エピローグ:新たな仕事

 ミウの体調と送別を考えて少し遅らせての出発となった。特に後者の理由が大きく、暫く会えないであろう故郷を目に焼き付けて欲しいという彼らなりの配慮あってのことであった。

 朝になって、シズリ達は船の前で合流することとなる。誰も寝坊せずに集った3人はイズルの指揮の元、出発の準備を進めていくのであった。


 彼女が用意した荷物を船に積んで、船の強度や備品の用意、そして食料品の確認などを協力して進める。船のことはイズルとシズリ、確認作業はミウ担当と、誰が決めた訳でもなく、皆が示し合わせたように自ら報告し、行動していた。

 着々と準備が進む中で、徐々に作業する3人の声とは別に上から応援や野次が飛んでくるようになる。どうやらリディアの人たちも彼女の送別のために、集まってきていたようだ。その数はリディアの人全員であり、長であるリーハも、ダイクの手を借りて足を運んでくれていた。

 そして本当の別れの時が迫る。最後に3人は建物に上がって、皆の前に顔を出した。


 誰もが暫く会えない彼らに握手や抱擁をして、一声掛けていく。それは辛いからという訳ではなく、新たな道へ進む子たちを喜ぶ親のような明るい気持ちであった。

 ゆえに彼らの表情に悲しみの文字はない。笑顔でしっかりと相手の眼を見ながら、彼らは最後の瞬間を後悔のないように過ごしていた。


「ミウちゃーん! 本当に、頑張るのよ!」


 ミウはお世話になったウツィカに強く抱きしめられる。子供の頃に何度されていただろうかその行為は、彼女にとって嬉しくもあり、少し物寂しくも感じていた。


「ウツィカおばさん。暫く離れますが、おばあさまのことをよろしくお願いします」

「もちろんよ。こっちのことは任せて、あなたはあなたのやりたいことをしてきなさい。辛かったらすぐに戻ってきていいからね」

「はい!」

「あ、あとさっき渡した餞別ね。もし寂しくなったらこのお香を使いなさい。寂しさを紛らわすことが出来るから」

「ありがとうございます。ウツィカおばさん」

「あと、好きになるのは自由だけど、どっちつかずになるのは止めておきなさいね。三角関係に発展しちゃうと、色々と面倒だから」

「えっとそれは……」

「で、今はどっちの方が有力候補なの? どっちが好き?」

「も、もう! こんな時までそういう話はやめてください!」


 耳元で囁かれたミウは恥ずかしそうにウツィカの背中を叩いて話を止めるように乞う。

 しかしウツィカにとっては重要な話なのだろう。次の挙式はいつになるか、子供はいつ見せてくれるかなど、話がどんどん変な方向へ進み、いつしか別れを惜しむような内容ではなくなっていた。周りもそれに合わせて盛り上がり、そして笑いが絶えない。

 イズルもその1人であった。他の人たちと一緒になって笑っていたところ、横からスッと手が差し伸べられ、彼もまたそれに応える。そのごつく大きな手に包まれながら、彼は「彼女も大変そうですね」とダイクに語り掛けていた。


「だな。ただあいつは寂しがり屋だから、いまのこの瞬間を喜んでると思うぜ」

「そうですね。だって今も凄い嬉しそうです」

「あんたらもまた来てくれよな。その時は渡り屋として歓迎してやるさ」

「ダイクさんも今回は色々と手を回していただいて、ありがとうございました。どうか、お元気で」

「がはは。元気だけが取り柄の俺にそんなこと聞くのか?」

「それは頼もしいですね。安心して旅立てそうです」

「おう。お前らも達者でな。帰ってきた時は一杯やろうぜ」

「飲み潰れない程度でお願いします」


 拳を固めてぶつけ合う。次に会う時はもう少し付き合える人間になろう。イズルはそんな目標を掲げたのだった。

 次に会う時は、立派な渡り屋として来よう。

 2人を見てそう決意していたシズリは目の端から視線を感じてそちらを向く。

 その正体が長であり、またこちらの様子を気にしていることが分かると、彼は歩み寄ってリーハの前で会釈したのだった。


「お世話になりました。今度はちゃんと来訪者として来ますね」


 もう少し気の利いた一言を言うべきだったかと思慮するシズリに、リーハは大きく頷いて見せていた。


「ミウが言っておった。其方に救われたのだと。道が1つしかないと思い込んでいた私を彼は救い出してくれたとな」

「そんな。ミウは自分で見つけることが出来ただけです。俺は何もしてませんよ」

「大切な孫を助けていただき、本当に、どれだけ感謝の言葉を並べれば良いか」

「リーハさん……」

「そしておこがましいことを承知で依頼したい。あの子に、新たな世界を見せてあげて欲しい。あの子の母親がそうしたいと願ったように……」


 猫背気味の腰をさらに曲げて願う彼女の強い想いをシズリは知る。そしてその裏にあるリーハの娘であり、ミウの母親の想いも、確かに受け取ることが出来た。

 だからこそ、そっと長の肩に手を置いて顔を上げるようにこちらからお願いした。


「確かに受け取りました。必ず成功させてみせます。だって――――」


 顔を上げたリーハに、彼は迷いのない純真な笑顔を向けたのだった。


「ミウとここの人たちは俺と兄貴を介抱してくれた、大事な人たちなので」

「……確かに、其方は凄いな」

「そんな褒めても、成功報酬は貰いますからね。まあ初仕事記念なので、特別に安くはしますよ」

「分かった。考えておこう」


 鼻高々に約束を交わす彼だったが、リーハにとって何より嬉しい一言であった。

 全てのモノに情を寄せることが出来る彼なら、これからも世界に愛され続けよう。

 昨日の夜、散歩の合間に孫が告げた想い、そして決意。それを支えてくれる者が彼であることに、彼女は喜びと安心を胸に抱くことが出来ていた。


「じゃあ名残惜しいけど、行くか」


 その時は来た。イズルの確認に対して2人は顔を見合わせ、そして大きく頷いて見せたのだった。


「あ、はい!」「うん!」

「気を付けてな。また会おうぜ!」

「今度は美味しい食べ物用意して待ってるから!」

「皆、しっかりな」


 声援を背中から受けた3人は彼らに応えようと元気よく柵を越え、そして建物から自分たちの船へ飛び移った。そんな自由な行動も、船は大きく揺れながら彼らを受け止める。


 シズリは真っ先に立ち上がって、両手を広げた。日の光や朝の肌寒さ、潮の香りに海鳥の鳴く鳴き声や周りの声。この場にあった全ての出来事を記憶しようと受け止め、そして次へ向かう原動力としていた。

 ミウもそんな彼の隣に立ち、同じ景色を眺め、同じように耳を澄ませていた。そしてまだ見ぬ場所へ向かう期待を胸に、彼女は遠くまで続く地平線を期待の眼差しで見つめていた。


「さて、次の仕事に行こうか。お2人さん」


 地図を開いていたイズルがそんな弟たちに声を掛ける。昨日の天候も相まって若干荒れている波に適応するため、風を利用し、帆を開くことを提唱する。次なる場所へ、彼は指と口を使って皆を導き、船を動かす。

 行きの時と違って、荷物と人が増えた船。少しだけ重くなった帆船はそんな3人を歓迎するかのように、帆を大きく膨らませ、動き出した。




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沈みゆくこの世界で 空夢 @m_shige

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