第2話 サムライ仮面は月よりの使者

 パァン! バリン!!


 軽い破裂音とガラスが砕ける音。いや、砕けたのは天井の蛍光灯だ。拳銃の発射音って意外に軽いんだね……なんて場違いな感想が頭をかすめる。そんな風に現実逃避してるところに、否応なく現実を突きつけてくる怒鳴り声が聞こえてきた。


「動くなって言っただろうがぁ!!」


 目出し帽に顔を隠した男が三人。全員が片手に拳銃を持っている。そして、ここは高校の最寄り駅前の銀行。現在、銀行強盗に絶賛巻き込まれ中だったりする。


 学校からの帰りがけに、由香里が通販で購入した同人誌(←一応健全)の代金振り込みのために銀行に寄るというので付いてきたのが運の尽き。振込用紙だから窓口で手続きしようとしたところで、突然それまで普通の格好だったお客さんが鞄から目出し帽と拳銃を取り出して、銀行強盗に早変わりしちゃったんだよね。


「な、何でよぉ、何で……」


 由香里がパニクったようにつぶやいているのを聞いて、落ち着かせようかと思ったんだけど……


「何で銀行強盗がワルサーP5なんか持ってるのよ!? あれ高価でドイツ警察でも採用数少ないのに……」


 ……そんな必要なかったみたい。気にする所がオタク過ぎる。ってか、遠目に見ただけで拳銃の形式見抜くとか、由香里ってば、どんだけオタクなのよ!?


 でも、そう言われると気になるのも事実。トカレフとかのロシア系拳銃は結構出回ってるってミステリー系の小説とかで読んだことがあるけど、二十三区内とはいえ場末の銀行強盗なんかが珍しい拳銃を持ってるのは気になるところだ。


 だから、わたしはこっそりと解析魔法をかけてみた。このくらいなら、他人に気付かれずに使うことができる。


 その結果、あの拳銃の材質が真鍮しんちゅう製の銃身以外はABS樹脂だってわかった。つまり、モデルガンを元にした改造拳銃ってワケね。


 なら、いっそわたしが制圧しちゃおうか、なんて思ったりもする。半年前ならいざ知らず、今のわたしにとっては改造拳銃三丁なんて、かすり傷ひとつ付けることすらできない代物だ。そして、わたしは身長百九十センチ超の体格と空手二段の腕前を兼ね備えている。それに、ウチの流派は昔から実戦空手で売ってるフルコンタクト系の老舗。相手がひとりだったら、わたしが無傷で強盗を制圧しても『無謀』と怒られはしても『不思議』には思われないだろうし。


 でも、さすがに拳銃を持った三人を相手に、無傷で制圧だと不審に思われるかもしれない。『超幸運』で押し通せるかどうか……


 かといって、攻撃魔法は使えない。麻痺魔法みたいなのでも無理だったりする。解析魔法や読心魔法みたいな探査系と違って、使おうとすると体が派手に発光しちゃうんだよね。普段、魔法を使うときにやってる透明化も、こうやって人質として監視されてる状況じゃ使えないし。トイレに行きたいとか言ってみても、行かせてくれたりしないよね……てか、この前借りようとしたら無いって言われたんだっけ。


 なんて思っていたら、状況がさらに悪化した。もうひとり強盗が奥の方から出てきたんだ。貸金庫に行くふりでもしてたのかな。最悪なのは、そいつが手にもってた銃。拳銃じゃなくてライフル銃、いや、自動小銃だ。わたしでも知ってる、超メジャーなやつ。


「うそぉ、アーマライトM16!?」


 由香里がひきつった声を上げる。そう、かの日本漫画界が誇る最強スナイパー御用達の名銃……のモデルガン改造銃だ。ちょっと解析してみたけど、厄介なことに連射可能っぽい。


 これは駄目だ。さすがに、連射可能な改造銃を持った強盗相手に、ただの女子高生が無傷で制圧とか嘘っぽすぎる。ここは大人しく、警察が解決してくれるのを待とう。日本の警察は優秀だから、時間さえかければ何とかしてくれるはず……なんて、のんきなことは言ってられなくなったっぽい。


「どうするよ?」


「そろそろマスコミも来たみたいだな。ひとり殺すか」


「まだ早くないか? ワンセグで番組確認してみろよ」


「臨時ニュースは入ってる。中継はまだだな」


「ここで殺しといた方が、マスコミ注目するんじゃねえか?」


「それで警察の突入が早まったらどうするよ? 俺たちの目的は金じゃねえんだ。どんだけ目立って、どんだけ殺せるかなんだからな」


「そうだぜ、どうせ死刑は覚悟してるんだ。どんだけ世間を騒がせて、クソ忌々しいリア充どもを震え上がらせられるか、それだけが目的なんだからな!」


 強盗どもの話し声が聞こえてきたのよね。こいつら、お金目当てじゃなくて、世間を騒がせるのが目的みたい。それも、自分たちが死刑になってもいいから、なるべく大勢殺してやろうとか考えてるっぽい。


 どこまで本気かわからないんで、本当は使いたくないけど、仕方なく読心魔法で秘かにこいつらの心の中を読んでみた。


 ……最悪だ、本気マジだった。こいつらの心の奥底に荒れ狂っていたのは、自分たちを認めない世間への恨みつらみと、自分たちがモテないことへのひがみ、モテるリア充への嫉妬みたいな負の感情の塊だった。


 嫉妬はまだわかるよ、人間だもの。わたしだって、マリーとジョルジュのデート見たときは凄く嫉妬したもん。だけど、普通それで人を殺そうとする? それも、無差別に!!


 こいつらのドス黒い情念に思わず吐きそうになって、必死でこらえる。それに気付いた由香里が心配そうに尋ねてきた。


「鈴奈、大丈夫?」


「……大丈夫よ、ちょっと気分が悪くなっただけ」


 そう言いながらも、わたしは口の中の苦いものを吐き捨てたい気持ちで一杯だった。こいつら、本当に腐ってる。


 認められないなら、どうして認められるまで努力しないの?


 モテないっていうけど、モテるように努力したことあるの?


 どうして嫉妬で人を殺そうとか思えるの?


 そんな風に思ってしまったのは、あの人のことを思い出したから。


 認められる力を得るまで四百年も努力を続けた人。


 世界中をひれ伏させる力がありながら、力ずくで女を手に入れようなんてこれっぽっちも思わずに、モテるための努力を怠らない人。


 モテる人間を妬むことなんかせずに、自分に足りないところを持っていると尊敬するような人。


『何しろ、余は馬鹿であるからな。努力するしかないのであるからして、他人を妬む暇があるようなら、その間に努力する方がよほど建設的なのである!』


『リア充とな? そやつらがモテる者であるならば、妬むよりは、むしろ教えを請う方がモテるための早道ではないのか?』


 あの人が言いそうなことが、あの人の声で脳内に再生されてしまい、思わず苦笑する。


「ほんと、お馬鹿なんだから」


 誰にも聞こえないような小さな声でつぶやいたとき、とうとう最悪の事態が起きた。


 パァン!


「うぎゃあああああああっ、い、痛いいいいいいっ!!」


「きゃあああああっ!!」


 人質としてカウンターの前に集められていたわたしたちを狙って、強盗が発砲したんだ。わたしの前にいた二十代前半くらいの男性の足に弾が当たって、血が出ている。男性と一緒に座っていた恋人らしい若い女性が悲鳴を上げてる。


「下手クソ!」


「うっせえ、次はちゃんと頭に当てるよ!」


 仲間に罵られた強盗が、再び拳銃を上げて男性の頭を狙う。


 これは、止めるしかない! だけど、そんなことをしたら、わたしの力がバレちゃう。今の平穏な生活を続けることができなくなる。それを捨てることが、わたしにできるの!?


『ならば、余のところに来ればよいではないか』


「ハァ!?」


 脳内に勝手に再生された声に、思わず大声を上げてしまった。何て勝手なこと言うのよ、あのお馬鹿!!


 ……でも、それがわたしの本音なんだね。


 思わず、クスっと笑ってしまう。


「す、鈴奈?」


 あ、由香里を心配させちゃったか。いや、それだけじゃないね。さっきのわたしが上げた変な声のせいで、強盗も男性を狙うのをやめて、こっちを見てる。


 いいじゃないの。それなら、わたしも思いっきり馬鹿やっちゃおうじゃない!


 でもまあ、ここでわたしの名前や素性を知ってるのは由香里だけ。一応、形だけでも正体は隠しておきましょうか。


 そう思って、魔法で異空間収納から木材を取り出すと、手の中で変形させて仮面を作る。能面の中でも、若い女を表す『小面こおもて』っぽいやつを。昔、小学校の自由研究で能面について調べたことあるんだ。調べた理由は、実は『桃○郎侍』が般若の面をかぶって出てくるのに興味を持ったからなんだけど。


 顔を伏せて、その面を付けると、すっくと立ち上がって、まず撃たれた男性に向けて治癒魔法をかける。少し離れているけど、この距離なら治癒魔法は効果を発揮する。魔法の力で、傷口から弾が押し出され、傷の修復が始まって血が止まる。


 それを確認してから、さっき男性を撃った強盗に向き直って、人差し指を突きつけながら言う。


「おやめなさい!」


「な、何だお前は!?」


 そう問う強盗の言葉を無視して、わたしは即興で思いついたネタを朗々と謡い上げる。


「ひとぉつ、秘密を仮面に隠し、ふたぁつ、不思議な魔術を使い、みいっつ、みんなの幸せのため、悪をらすよ、かぐや姫!」


「はぁ?」


 唖然とする強盗たち。いや、由香里はじめとする人質の皆さんも唖然としてる。そりゃそうよね。でも、その隙を逃すほど、わたしは甘くないよ♪


「ハッ!」


 その場から軽く助走して、気合いと共に目の前の人質たちを飛び越えると、そのままさっきの強盗に跳び蹴りを食らわせる。


「ぐえっ!!」


 拳銃を向ける暇もなく、強盗はわたしの蹴り一発でノックアウトされる。こんなヤツ、魔力による身体強化すら必要ない。


「てめぇ!!」


 近くに居た強盗が拳銃をわたしに向けようとするけど、遅い!!


 その動きの間に懐に走り込むと肘打ち一発で沈め、その隣にいたもうひとりの顎に掌底を叩き込んで失神させる。これで残るのは自動小銃を持ってるひとりだけ。


「この野郎ッ!!」


 パパパパパン!!


 自動小銃が火を噴いた。五発の銃弾がわたし目がけて飛んでくる。改造銃とはいえ、使われているのは二十二口径の猟銃用ライフル弾だ。超音速の弾道がわたしを目がけて伸びてくる。


 でも、魔力で強化されたわたしの目は、仮面の小さな覗き穴越しでさえ、それを見ることができる。魔力で強化されたわたしの腕は、その速度に負けない速さで動かせる。そして、防御魔法で守られたわたしの掌は、それを受け止めることができる!


 パラパラパラ……


「たかが銃弾くらいで、わたしを止められるなんて思わないことね」


 手に受け止めた銃弾を床に落としながら、挑発気味に思いっきりカッコつけて言う。


「て、てめぇは何モンだぁっ!?」


 最後の強盗が叫んだので、もうネタてんこもりで改めて名乗りを上げちゃおう。『毒を食らわば皿まで』って言うしね!


「セーラー服サムライ仮面、カグヤ! 月に代わって、成敗よっ!!」


 あははははは、学校帰りだから制服着てるんだよね。別に刀は持ってないけど、さっきの前口上から“月よりの使者せいぎのみかた”『かぐや姫侍』ってことで。それで、セーラー服と月まで重なっちゃったら、決めゼリフはをパクるしかないでしょ。幼稚園のときにお姉ちゃんと一緒に実写版見てたけど、マー○やってた北○景子ちゃんも、もう人妻なんだよねぇ。


「ふざけんなぁっ!!」


 パン、パン!!


 ちょっと感慨にふけってたら、強盗が残った弾を撃ってきた。けど、五連射して効かなかったのを二発撃ったくらいで効くわけがない。


 同じように受け止めると、そのままジャンプして強盗に近づき、最後はハイキック一発で仕留める。


「成敗完了!!」


 と、決めたのはいいけど、これでわたしの平穏無事な生活ともお別れか……と思った瞬間に、今までコロっと忘れていた、あの人の言葉を思い出した。


『精神操作魔法で、そなたが魔法を使うところを見た者の記憶を消すか改竄かいざんする』


 うん、そういえば、そうだよね。あの人に対しては『駄目』って言ったけど、そうすれば何の問題もないんだよね。今更カッコつけてる場合じゃないよね、あははははははは……


 さて、どうしよう?


 いろいろ考えて、その場にいた人たちの記憶を改竄した結果、翌日の学校の昼休みにはクラスメイトを相手に前日の体験を力説する由香里がいた。


「すごかったよセーラー服サムライ仮面! あんな漫画みたいなのを、この目で見られるなんて、信じらんない!!」


「ホントだよね~」


 白々しく同意するわたし。お弁当持って隣のクラスにお邪魔中です。いろいろ考えたけど、誰かが強盗を倒したことは誤魔化しようがないので、謎のヒロインが乱入してきたことにしたんだ。わたしは、由香里と一緒に震えて座ってたってことになってる。


 構内に設置されてたビデオカメラについては、わたしが写る角度のやつは全部、最初に強盗に壊されたって設定にして拳銃で撃たれた穴をあけておき、記録されてたデータは黒画面に置き換えておいた。そのくらい、魔法で何とかできるのよね。かわりに、壊したカメラの数と同じだけ、威嚇射撃で壊された蛍光灯とか天井とかを修復してあるんで、弾の数と壊れたものの不一致でバレることもないはず。銀行の外に来ていたマスコミもいたけど、外から構内を撮っていた映像はそんなに鮮明じゃなかったし、わたしたちの位置は外からは死角になっていた。まあ、細かいところで辻褄が合わないのはしょうがないけど、とりあえず謎のヒロインの正体がわたしとバレる心配はないだろう。


 ……と、思っていたんだけど、由香里の次の言葉に思わず顔が引きつってしまった。


「でもさ、あんなに背が高い女の人が鈴奈以外にもいたんだね~。あたし、驚いちゃったよ」


 ……もし今度『セーラー服サムライ仮面』が登場することがあったら、身長も魔法で低くしよっと。

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涼城鈴奈は巨女である ~童貞魔王外伝~ 結城藍人 @aito-yu-ki

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