涼城鈴奈は巨女である ~童貞魔王外伝~

結城藍人

第1話 彼氏がいない彼女の事情

 お昼のお弁当を食べ終わって、お花でも摘みに行こうかと思って席を立ち、教室の出入り口に向かっていたときだ。出入り口に立っていた酒田が呼びかけてきた。


「お~い、大きなカブ~」


 わたしは即座にミドル気味のハイキックで応じた。もちろん寸止めだけど。それも、頭を狙って万一にも当たったら大変なので、胸の一番丈夫なあたりの直前で止めてる。某『見た目は子供、頭脳は大人』な名探偵漫画のヒロインにあこがれて空手を習い始めてから、もう十年。この前二段を取ったばかりなんだから、そのくらいはできる。それと、当然制服のスカートの下にスパッツは履いてる。安易に下着を見せるような安い女のつもりはないんだから。


「今度そう呼んだら、当てるよ」


「わ、悪かったよ、涼城すずしろ


 涙目になりながら謝る酒田。同級生だけど、そんなに親しくはない。嫌ってるあだ名で呼ばれて許すような関係の男子じゃない。


「で、何よ?」


大根おおねが呼んでる」


 その言葉と同時に廊下を指さすので、そちらを見ると大根おおね由香里ゆかりがいた。わたしの幼なじみで、今でも一番の親友。幼稚園で知り合って仲良くなってから小、中、高とずーっと同じ学校に通ってて、だいたい二年に一回は同じクラスになるけど、今年は違うクラスなんだ。わたしの名字は涼城……発音はスズシロで、つまりはダイコンのことなのに対して、彼女の名字は漢字がそのままダイコンだから、昔から『ダイコンコンビ』だの『ダイコンシスターズ』だのと呼ばれてきた。しかも、わたしの名前のスズナはカブのことで、彼女の名前のユカリはシソのふりかけだから、食べ物コンビでもある。


 由香里はともかく、わたしの鈴奈って相当なネタ名前だと思う。だって、名字がスズシロで名前がスズナだよ。春の七草が二つ入ってるじゃない。とはいえ、それで親を恨む気はない。だって、両親自身も七草なんだもん。それどころか、一族そろって七草コンプリートだったりする。


 父の名は『五行ごぎょう』、母の名は『はこべ』。そもそも、父に『五行』なんて名前を付けた祖母の名が『せり』だったりする。わたしが生まれる前に病気で亡くなった祖父は『座一郎ざいちろう』って名前の大工だったんだけど、仲間内では『ほとけざーさん』って呼ばれるほど温厚で面倒見のいい人だったらしい。何で嫁として外から入ってきたお祖母ちゃんやお母さんまで七草なんだろうとは思ったりもしたけど、そこまでネタ名前が揃っちゃったらコンプリート目指すよね、普通。


 それで、お姉ちゃんに『那瑞奈なずな』って付けた時点で残りはひとつ。私の名前は、生まれる前から男だったら『嘉武かぶ』、女だったら『鈴奈』と決まっていたらしい。女に生まれてまだマシだったとつくづく思う。それに、二つ年上で今年大学に入ったお姉ちゃんには散々言われてるんだよね。「あんたはまだマシ。私なんかペンペン草だよ!!」って。


 なんてことを思ってると由香里が近づいてきた。ずーっと一緒にいる親友なんだけど、並んで立つとものすごく対比が目立ったりするんだよね、実は。背がすごく違うの。百九十センチのわたしと比べると、百四十七センチの由香里は子供にしか見えない。もっとも、わたしと比べると大抵の女子は……いや、男子でさえ小柄なんだけど。この身長と名前のせいで、ついたあだ名が『大きなカブ』。花も恥じらう十七歳の女子高生に対して、あんまりなあだ名だと思う。それを平然と使ってくる無神経な男子に蹴りのひとつくらい喰らわせてもバチは当たらないよね?


 ちなみに由香里のあだ名は『二十日ダイコン』とか『小さなダイコン』だったりする。こっちも、言うヤツには蹴り喰らわせるよ。親友だからね。


 ……って思ってたんだけど、当の由香里からツッコまれちゃった。


「いつもながらの鮮やかなキックだけどさ、もう少しおしとやかにしないと彼氏できないよ」


 痛いところを突いてくる由香里。もっとも、由香里にしたところで彼氏のできる当ては当面なさそうなんだけどね。何しろ、わたしみたいな大女なんて特殊性癖の持ち主以外は敬遠するのは当然だけど、由香里だって小柄童顔で、電車やバスに小児料金で乗れそうな外見の持ち主なんだから、ロリータ趣味の持ち主以外は相手にしてくれないんだし。わたしたちだって特殊性癖の相手はご遠慮したいんだから、つまりは彼氏なんか当面できそうもないってことで。まあ、それを言い返すとお互いに不毛な言い争いにしかならないから言わないケド。


 それでも、将来成長すれば普通になれる(←ここ重要)由香里に比べると、わたしの方は絶望的だ。身長が縮む薬なんてないんだから。それで、少しやさぐれ気味に聞き返す。


「ほっといて。それでどうしたの? 今日は用事あるからお弁当は別って言ってたのに」


「うん、実はうちのクラスでさ、自主補講って名目で集まって、みんなで夏休みの宿題を協力してやろうよって話があって、お弁当しながら話し合いしてたのよ。そしたら、日付がちょうど『聖地巡礼』と重なっちゃってさ……」


「マジ!?」


 由香里と一緒に夏休みに旅行する約束をしてたんだよね。某アニメの「聖地」で、その作品がらみの地域振興イベントがあるんだけど、日帰りで行くには遠いんで泊まりがけで行って参加しようって。由香里はかなり重度のオタ趣味で、それに付き合ってるうちに、わたしもライトなオタになっちゃったんだ。まあ、由香里みたいに腐ってはいないけどね。


「マジ。それで、先約があるからって抜けようかと思ったんだけど、あたしは主力だから絶対参加してくれって頼まれちゃってさ」


「あ~、それわかる」


 由香里の成績は学年上位五番以内から落ちたことはない。わたしと一緒に文芸部で創作活動に打ち込んでる……というよりはオタ趣味に邁進まいしんしてる……のに優等生なんだ。わたしだって一応十五番以内はキープしてるんだけど、由香里には負ける。


「ホントごめん!」


「いいよ、それでクラスのみんなと関係悪くなったら大変だしね」


 謝ってくる由香里に、実感を込めて答えるわたし。中学のときの経験、談ってヤツなんだよね。わたしの場合は、クラスじゃなくて部活だったけど。


 中一で既に身長百八十センチを超えてたわたしは、バレー部の顧問に熱心に勧誘されたんだ。そのときは、団体競技の運動部で仲間たちと力を合わせて頑張る、ってシチュエーションに憧れてたんだよね。空手道場の仲間もいるけど個人競技だから仲間意識だけじゃなくてライバル感も強くてさ。で、誘われるままにバレー部に入ったんだけど、いきなりレギュラーに抜擢されちゃったんだよね。


 顧問は元は高校バレーで全国大会まで行った人で、オリンピック日本代表には『惜しいところで』選ばれなかったらしい。それで、今度は指導者として名をなそうと野心に燃えていたんだ……ってのは後になってわかったこと。とにかく勝利至上主義で、何とか都大会で優勝して、あわよくば全国優勝なんてのを狙ってたんだ。


 だから、身長百八十オーバーで運動神経もいいわたしは、即レギュラーでいきなり試合に出された。それで、ある程度対応できちゃったんだよね。そしたら顧問には大いに目をかけられて、練習ではバシバシしごかれた。


 でも、それって先輩方や同学年のチームメイトからは『ひいき』に見えちゃったんだよね。っていうか、実際ひいきだろうし。


 だから、当然のように、いじめられた。それも表だって喧嘩売ってくるような形じゃない。当たり前だよね、身長百八十センチで六年間空手やってきて既に一級は取ってたんだから。小さな頃は取っ組み合いの喧嘩だってしたことはあるけど……主にお姉ちゃんや由香里相手に……空手始めてからは逆に喧嘩なんてしなくなったし。


 顧問が見てる前以外では徹底的に無視シカトされたし、物はしょっちゅう無くなった。汚されたり落書きされたりはなかったけどね。物的証拠として残っちゃうから。さんざん陰口も叩かれた。一番ひどかったのは、わたしがレギュラー取るために顧問と寝たって話。中一でそんな対象に見られるワケないでしょ! とか思ったんだけど、実は隣町の中学で生徒に手を出して懲戒免職くらった教師いたんだよね……でも、わたしの場合は別にそんなことしなくたって充分ひいきされたっての!


 顧問の前では普通に接してくるから、いじめられてるなんて言っても信じてもらえないだろうと思ったから、言わなかった。また、もし言ってみて顧問がわたしの言うことを信じて、いじめについて注意したとしたら、きっと逆効果だったと思う。


 だからバレー部なんてやめたかったんだけど、顧問がやめさせてくれなかった。理由がいじめだって言えなかったし、バレーをすること自体は嫌いじゃなかったから、何とか引退まで続けたけどね。幸い、部活だけのいじめで、クラスとは関係なかったし。でも、ヘコんでたことは確かで、あのとき支えてくれた由香里はやっぱり一番の親友だって言い切れる。


 ちなみに、それだけ頑張っても都大会四位が最高成績だった。まあ、あんだけ部内の雰囲気が悪くてそこまで行けたことのほうが、むしろ奇跡に近いと思うんだけどね。


 そんな経験をしたから、運動部には幻滅しちゃったんだよね。だから、高校でも熱心にバレー部やバスケ部に勧誘されたんだけど、そっちは断って、由香里に誘われてた文芸部に一緒に入ったんだ。その前から小説を書くことには興味があったってのもあるんだけど。


 実はバレー部でいじめにあってクサクサしてたときに、由香里に勧められてネット小説を読み始めたんだよね。そのとき、いじめにあっていた少年がクラス全体で異世界転移して、そこでチート能力を身につけて復讐したり成り上がったりしてくって話を読んで、何か感情移入しちゃったんだよね。


 それで味をしめて、ネット小説をいろいろ読みふけっていったんだ。由香里の影響で元からラノベとかミステリーは読んでたし。わたしが読んでたサイトはネット小説でも最大手で、読者ランキングの上位には異世界転生や異世界転移系のファンタジーが多かったから、わたしもそういうのをたくさん読んでるうちに、自分でも書きたいなあって思いはじめたんだよね。


 ただ、それでいきなり書いてネットにアップって、なんか敷居が高いというか、怖そうだったんで、まずは文芸部で試しに書いてみようかなあ、とか思ってたら、由香里も同じようなことを考えてたらしくて、一緒に文芸部に入ることにしたんだ。


 そしたら、同学年の他の子や先輩方も同じような感じだったんだよね、男子も含めて。だから文芸部はすごく居心地がいいの。二年になった今は、受験勉強で忙しい先輩たちの代わりにわたしたちが活動の中心になってて、文化祭で出す会誌のために原稿を書きためてる状態。夏休みには合宿もあるし、今年も楽しみにしてるんだ。


 でも、それだけじゃつまんないと思ったんだよね。来年は受験なんで青春を謳歌おうかできるのは今年だけだってことで、由香里とはいろいろ遊ぼうって計画してたんだ。そのひとつが『聖地巡礼』だったんだけど、これはひとり旅やるっきゃないかな。そのためには、由香里に口裏合わせを頼まないとね。


「この埋め合わせは別にするから~」


 そう言って拝んでくる由香里に、これ幸いとばかりにわたしは頼み事を口にする。


「それじゃアリバイ作り頼んでいい?」


「アリバイ?」


「由香里と一緒だったら泊まりがけ旅行でも許してくれたと思うけど、さすがにひとり旅はダメって言われそうだからさ。『聖地巡礼』の予定日には由香里んに泊まりに行くってことにさせてよ」


「あ、そういうことね、オッケー。だけど、スマホのGPSとかでバレない?」


「あ、そっか……よし、スマホのバッテリーが切れるようにしといて、充電器を家に忘れよう。由香里のスマホとか家電いえでんに連絡きたら口裏合わせよろしく。一応お姉ちゃんにも口裏合わせは頼んでおくけど」


 こうして、わたしはひとりで『聖地巡礼』することにしたんだ。お姉ちゃんに名義とクレカを借してもらって予約してたホテル(え、宿泊名簿に偽名を書くと有印私文書偽造? ナニソレおいしいの?)もツインからシングルに変えられたし。まあ、ホテルっていってもイベント開催地からは少し離れた県庁所在地の『東横○ン』だけどさ……いいじゃないの、安かったんだから!


 これで、部活の合宿の打ち合わせのために学校行くからって言って制服着てったら、お母さんだって旅行に行くとか絶対に思わないだろうし。由香里の家に泊まりなら着替えや洗面用具持って出ても不自然じゃないからね。あっちには地元の自治体が運営する公共温泉があるって話で、それも楽しみのひとつなんで、チェックイン前に公共温泉に入ったときに私服に着替えようかな、とか思ってたんだ。


 まさか、その当日に自分自身で『勇者として異世界召喚』なんてラノベじみた体験をすることになったあげく、あれだけ変な『魔王』と知り合いになる羽目になるなんて、そのときはこれっぽっちも思ってなかったんだけどね。


 で、そんな体験したおかげで、東横○ンにキャンセル料(当日連絡なしのキャンセルのため宿泊料の100%)を払う羽目になって、クレジットカードで立てかえてくれてたお姉ちゃんに全額徴収されたんだけどさ。


※第2話は『童貞魔王』後半のネタバレが少し入ります。『童貞魔王』本編の第26話までお読みになってからご覧ください。

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