですが」

「まぁまぁ、タマラ。そうきゃんきゃん言うモンじゃないさ」


 間に割って入るよう、都古は苦笑しながら昴流の頭頂部にポンと手を置いた。


「子供の内は自分をでかく見せたがるモンさ。いちいち叱ってたら、折角の伸びしろが足りなくなっちまうぜ。それに、俺は全然、気にしていない」

「ミヤコが、そう仰るなら……」

「おい、コラ。貴様ら、何を夫婦のような会話をしておるっ! ナチュラルに妾を小娘扱いするでないわっ!」


 むきーっと昴流は唸りながら、両手を振り回す。


「雪村! 貴様も気安く頭に手を乗せるな、撫でるなぁ!」


 暴れるが絶妙な力加減で頭部を押さえる手を振り払う事は出来ない。

 とっつき難い童女かと思ったが、中々に冗談がわかる娘では無いかと、微笑ましそうな表情のタマラに見守られながら、絹糸のように柔らかい髪の毛を、都古は始業のチャイムが鳴り響くまで、手の平で堪能していた。



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老兵は少年となって第二の青春(戦場)を歩む 立花秋連 @tatibanaakitura

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