2-首吊自殺

首吊自殺-1

 全体重をかけても壊れない頑丈な支柱。

 同じく全体重をかけても千切れない紐状のもの。

 最低でも数時間は発見されない時間。

 そして、衝動。

 首を吊る為に必要なものはせいぜい、これくらいだ。突き詰めていけば多岐に渡るだろうが、そこまで緻密に分析して自死を選ぶ人間はそういない筈だ。最後の一つは、その時を逃せば永遠に取り戻せない、破綻した行動力だから。

 そしてその必須条件は、奇しくもこの時全て揃っていた。

 カーテンを閉め切った部屋で、少女は震える手で自室の扉の取っ手にネクタイを巻いていた。

 首を吊るのに必要な道具は、簡略化すれば頑丈な支柱と千切れない紐。ならば、例え天井から輪を垂らさずとも、幾らでもやりようがある。

 “ドアノブでも首吊りは出来る”という情報を得たのはいつだったか、少女は覚えていない。ただいつ学んだかも分からない中途半端な知識だけが、とうに思考を止めた頭の中にぽつんと残っていた。

 結び方なんて知らない。固定の仕方なんて知らない。

 頬を流れる涙を拭うこともせず、闇雲にネクタイを何度も結んでいく。

 ただ未遂に終わるだけかもしれない。そうなれば自分は悲劇のヒロイン気取りの女として、首の痕を嘲笑われるのだろうか。本当に死ぬかもしれない。そうなれば自分は消えて、今より少しは楽になれるのだろうか。

 それでもこのまま外に出るより、ずっといい。

 きっと今日も自分の靴はないだろう。今日も机の上には菊があるだろう。今日返却される筈のノートもどうせ返ってこない。死を切望する脳内でも、刷り込まれたそれだけはすぐ頭に浮かんだ。恐らく、他にもありとあらゆることがある。今即座に引き出せないだけで、頭のどこかには保管されている。

 だから、もういいのだ。


「……もういいの、もういいの」


 やっと固定出来たネクタイを引きながら、無意識に、そんな諦めの言葉が溢れ出ていた。

 そしてそれは紛れもなく、本心だった。

 少女は自分の傍らに置いてある――もとい、放り投げたままの封筒を一瞥して、息を詰めた。


「もういいの」


 言い切って、扉に背を預けて、体温で温まった布切れを首に巻く。

 あとはもう、その場に座り込むように体勢を変えるだけだった。首に体重がかかるように、厳密には上手く太い血管を締めて、脳への血流がなくなるようにすればいい。それが上手くいけば数分と経たずに意識はなくなる。

 最期、自分の嗚咽とも喘鳴ともつかない呼吸音がやけに、耳についた。

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