③ また一緒にバスケをしよう!



 ルイス・ヤング月面国際宇宙港内、とある男性用更衣室。

《半袖のウェットスーツ》といった印象のアンダーウエア姿の神凪ヤマトは、空色の宇宙服に腕を通そうと、格闘しながら声を上げた。


「あれーミコト、この宇宙服おかしいよ? 腕が通らない!」


「バカ、そっちは足だ。さっき説明してもらっただろ?」


「だっておれ、こんなの着るの初めてだし!」


「ったく、しょうがないな……ほら見せて見ろよ。手伝ってやる」


 そう言いながら弟の面倒を見始めたミコトは、同タイプの宇宙服をすでに着終わっていた。


 ミコトのクールな印象に反した真っ赤な色のその宇宙服は、人類が初めて月に降り立ったころの、重くて大きい物とは違い、身体にフィットするようタイトに作られた、実にスマートなスーツだった。


〝プリブリーズレス・スーツ〟という名前のそれは、靴と一体になったつなぎ・・・・・・・・・・・のような形をしていて、前立て部分のファスナーを開いて身に纏い、ヘルメットを被るだけで簡単に着ることができてしまう最新型の宇宙服だ。


 ちなみに、兄弟がこの宇宙服に着替えている理由はもちろん、マルカと共に月面地表に出て、《本物の空》を見に行くためだ。

 こうした月面宇宙港には、外へと繋がる気密扉エアロックがいくつもあり、宇宙服さえレンタルすれば、誰でも気軽に真空状態の月面へ出ることができるのだ。


 しかし、2週間ほど前に初めて月面都市に来たばかりの神凪兄弟にとっては、月面地表へ出ることはもちろん、宇宙服を着るのも初めての体験だったので、こうして着替えをするだけでもヤマトは四苦八苦の状態だった。


 そんなこんなで、ミコトがなんとかヤマトに宇宙服を着させ終えたころ、更衣室の外から、どこかゆるい印象の女性の声が聞こえてきた。


「ミコト君ヤマト君、着替え終わったっすかー?」


 兄弟はヘルメットを被り、更衣室の外に出た。

 扉の前で待っていたのは、同じく灰色のプリブリーズレス・スーツに身を包んだクレアだった。

 きちんと宇宙服に着替えて出てきた兄弟を見て、クレアは満足げな表情をした。


「お、よしよし。ちゃんと着れたみたいっすね。あ、でも、一応念入りに確認しときますねー。もし間違えた着方をしてたら大変っすから!」


 そう言いながら、クレアは空色の宇宙服を着たヤマトの後ろに立ち、各部に異常がないかを確認し始めた。

 ヤマトの腕や足を持ち上げたり、ヘルメットを揺らしたりして、気密が保たれているかをクレアは確かめる。


 それに対し、ヤマトはムズムズと身体を動かしてこそばゆがった。


「ほらミコト君! 動いちゃダメっすよ」


「違うよクレアさん。そいつはヤマト」


「あれ、ホントっすか? これは失礼。……にしても、改めて本当に良く似てるっすねぇ2人は。こうして宇宙服を着て顔しか見えなくなると、どっちがどっちか私にゃさっぱりっす」


「一卵性双生児だからね。良く言われるよ」


 ミコトのその言葉に、ヤマトは不思議そうに反応した。


「ん? ソーセージ? ミコトお腹すいたの?」


「……」


「……」


「た、食べ物の話じゃあないっすよ?」


 額から汗を垂らし、クレアは反笑いでそう言った。


 数分後――。


「えーと、スーツ内気密確認、通信機正常、LSS正常、酸素とバッテリー、どちらも残量良し……と。うん、大丈夫みたいっすね。じゃあ行きましょうか」


 兄弟の宇宙服のチェックを終えたクレアは、そう言ったあと、エアロックへ向かうため通路を歩き出した。その後をついて歩いて行くヤマトとミコト。


「あー! 楽しみだなぁ! どんな感じかなぁ、外の世界は!」


「あれ、そう言えばマルカは?」


「ん、先にエアロックで待ってるっすよ」


 しばらく歩くと、エアロックの前で待つマルカの姿が見えてきた。

 真っ白なプリブリーズレス・スーツを着たマルカは、大きな気密隔壁に背を預け、少しそわそわした様子で立っていた。

 その姿を見つけるや否や、ヤマトはすぐさま大声で呼びかけた。


「おーいマルカー!」


 そのままヤマトは、マルカの方へ駆け寄っていく。

 ミコトとクレアも、少し遅れてマルカのもとにたどり着いた。


「あ、来たわね」


 3人と合流したマルカは、すぐさま、まじまじと兄弟の顔を見つめる。


「……ちょっと待って。……赤いほうがミコトで、青いほうがヤマトでしょ」


「おー正解! よく分かったね!」


「ほわぁすごいっすねマルカちゃん! 一瞬で見抜くなんて!」


 驚きの声を上げるヤマトとクレア。


「ふふ、わかるわよ、このくらい」


 マルカは鼻を高くして、少し誇らしげな笑みを浮かべた。

 ミコトはその様子を微笑ましげに見つめたあと、マルカの顔を真っ直ぐに見据え、こう言った。


「さ、じゃあ行こうかマルカ。本物の空を見に」


「う……うん」


(いよいよなのね。この扉の先に、初めての外の世界が――)


 そう思いながら、マルカはエアロックを見つめ、2枚の隔壁の先にある《本物の世界》への期待を膨らませた。



 全員の準備が整ったことを確認したクレアは、エアロックの横にあるパネルに近づき、それを操作した。すると、入口の隔壁が重い音を立てて上がっていった。

 そのまま一枚目の隔壁をくぐる一同。

 その先に見える二枚目の隔壁をくぐれば、そこはもう月面地表――真空の世界だ。


 クレアはその後、4人全員の宇宙服を操作し、LSS(生命維持システム)を起動させた。

 すると、宇宙服の《酸素供給》《自動温度調整》《1気圧分の与圧》といった機能が働き始める。


 続いてクレアは、今度はエアロック内の壁にあるパネルを操作した。

 すると、一枚目の隔壁がゆっくりと閉じていき、それが閉まりきると、エアロック内が完全に密閉された。

 そして、天井にあるスピーカーから無機質な合成音声が聞こえてくる。


『これより、エアロック内の減圧を開始します。宇宙服の生命維持システムが正常に作動していない場合、ただちに減圧中止ボタンを押してください』


 しばらくすると、気密された室内の空気が吸気口から回収され始める。

 やがて、完全にその場の空気が無くなり、エアロック内が真空の状態になった。

 ――と同時に、周囲のあらゆる音が消滅した。


 そして、天井にあるモニターに『エアロック内、減圧完了。これより扉を開放します』という文字が表示され、2枚目の隔壁が解放されていく。


 ――ゆっくりと、一切の音を立てずに姿を見せ始める、月面地表の世界。

 その姿を目にしたマルカは、震えるようにかすかに一つ、息をのんだ。


 太陽光を反射して、まばゆい銀色に輝く、砂だらけのまっさらな大地。

 その先に高くそびえる、全長361キロメートルにも及ぶ巨大な山脈。

 頭上の空は暗闇に包まれ、星はほとんど見られない。


 音の無い静かな世界。気圧も無く、酸素もない。

 本来であれば、生命の存続できない冷たい場所。

 そんな世界に、少女は一歩足を踏み入れた――。


 とその時、マルカの宇宙服のヘルメットの中、耳の部分に付いているスピーカーから、ミコトの声が聞こえてきた。


『マルカ。通信ちゃんと入ってるか?』


『うん、聞こえるよ』


 マルカが返事をしたのとほぼ同時、エアロックの隔壁が完全に開き切った。

 ――と思ったのもつかの間、ヤマトが大地に向かって勢いよく駆け出した。

 ヤマトは十数メートルほど先まで大はしゃぎで走ったあと、振り返ってマルカに向けて何かを語りかけた。


 しかし、口はパクパク動いてはいるものの、その声は一切、マルカの耳に届いて来なかった。

 どうやら、ヤマトは通信機を起動させるのを忘れているようだ。


 弟のそんな姿を見かねたミコトは、ヤマトの元へと歩いて行き、ため息交じりに声をかけた。


『仕方ないなヤマトは。……ほら、ここの腕のところのパネルを操作するんだよ。わかるか?』


 呆れ声と共に、ミコトはヤマトの宇宙服の右腕の、タッチパネルを操作してやった。すると、ヤマトの声が他の3人のスピーカーから聞こえるようになった。


『うおー! すっげー! これが月面かー!』


 その言葉と共に、ヤマトはジャンプをしながら辺りを駆け回った。

 2、3メートル近い高さにまで何度も何度も跳ねまわり、果てはそのまま宙返りまでしてみせる。


『あはははは! どこもかしこも砂だらけだー!!』


 初めて来た月面地表の世界に大興奮したヤマトは、そう叫びながら、遠くに見える山脈の方へと走って行ってしまった。


『あ、ちょ、ま、待ってよヤマトー!』


 そう言ってヤマトを追いかけていくマルカ。

 ミコトはやれやれといった表情で、肩をすくめてから後に続いた。


『げ……は、走るのは勘弁して下さいよぅー!』


 その場にポツンと残されてしまったクレアは、げんなりしながら声を上げた。



 ――しばらくして。

 山脈に向かって駆けて行ったヤマトを追いかけ、マルカは大きく息を切らし、そのたびにヘルメットを曇らせながら走っていた。


『ねぇ待ってよヤマト……待ってっ……待って!』


 2人の距離は、およそ3メートル。

 もう少しで追い着ける――そう思ったマルカは、ヤマトの方へ手を伸ばした。


『……待ちなさいってば!!』


 マルカの右手が、ヤマトの左手を掴む。


『うわっ……!』


 後ろから急に手を掴まれたヤマトは、体勢を崩し、そのまま足を滑らせて前のめりに転んでしまった。

 同時にマルカも、それに引っ張られ、一緒になって倒れてしまう。


『いてて』


 身体を起こし、ヘルメットの顔の部分をこすりながら、ヤマトは言った。

 同時にマルカも起き上がり、地面にぺたんと座り込んだ体勢で大きく息を吐いた。

 2人の手は、まだしっかりと繋がれている。


『捕まえたわよ、ヤマト』


『あーあ、捕まっちゃった……』


 ヘルメットのバイザー越しに見つめ合い、息を整える2人。

 音も空気も無い寂しい世界で、握られた手の感触だけが、やけにはっきりと感じられた。


 しばらく沈黙の状態が続き、やがて――『自分たちはこんなところで何をしているのだろう』と思ってしまった2人は、しめし合わせたかのように同時に吹き出した。

 そのまま声を上げて笑うヤマトとマルカ。


 真空と言う無音の世界で、その笑い声は2人の耳だけに確かに届けられていた。



 ややあって――。

 互いの息が落ち着いてきたころ、ヤマトはおもむろに辺りを見回したあと、空を見上げながら呟いた。


『これが月の世界かぁ。なんか想像してたよりも何にもないんだな。星もあんまり見えないし。……それに、うさぎもいないみたいだ』


 マルカは眉をひそめた。


『うさぎ? 何でうさぎが出てくるの?』


『ん? あー……日本では昔から、月面にはうさぎがいて、そこでお餅をついてるっていう言い伝えがあるんだ』


『え!? そんなわけないじゃない。……日本人って何考えてるの? バカみたい』


『はは、そうかもな』


 そう言ったあと、ヤマトはマルカの後方――空の彼方へと目を向けた。

 そして、その視線の先に見えるもの・・・・・・・・・・・・に思いを馳せながら、言葉を続ける。


『……でもさ、もし、もし本当に月にうさぎがいたとしたら、この場所から空を見上げて、同じようにバカみたいな想像をしたんじゃないかな。昔の日本人みたいに』


 ヤマトの言葉の裏が今一つ理解できず、マルカは首をかしげた。

 そんな少女に対し、少年は悪戯っぽい笑みを浮かべながら促した。


『マルカ、後ろ見てみろよ』


 言われて振り向いたマルカは、地平線の遥か先――空のかなたに浮かぶそれ・・を見て、思わず息が止まってしまった。


 まるで宝石――サファイアのように……いや、そんな表現ですらも陳腐に思えるほどの、美しい青。海の青。

 白い大気をその身に纏い、優しい光を放ちながら、すべてを包み込むようにそこにたたずむ、母なる天体。


 そう――マルカは生まれて初めて《本物の地球》を目にしたのだ。


 太陽との位置関係で左半分が影に覆われ、《上弦の地球》の形をしたその姿に見とれながら、マルカは声を漏らした。


『これが……これが地球。人類が……生まれた星』


 大いなるその姿を見つめているだけで、胸の中に熱い感情がふつふつと湧きあがってくる。

 それが《尊敬》なのか《畏怖》なのか、それとも――《郷愁》なのか、マルカにはよく分からなかった。


 だがしかし、その姿を目の当たりにしたことで、マルカの胸の中に確かな《光》のようなものが芽生え始めていた。


『すごいよなぁ。この真っ暗な空のずっとずーっと先。あんなにも遠いところから、人類はやってきたんだ。この月の世界まで――』


 ヤマトは地球へと手を伸ばしながら、しみじみと言った。


『うん、そうだね。ホントに、信じられないくらい……』


 地球から空を眺め、初めて月を目指そうと思った人は、いったいどんな気持ちだったのだろう。

 どうして、こんなにも遠くにある場所を目指そうと決意できたのだろう。


 ここから見ると、地球は人間の手に納まってしまいそうなサイズに見える。

 しかし、実際の距離がどれほどのものなのか、マルカには見当もつかなかった。


 ――その時、いつの間にかこの場所に追い着いて来ていたミコトが、2人の傍らで呟いた。


『ああ。だけど……その信じられないことを出来るのが、それを実現してしまえるのが、

《人間の持つ力》なんだ』


 砂の大地をしっかりと踏みしめてまっすぐに立ったミコトは、遥か彼方にある地球を、芯のある眼差しで見据えていた。


『……ミコト……』


『なあマルカ。オレたちさ、クレアさんに聞いたんだ。

 マルカが今、病気を抱えていて、治療無しで普通に生活したり、自由に運動したり出来ない状態なんだってことを。

 それに……マルカの身体が、地球の重力には耐えられない《月でしか生きられない身体》なんだってことも――』


 そう言ったあと、ミコトは少し顔を俯かせた。

 マルカは、低重力障害と成長障害という《一部のルナリアン特有の症状》を抱えている。

 6分の1Gで生まれ育ったマルカは、1G環境である地球では生きていけない身体をしていたのだ。


 再び地球を見つめるマルカ。

 自分が決して行き着くことのできない場所・・・・・・・・・・・・・・・・・・・を見つめるその表情は、とても辛そうだった。

 ――だがしかし、ミコトが発した次の言葉が、少女の鼓動を震わせた。


『でも、だからこそオレたちは、マルカにこの景色を見せたいと思ったんだ』


『……え?』


 続いてヤマトも立ち上がり、明るい口調で言葉を発した。


『だってさ、あんなに遠いところから、人間は月までやって来られたんだぜ?  

 きっと、自分を信じて前に進み続ければ、出来ないことなんて何もないんだよ。

 だから、マルカの身体だってきっと良くなる! 地球にだって、絶対行けるよ!』


『私が、私が地球に……?』


 身体を硬直させて、ゆっくりと問い返すマルカ。

 その姿に、ヤマトは優しく微笑みながら頷いた。


『うん……行ける! だから、いつか身体が良くなったら、おれたちと一緒に地球に行って、今度は《地球から見える空》を見に行こうよ! この月だって、地球から見たらとっても綺麗なんだぜ?』


 その言葉を聞いた瞬間――マルカの胸の中に芽生えた《光》が大きく広がり、それは《希望》へと形を変えた。

 生まれてからずっと、研究所の狭い施設の中で生きてきたマルカは――《自由になることを諦めかけていた少女》は、友達と出会い、そして生きる意味を見つけた。


 だから少女は立ち上がり、2人の少年に答えを返した。


『……うん……うん。そうだね……見てみたい! 

 私も一緒に地球の空を――本物の空を見てみたい!』


 微笑み合う3人。

 それからしばらく、彼らはただ、宇宙そらに浮かぶ地球を眺めつづけた。



 そんな中、ミコトがふとこんなことを口にした。


『なあマルカ……《宇宙空間》ってどこのことを言うか、知ってるか?』


『え? えーと……空気が無くて、無重力で……あ、でも、この月面もある意味では宇宙なのかな……うーん……』


 くすりと微笑むミコト。


『そうだよな。どこからどこまでが宇宙なのかを定義するって、すごく難しいんだ。

 まあ一般的には、地球の大気圏外――つまり、地球上空100キロメートルくらいの地点から先を《宇宙》って言うみたいなんだけどな。

 でもそれだって、人間が勝手に決めたことだ。本当に地球と宇宙の境目がどこかにあるわけじゃない』


 空に輝く青い星の方へ少しだけ歩み寄ってから、ミコトは続けた。


『だからさ、オレはこう思うんだ。きっと宇宙ってのは……世界ってのは《一つ》なんだ。

 この月面の空も、地球の空も繋がっている。隔てるものなんて何もない。

 ――そう、オレたちはいつでも、一緒の世界にいる』


 ミコトはゆっくりと振り返り、マルカの方を真っ直ぐに見た。


『だから、だからオレたちが地球に帰っても、それだけは変わらないんだ』


 その涼しげな表情には、寂しさと辛さが微かに浮かんでしまっていた。


『…………っ』


 切なそうに息を漏らすマルカ。

 それでもミコトは、少女には受け入れがたいその言葉・・・・を告げた。


『マルカ。昨日の試合で、LBAファイナルが終わってしまったのは、知ってるよな……』


『…………うん』


 長い沈黙のあと、消え入るようにマルカは答えた。

 昨日、6月13日に行われたLBAファイナル第5戦をソニックスが勝利したことにより、対戦成績が4勝1敗となり、このシリーズはソニックスの優勝と言う形で幕を閉じた。


 つまり――神凪兄弟は、もう地球に帰らなければならないのだ。


『言いづらいことだけど、オレとヤマトはルナバスケを見に来た旅行者で、地球人なんだ。今、ここに残ることはできない』


 その言葉を聞いたマルカは、とても暗い気持ちになってしまい、宇宙服の腿のあたりの生地を握りしめながら俯いた。

 しかしその時――。

 ヤマトがミコトの隣に立ち、マルカを見つめながら笑顔で言った。


『だけどさ、安心してよマルカ! おれたち、2人で相談して決めたんだ』


『いいかマルカ……《2年後》だ。今から2年後、中学生になったらオレたちはここに――

 月面都市に戻ってくる。そしてその時に、本当にルナバスケを始めるよ』


『だからマルカ、約束だ。2年後……3人で、また一緒にバスケをしよう!』


 青く輝く地球を背に兄弟が告げたその約束を、少女は一生忘れることはないだろう。

 2人が『もう一度自分とバスケをするために、ここに戻ってくる』と、そう言ってくれたことが、マルカは嬉しくて嬉しくてたまらなかった。


 だからこそ、マルカは心の底から微笑んで答えを返した。


『うん、うん……うん! ――待ってる!』


 精一杯の決意と希望に満ちたその笑顔には、真珠のように輝く大粒の涙があふれ、とめどなく流れて行った。


『私、ぜったい元気になって、2人を待ってるから――!』



 ――翌日。

 西暦2107年、6月15日。ルイス・ヤング月面国際宇宙港。


 ミコトとヤマトに出発ロビーで別れを告げたマルカは、兄弟が乗る航宙船が飛び立つその様子を、屋内展望フロアの窓越しに眺めていた。

 マスドライバーのレールの上を勢いよく滑走し、空の彼方へ打ち上げられていく航宙船。


 その姿を見送りながら、マルカは強い決意を固めていた。


(待ってる。私、絶対に身体を治して、この場所で待ってる! 

 もっと丈夫になって、ヤマトとミコトがびっくりしちゃうくらい元気になって、

 ――また一緒に、バスケをするんだから!)


 宇宙港から頭上を眺め、兄弟を見送るマルカ。

 そして空の彼方――飛び立った航宙船の窓から月面を眺める、ヤマトとミコト。

 その瞬間、遥かな距離を越えて3人の心は確かに一つとなり、この言葉を呟いた。


 ――3人で、また一緒にバスケをしよう。


 その約束は、いつまでもいつまでも、彼らの心の中で響き続けた。

 こうして、神凪兄弟のたった2週間の月面での生活は終わりを迎えた。

 兄弟を乗せた航宙船は、美しく輝く青い星へ向けて、音もなく、ただ真っ直ぐに進み続けていった――。




 第一部 《小学生編》――完。

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ムーンサルトダンク! 渡來 成世 @lunar2107

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