JUMP3 振り向くな! 跳べ!!

① その名で僕を呼ぶんじゃない



 翌日。お昼前に研究所の入り口付近で集合したヤマト・ミコト・マルカの3人は、マンションと反対の方へ向かって歩いて行った。

 15分ほどすると、コンクリートジャングルのど真ん中に、たくさんの草木が生い茂った大きな公園が見えてきた。

 

 その公園の名は〝ノースカルパティア州立自然公園〟

 このコロニーの中でも、有数の広大な敷地を持つ公園だ。


 敷地内にはルナバスケのコート以外にも、様々なスポーツコートや大きな広場、いくつもの飲食店などがあるようだった。

 道すがら3人は、楽しそうに公園で過ごす人々を見ながら目的地へ向かった。


 ルナバスケのコートは敷地の西の端に位置する場所にあった。


 緑色のゴム材質の床に、真っ白なラインが描かれた真新しいコート。

 その端と端には単柱式のルナバスケットゴールが1つずつ設置されていて、その周りは高い網目状のフェンスで囲われていた。

 しかも、ナイター用のライトや電光式デジタルスコアボードまでもが完備されていた。


 夢にまで見た本物のコートを前に、ヤマトは感激の声を上げた。


「おお、すっげー! ちゃんとしたバスケットコートだぁ!」


 言うや否や、ミコトとマルカを置き去りに、コートへ向かってダッシュする。


「ふふ。ここなら好きなだけ練習できるでしょ?」


 ヤマトを見送りながら、マルカは嬉しそうに言った。


「へぇ、近くにこんな立派なコートがあったんだな」


 辺りを見回しながら言うミコト。

 

 平日の昼間なのでコートは誰も使っていなかったが、遠くから子供の声が聞こえてくるせいか、どことなく活気のある雰囲気があった。

 どうやら、敷地の近くに学校があるみたいだ。


「でしょ? 私、いつかここで友達と一緒にバスケがしたいなって、ずっと思ってたの」


 そう言って満足そうに微笑むマルカ。

 今日は、金髪を細い三つ編みにして左右に下げていて、大きく《23》と書かれた薄ピンク色のTシャツに、丈が短めのカーキ色のカーゴパンツを履いていた。


 ここに来るのをよほど楽しみにしていたのだろうか、マルカは実に無邪気に顔を輝かせていた。

 そんな少女に若干ミコトが見とれていると、先行していたヤマトが小走りで戻ってきて、思い出したように言った。


「そうだ。マルカ! 昨日言ってたアレ、やって見せるよ!」


「ええっ、ヤマトあなた、あれ本気だったの?」


「あったりまえじゃーん!」


 にひひ、と歯を見せて笑うヤマト。

 一方、事情を知らないミコトは首をひねった。


「ん、何の話だ?」


「それがね。ヤマトが昨夜ゆうべダンクシュートの練習をしてて、一回成功したって言ってるの」


「は、ダンクを? はは、まさか……」


 いくら運動神経がいいからといって、小学生がダンクなんてできるわけがない。

 そう思ったミコトは、全く信じていない様子だ。

 そんなミコトを前に、ヤマトは『どどーん!』と腕組みしながら仁王立ちすると、誇らしげに胸を張りながら言った。


「へへーん、良いかミコト。ここんとこちょーっと遅れを取ってたけど、もう負けないぞ! 今から絶対ぎゃふんと言わせてやるんだからな!」


 そのままヤマトはボールを持って、コートの中心に立った。

 そして、ミコトとマルカを横目に自信満々にこう言った。


「さあ見るがいい! おれの修行の成果……この《必殺技》を!!」


 ヤマトはそのままゴールに向かって、野生の獣のような俊敏さでドリブルしながら疾走。3Pラインに差し掛かったあたりで、ものすごい勢いで跳躍をした――!


「うおぉぉぉぉぉ!!」


 気合の声と共に右手でボールを掲げつつ、ヤマトの身体はぐんぐんとゴールに近づいていく。

 ゴールとの距離、残り2メートル……1メートル……。


(いっけぇぇぇぇぇ!!)


 ヤマトはそのままボールをリングに叩き込も……うとした……が。


 すかっ。


 ボールを持ったヤマトの右手はリングに届かず、身体はバックボードの下を素通りしてしまう。そのまま慣性の法則に従って、ヤマトはコートの外まで吹っ飛んで行ってしまった。


 がしゃあん! という大きな音を立て、大の字でフェンスにめり込んだヤマトは――。


「ぎゃふん」


 と、情けない声を上げて地面に落下、ばたんきゅうとダウンしてしまった。


「もう、だから言わんこっちゃない」


「何がしたいんだあいつは……」


 マルカとミコトは呆れかえった。


「あ、あっれーおかしいな。昨日は確かに上手くいったのに……な、なんでだぁ?」


 しばらくして起き上がったヤマトは、『こんなはずじゃなかったのに』と言いたげな表情で首をかしげると、再びダンクシュートに挑戦しようとコートへ戻って行った。

 そんなヤマトの姿をミコトとマルカは苦笑しながら見つめていた。


 ――とその時、コートの入口付近のフェンスの向こう側から、こちらへ声が届いてきた。


「おいお前たち。そこで何をしている……!」


 幼さの残る少年の声。だが、どこか高圧的で敵意のある口調。

 ミコト達が声の方を振り向くと、数人の少年たちが不満げにこちらを見ていた。

 視線が合うや否や、少年たちはぞろぞろとコートへ入り、ミコトとマルカの前に集まってきた。


 おそらく全員ルナリアンだろう。総じて、身長はミコトよりもかなり高いようだ。

 しかし、顔つきにはまだ幼さが残ることから、おそらく小学生、それもミコトと同い年くらいかと思われた。


 どうやら最初に声をかけてきた少年が、この数人のリーダー格らしく、他の少年たちはその後ろに控える形で並んでいった。


 リーダーの少年は、コート内でシュート練習をしているヤマトを一瞥いちべつしてから、視線をミコトとマルカの方に向け、忌々しげにねめつけた。

 ミコトも負けじと少年に視線を返しながら、マルカを背に隠すように一歩前に出た。


 リーダー格の少年は見たところ白人のようで、まるで絵本に出てくる王子のように気品のある風貌をしていた。

 ふわっとした少し癖のある金髪。育ちがよく利発そうな整った顔立ち、澄んだ青色の瞳。

 

 しかしその表情には、ミコト達に対する嫌悪感がありありと溢れていた。

 ミコトとリーダー格の少年が睨み合っていると、後ろに控える少年たちの内2人が前に出てきて、順番に言葉を発した。


「見たことない顔なんだナ」


「何、勝手に俺たちのコートを使ってんだァおい?」


 対してミコトは、顔色一つ変えずに反論する。


「……俺たちの・・・・? ここは公共施設だろう? そんなこと、どこにも書いていなかったけどな」


「ああん!? 何だてめぇ偉そうにしやがって! ここはなァ、俺たち《ワイズ組》の縄張りって決まってんだよ!」


「……ワイズ組?」


 ガラの悪い方の少年のその言葉に、ミコトは眉をひそめながら聞き返した。


「ふふん。何を隠そう、ここにいるお方はあのノースカルパティア・ソニックスのエース、ブライアン・ワイズの弟……エリオット・ワイズ君なんだナ!」


 間の抜けた喋り方の少年は、リーダー格の少年を手で指しながら自慢げに言った。


「なんだって!?」「え!?」


 同時に驚愕するミコトとマルカ。

 このグループのリーダー格の少年が、あの〝キング〟ブライアン・ワイズの弟!?

 あまりの展開にミコトは驚きを隠せなかった。

 マルカに至っては、大きく口を開けたまま硬直してしまった。


 すると、当の少年エリオット・ワイズが、忌々しげに口を開いた。


「おいアンドレ! ホセ! その名で僕を呼ぶんじゃない。そう呼ばれるのは嫌いだと、以前言ったはずだよな?」


「……あ……す、すまねぇ」「ごめんなんだナ」


 エリオットに一喝された途端、すぐさま萎縮して謝ってしまった2人の少年。

 名前はどうやら、ガラの悪そうな方が《アンドレ》で、間の抜けた方が《ホセ》というようだ。


 ガラの悪そうなアンドレは、パンチパーマの黒人の少年だ。

 かなり背が高く、年の割に身体も鍛えられていて、目つきが悪いことも相まって凶悪な印象だった。


 間の抜けた喋り方のホセは、丸顔の白人の少年だった。

 一本抜けている前歯が特徴的で、そこそこガタイは良いが、かなりお腹が出ているので動きは鈍そうだ。


 そんなルナリアンの少年たちを、ミコトは緊張感のある眼差しで見つめた。

 とその時、ミコトの後ろで硬直していたマルカがいきなり再起動し、カタカタと震えながら口を開いた。


「あ、あ、あ、あなた……!! あのぶぶぶブライアンのっ、兄弟なのっっっ!?」


 マルカの問いに、エリオットは怪訝そうな顔で舌打ちをしてから、ため息交じりに答えた。


「ああ、そうだよ……」


 その返答を聞いた瞬間、マルカがぶっ壊れた。


「くぁwせdrftgyふじこlp」


「お、おいマルカ?」


 声にならない言葉を発したマルカを気遣うミコト。

 しかしマルカは、そんなことお構いなしで満面の笑みを浮かべると、目をキラキラさせながらこう言った。


「……す! すすすすす! すごいわ!」


 マルカはエリオット・ワイズにぐいぐいと詰め寄ると、今までミコトが見たこともないほどのハイテンションで質問の嵐を投げかけた。


「ねえっブライアンって普段はどんな人なの!? どうやったらあんなにバスケが上手くなるのかしら、やっぱり毎日練習しているの? 休日は何をして過ごすのかな? いつもどんな本を読んでる? 好きな食べ物は? ペットを飼うなら犬派? 猫派? お風呂に入る時、身体はどこから洗うのーーーーー!?」


 ここまでの空気をぶった切るようなマルカのハイテンションに、エリオットは少し……いや、かなり引いている様子だ。

 ぐいぐいと押し寄せてくるマルカにたじろぎながら――。


「う、うるさいな! 僕が知るわけないだろう? あいつは地球育ちだけど、僕は生まれてからずっと月にいるルナリアンなんだよ!」


 と、後ずさりながら言った。


「ま、マルカ、ちょっと落ち着け」


 ミコトは、興奮したマルカの手を引きながら言った。


「あ? え? ……はっ、ご、ごめんなさい」


 自分が予想外に取り乱してしまったことに気づき、我に返って赤くなるマルカ。


 ミコトとしても、マルカがブライアンのファンだということは知っていたが、まさかここまでの熱狂的なファンだとは思わなかった。

 というか、どことなく自分の両親のファンっぷりとダブる感じがして、複雑な気持ちになった。


 その時、いままでミコトの後ろに隠れていたマルカの顔をまじまじと見たからか、ガラの悪いアンドレと間の抜けたホセが声を上げた。


「お……? おおっ!? なァんだ、よく見りゃこのちびっこいの、めちゃくちゃ可愛いじゃねぇかよ」


「お人形さんみたいなんだナ」


「なんだか知らねぇが、そんなにバスケがしたきゃあ付き合ってやってもいいぜ。もちろん、そこの野郎共は別だけどなァ」


「……アンドレ! 何を勝手に決めている? そんなこと誰が許可したんだ?」


 そう問いただしたエリオットの口調は、まるで氷のようだ。

 途端にアンドレは冷や汗を流し、慌てながら言った。


「え? あ、い、いやァ……わ、悪かったよ。ワイズ君」


 瞬間、エリオットの視線がギロリとアンドレを刺す。


「え、エリオット・・・・・君」


 エリオットは、ふんと一つ鼻を鳴らしたあと、ミコトとマルカに向き直り、口を開いた。


「いいかい君たち、このコートはルナリアン専用なんだ。見たところどうやら君たちは地球人みたいだね。すまないが出て行ってくれないかな、今すぐに」


 口調や表情は冷静だが、目が笑っていない。

 そんなエリオットの言葉に、ミコトは憤慨した。


「ふざけるな! そんなバカな話があるか!」


「はっ、バカはてめぇだよ。いいか? エリオット君はなァ、この月面コロニーを造り上げた大資産家の家系なんだ……ここいら一帯じゃあエリオット君に逆らえる奴なんていないんだよ!」


 そう言ったアンドレは、自分のことでもないのに満足げな笑みを浮かべた。


「そんなのおかしいわ! 公園はみんなのものよ!」


「そんな理屈は通らないんだナ~」


 マルカの主張をあざ笑うように、ホセは下卑た笑みを浮かべる。

 と、その瞬間だった――。


「よーしわかった! じゃあこうしようぜ!!」


 唐突に話に割って入って来た少年。神凪ヤマトだ。

 一体いつの間に戻ってきたのだろうか。

 元気いっぱい明るい表情で、バスケットボールを小脇に抱えながらヤマトは続けた。

 

「ルナバスケで勝負しよう! おれたちとお前たちの3人ずつで! もしおれたちが負けたら、ここを出ていく。その代わり勝ったら、みんなで仲良くバスケをする! それでどう?」


 ヤマトの提案を聞いた途端、ルナリアンの少年たちに爆笑の渦が巻き起こった。


「ふははははは! バスケで勝負? 僕たちと、お前たちが!?」


「ひーっひっひっひ! これは傑作なんだナ~」


「あーはっはっはっは! お前らみてぇなチビな地球人が、俺らに勝てるわけねぇだろうがァ! しかもそのうち一人は女で、まるで幼稚園児みてぇなガキじゃねぇか……あー腹いてぇ」


 エリオット・ホセ・アンドレの3人は、腹を抱えながら言った。


「な、なんだとぉ! やってみるまでわかんないじゃないか!」


 カチンと来たヤマトは、声を荒げて言い返した。


 しかしその瞬間、ヤマトよりもさらに激しい怒りを爆発させてしまった人物が、もう一人いた。

 その人物――マルカ・ラジェンスカヤの堪忍袋の緒は、今さっきアンドレの放ったある一言・・・・によって光速で切断されてしまったのだ。


(よ、よ、よ……幼稚園児ぃぃぃ!?) 


「だ、誰が幼稚園児ですってぇ!? 私はルナリアンで、立派な小学5年生よ!!」


 マルカは胸に手を当てて、激しく激しく主張した。


「なんだと?」


「……え、マジ? 俺らとタメ……?」


「な、なんだナ?」


 対して、ルナリアンの少年たちがそんなふうに《信じられない》といった反応をしてしまったものだから、さあ大変だ。


「きーーーーー! もう許せない! ヤマト、ミコト! こいつらぶっ飛ばすわよ!!」


 マルカの怒りは最高潮。

 いつもは天使みたいなマルカが、悪魔みたいに目をとんがらせて怒ってしまった。


「……面白い……良いだろう。お前たちに身の程というものを思い知らせてやる!」


 対して、エリオットの方もどうやら勝負に乗る気になったようだ。

 こうして少年たちは、ルナバスケで試合をすることになってしまった――。

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