② 女の子だからって甘く見ないでよね?
ルナリアンの少年たちと、コートの使用権を賭けて試合をすることになったミコト・ヤマト・マルカの3人。
少年たちの態度に腹を立て、熱くなってしまったマルカとヤマトをひとまず落ち着かせ、神凪ミコトはリーダー格の少年エリオット・ワイズと、試合のルールについて話し合っていた。
育ちの良さそうな金髪の少年エリオットは、ぶっきらぼうに言った。
「そうだな。3対3……人数は少ないが、基本的なルールはフルコートを使用した普通のルナバスケのものと同じにしよう。3秒ルールなどのバイオレーションは全て有りで、ファールは3回したら退場。
あいだに1分の休憩を挟んで5分間のピリオドを2回行う。……こんなところでどうだ?」
その提案に、ミコトは冷静な態度で返事をした。
「それでかまわない」
「よし、ではこっちは僕とアンドレ、ホセの3人でお相手しよう。……ああそれから、審判は僕たちの方で用意させて貰う形になるが、問題ないかな?」
「こっちは3人しかいないんだ。嫌だと言ってもしょうがないだろ?」
「いいだろう。では決まりだな。……おい、ダニエル。お前が審判をやれ」
エリオットはそう言って、取り巻きの少年たちの中から一際ひょろっとしていて気弱そうな、メガネをかけた白人の少年を呼び付けた。
「は、はい。わかりましたっ」
審判役を命じられたダニエルはそう言ったあと、ちょろちょろと走ってスコアボードなどの準備をしに行った。
ゲームを始めるのに必要なものはこれで揃った。
5分後にゲーム開始とのことで話がまとまったので、ミコトはいったんヤマトとマルカのもとへ戻り、作戦会議をすることにした。
しばらくして。
2人にルールの説明をし終えると、ミコトは言った。
「――と、今回のルールはこんなところだ。わかったか、2人とも」
対して、話を聞いていたヤマトとマルカは――。
「わかった! おーし……あいつら、さっきはあんなに笑いやがって! 目にモノ見せてやるぞおおおおお!!」
と言いつつ『ぼおおおお!』と燃えるような勢いでやる気を見せていたり――。
「うふふふふ! さぁミコト、ヤマト! あいつらボコボコにぶっ飛ばすわよ! ボコボコよ!!」
と笑顔で言いながら『ゴゴゴゴゴ!』と何やら闇属性っぽいオーラをまき散らしたりしていた。
2人のその様子に、ミコトは言い知れない不安を覚えた。
「……おいヤマト。この前、説明したけど、3秒ルールとかのバイオレーションやファールについて、試合前に改めて確認しなくて大丈夫か?」
「ん? ああ! 地面に落としたポテチは3秒までなら食べてもいいんだよな! オッケーオッケー!」
「そうよヤマト! 3秒で瞬殺よ! ボコボコよ!!」
(いや。もうこれダメかもしれない……)
ミコトは心中でそう呟き、頭を抱えた。
が、しかし何とか気を取り直し、怒りに我を忘れた2人を落ち着かせたあと、ミコトは自ら考えた作戦を、ヤマトとマルカに説明した。
「とにかく! パスはオレが回すから、2人は今から伝える作戦の通りに動いてくれ。良いか――」
そんなこんなで作戦会議をしているうちに、あっという間に試合の開始時間が訪れた。コートの中心には、お互いのチームの選手たち3人ずつと、審判のダニエルが集まっていた。
「そ、それではこれより、エリオット組 対 マルカチームの試合を開始しますっ」
気弱そうなメガネの少年ダニエルは、弱々しい声で言った。
ちなみに《マルカチーム》というチーム名は、エリオットとルール決めの話し合いをしている時、ミコトが適当につけたものだ。
ヤマトとマルカには事後報告する形になってしまったが、2人とも異論はなさそうだった。
というか、怒りのあまり我を忘れていて、チーム名など気にも留めていないだけかもしれなかった。
試合開始時のジャンプボールをするため、ボールを持った審判がセンターサークルの中心に立つ。
続いてマルカチームのジャンパーであるヤマトがサークルに入った。
そしてどうやら、エリオット組のジャンパーは《ガラの悪いアンドレ》のようだ。
アンドレは大柄な身体をずんずんと進ませ、下品な笑みを浮かべながらサークルの中に入った。
ジャンパーの2人が向かい合った姿を見て、ミコトは改めてアンドレのガタイの良さに舌を巻いた。
身長150cm。小学5年生にしては低くない身長のヤマトだが、アンドレと比べると本当に小さく感じられた。
アンドレの身長は《エリオット組》の3人の中でも飛びぬけて高いようだ。
見たところ180cm以上は有るだろうか。さすがはルナリアンといったところだろう。
しかも、小学5年生とは思えないほどにがっしりとした筋肉の付き方をしていて、実に強そうな印象だ。
向かい合うヤマトに対し、アンドレはバカにするような口調で言った。
「はっ! ちっちぇなァおい……こんなんでホントに相手になんのかァ?」
「なにおう! やってみるまでわかんないって言ってんだろー!」
ムキになって、ヤマトは言い返した。
「落ち着けヤマト、作戦通りに行くぞ!」
なだめるように言うミコト。
「アンドレー! やっちゃうんだナー!」
「……ふん」
間の抜けた喋り方で野次を飛ばすホセと、不機嫌そうな表情のエリオット。
緊張感のある張りつめた空気がしばらく流れ――。
やがて審判によってボールが高く投げ上げられ、ついに試合が開始された!
ヤマトとアンドレの2人が同時にジャンプをし、トスされたボールを追う。
だが、ボールに先に手を到達させタップしたのは――アンドレだった!
身体能力の高いヤマトとは言え、さすがに30cm以上の身長差には抗えなかったようだ。
はたかれたボールはエリオットの手に渡った。
「よくやった、アンドレ」
ボールを持ったエリオットはゴールに向かってドリブルを始めた。
しかし、その行く手にすぐさまミコトが立ちふさがった。
(行かせない!)
ミコトは両手を広げてディフェンスの体勢を作り、エリオットの進行方向を塞いだ。対して、エリオットは肩や視線でフェイクを入れてミコトを抜こうとする。
しかし、反射神経の良いミコトは簡単には惑わされなかった。
しばらくエリオットの動きに対応した結果、ミコトはボールを奪い取ることに成功した。
「……なっ」
ミコトの動きに圧倒され、驚愕の声を漏らすエリオット。
攻守は入れ替わり、ミコトは奪ったボールを即座にヤマトにパスした。
「よし、行くぞ! ヤマト!」
「ナイスパス、ミコト!」
ボールを受け取ったヤマトは、ドリブルしながら走りだし、素早く相手ゴールに向かって攻め込んだ。
しかし、センターラインを越えたあたりで、今度はヤマトの前にホセが立ちふさがった。
「させないんだナ」
その身長は170cm後半といったところか。アンドレほどではないが、なかなかに大柄だ。
お腹が出ていて動きが鈍そうとは言え、体格に差があるせいか、ヤマトはさすがに威圧感を感じた。
しかし、それでもヤマトは臆することなく小刻みにステップを入れてホセを翻弄し、相手の重心が崩れた瞬間を狙って、一気に抜き去った。
そのままゴールへ向かって一気に加速をつけるヤマト。
「おっと、行かせねえぞ。てめぇの相手はこの俺だァ!」
すかさずアンドレがヤマトの前に割って入ろうとする――。
しかし、ヤマトのペネトレイト(素早い直線的なドリブルでディフェンスの間を突き抜けてゴールに向かうこと)のあまりの速さに、ディフェンスの体勢を作る前にそのまま抜き去られてしまった。
「な……は……速ぇ!」
「ま、待つんだナー!」
あっけにとられた2人を置き去りに、ヤマトは疾走する。
6分の1Gによって一歩の距離が6倍に伸びてしまうせいか、その走りは半ば跳躍するようになってしまっていた。
このまま勢いをつけ続ければコートの外まで飛び出てしまう。
そう思ったヤマトは――。
3Pラインを通過したあたりで、車がブレーキを掛けるように『ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ!』と両足で踏ん張って、いったん停止した。
「おっとっと、飛び過ぎちゃった。よーし……気を取り直して――っ!!」
ヤマトはそう言ったあと、再びドリブルをしながらゴールに向かい、慎重に間合いを計ってから跳躍。レイアップシュートを見事に決めた!
数日間の練習の成果か、ヤマトは完全にフリーの状態ならばレイアップシュートも決められるようになっていたのだ。
試合で初めてシュートを決めた快感に、ヤマトは空中で満面の笑みを浮かべた。
――しかしその瞬間、審判が『ピーッ!』っと笛を鳴らし、ヤマトに向かって高らかにこう言った。
「は、反則っ! ……ダブルドリブルーーーっ!!」
「えええええ!? 反則ぅぅぅ!? 一体どういうことぉぉぉ!?」
大口を開けて驚くヤマト。
(いや、むしろこっちが驚きたいわ!)
と、ヤマト以外の全員が心の中で突っ込んだ。
ちなみに《ダブルドリブル》とはバイオレーション(反則)の一種で、ボールを保持したプレーヤーが一度ドリブルをやめたあと、またドリブルを始めることである。
つまり、今のヤマトのプレーは、それはもう笑っちゃうくらいに完璧な反則だったのだ。
「アホか! これ以上ないくらいわかりやすい反則だったぞ。完全にボールを両手で持って止まってから、もう一回ドリブルしていたじゃないか!」
ヤマトの頭をはたきながらミコトは言った。
「は? え? 何の話さ!?」
「だーかーらー!」
せっかくのチャンスが一瞬にしてパーになってしまったことに頭を抱えつつ、ミコトは単細胞な弟にルールの説明をし直した。
ヤマトが完全にルールを覚えるまでには、まだまだ時間が掛かりそうだ――。
だが、ダブルドリブルをしてしまったことはともかくとして、今のヤマトのプレーがエリオット組に与えた影響は思いのほか大きかったようだ。
「お、おい。エリオット君……」
「ああ、あの双子のうるさい方、要注意だな。アンドレ、ホセ、徹底的にマークしろ」
ルナバスケに慣れていないとは言え、ヤマトの身体能力の高さにエリオット組は警戒し始めていた。
そのまま数分間、ゲームは続いた。
アンドレとホセの高さを生かし、的確にエリオットがパスを回すことによって得点を重ねるエリオット組。
対して、とにかく隙を見つけてはヤマトにボールを回し、ワンマンプレーで攻めてきたマルカチーム。
現在のスコアは全くの互角。
【エリオット組 10 ‐ 10 マルカチーム】
しかし、マルカチームの戦法は徐々に見切られ始めてきていた。
前半終盤。ボールを保持していたミコトが、ドリブルで切り込もうとした時だった。
「はっ! そうやすやすと通すかよォ!」
アンドレがミコトの前に立ちふさがった。
30cm以上の身長差があることから、アンドレにディフェンスをされるとどうしても遅れをとってしまうミコト。
「……ちっ」
舌打ちをしながらヤマトにパスを出そうとするが――。
「甘いんだナ」
パスコースに割って入ってきたホセにボールを奪われてしまった。
「……ああっ!」
自分へのパスをカットされてしまい、ヤマトは悔しそうに声を上げる。
そのまま攻守が入れ替わり、ホセにシュートを決められてしまった。
【エリオット組 12 ‐ 10 マルカチーム】
いくらヤマトの身体能力が高いとは言え、こうもヤマトだけに頼った攻め方をしていれば、やはり簡単に対応されてしまう。
エリオット組はパスをカットするために、徹底的にヤマトをマークするようになっていた。
しかし、ミコトの《作戦》はここからが本番だった――。
「前半残り1分か、そろそろだな。ヤマト、マルカ、やるぞ!」
そう言って、ミコトはチームメイトに合図を送った。
「おう!」「りょうかい!」
気合を入れて、同時に答える2人。
再びの攻撃開始だ。
マルカは自陣エンドラインからスローインをし、ヤマトにボールを渡した。
そしてヤマトは、ボールをもらった瞬間、ゴールに向かってものすごい速さで直進し始めた!
「――っ! とめろっ! アンドレ、ホセ!」
意表をつかれたエリオットが、とっさに指示を出す。
「うおおおおお!」
気合の声を上げながら走るヤマト。
「させるかよォ!」「だナ!」
行く手を阻み、ディフェンスしようとするアンドレとホセ。
しかし、その瞬間――。
ぴたっとヤマトは停止すると、即座に反転してミコトにパスを送った。
慣れないヤマトのパスは若干逸れたが、ミコトはそれを3Pライン付近で見事にキャッチした。
「……上出来だ」
そのままドリブルしながらゴールに向かって行くミコト。
しかし、その位置までなんとか追い着いてきたエリオットが、ミコトの前に立ちふさがる。
「行かせるか!」
相手チーム3人の中では一番身長が低いとは言え、ミコトより20cm近く大きいエリオットは、『絶対に止めてやる!』と言わんばかりの気迫を見せてミコトに迫った。
しかし、そこでミコトは予想外の行動に出る。
なんとエリオットと目を合わせたまま、振り向かずに手首のスナップだけで後ろに向かってパスを出したのだ!
「なっ――バックパスだとっ!?」
不敵な笑みを浮かべるミコト。
パスを出した先にいたのは――完全にフリーになっている……マルカだった!
エリオット組の3人はヤマトとミコトに気をとられ、そこから完全に離れた位置にいたため、今から止めに行こうとしてももう遅い。
3Pラインギリギリの位置でミコトのパスを受け取ったマルカは、その小柄な身体をゆっくりと沈ませたあと、優しいタッチでシュートを放った。
綺麗なバックスピンのかかったボールは美しい放物線を描き、リングに触れることなくゴールを通過した。
『ぱさっ』と気持ちのいい音を立ててネットが揺れる。
マルカチームに3点が追加され、点差は逆転した。
【エリオット組 12 ‐ 13 マルカチーム】
これが、神凪ミコトの作戦だった。
マルカチームで一番シュートが上手いのは間違いなくマルカ。
日ごろの練習の成果から、完全にフリーの状態であればかなりの確率で3Pシュートを決められる。
しかし、マルカはあまりにも小柄な女の子だ。
アンドレの言った《幼稚園児》は言い過ぎにしても、120cm余りしか身長がない。ゆえに、ルナリアンの少年たちとまともにやりあえば、簡単にボールを奪われてしまう。
そう思ったミコトは、マルカの能力を生かすため《マルカをフリーにする状況》を作り出す作戦に出たのだ。
それを実現するため、ミコトはあえて前半戦は得点に絡むことをせず、マルカと2人でパスに徹して、ヤマトのみに攻めさせることにした。
足の早さやジャンプ力など、ヤマトの身体能力の高さは折り紙つきだったので、派手な活躍を続ければ相手はこちらを《ヤマトのみのワンマンチーム》だと判断するはずだ。
そうやって相手の意識をヤマトに向けさせておいて、完全に相手の意識からマルカが消え去ったタイミングでパスを回して、3Pを決めて貰う。
ミコトのその思惑は、まさに的中したと言えるだろう。
相手チームの3人を含め、審判のダニエルも取り巻きの少年たちも、マルカの美しい3Pシュートにあ然とした表情をしていた。
――そのゴールは、マルカにとっても《試合で決めた初めてのゴール》だった。
手を離れたボールがバスケットゴールを通過したときのあの光景…・・なんと清々しいことか。
『この場所で、いつか友達と一緒にバスケがしてみたい』
マルカが夢にまで見たその願いは、現実のものとなった。
最初は『幼稚園児みたい』と言われたことに憤り、怒りにまかせて試合に入ってしまったマルカだったが、こうしていざシュートを決めたことで、そんな怒りはどこかに吹き飛んでしまった。
「うおー! マルカすげぇ!」
「ナイス、マルカ!」
シュートを決めたマルカを称えるヤマトとミコト。
対してマルカは、先程までの怒りが嘘だったかのように晴れやかな表情で2人に微笑んだあと、ルナリアンの少年たちにこう言った。
「女の子だからって甘く見ないでよね? 私だって、ちゃんとバスケ出来るんだから!」
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