第27話 夜襲

戦場に置いて陣営を築く場所を決めるという事は非常に重要な事だ。

何故ならそれ一つで、最悪味方全員が全滅してしまうという事すらあり得るからである。


誰が好き好んで周囲を断崖絶壁に囲まれた谷に陣営を築くのだろうか。

そんな所に陣営を期す居たとしたら崖の上から矢や種子島(ひなわじゅう)の様な飛び道具で攻撃されるいい的になってしまうのが関の山である。つまり自分から攻撃してくれと言っている様なものだ。


では今現在の新潟県(にいがたけん)南魚沼市(みなみうおぬまし)周辺を指す『上田(うえだ)荘』からやって来た上田の農民兵、故意に正体を隠す為であろう幟(のぼり)が無い将たちが設置している陣営地は何処か。


現代では獣道と言っても大差ないかもしれないが、この時代では立派な街道と言える脇にある一本傘松周辺の開かれた場所に陣取っているではないか。

周囲は鬱蒼とした木々に囲まれており、そこだけが開いているという異様な空間にも関わらず彼らはそこに陣取った。


戦とは本来相手を見下ろせる様な場所に陣取ることが有利とされているが、この栃尾城(とちおじょう)は山城という山に建っている城なのだから、ここよりも高い所に陣営を築く事など出来ない。

そして上田荘の農民兵は約1000人から1500人という大所帯。

対してこちらは頑張っても500人もいないだろう。そしてそんな500人だって一度に外に出て訓練もしなければ野営をすることも無い。つまり大人数が一堂に会する場所など必要ない。


だか相手は違う。態々上田荘という遠地からやってきて数日から数週間は過ごすのに戦中の伝令だけではなく事前の軍令を伝えるためにも相応の広さの場所が必要なのだ。

森の中を歩いて来て出会ったぽっかりと開いた1000人は収容できそうな空間があったらどうするか。

長時間、長期間歩いて自分で森の中を整え陣営が築きやすくしなくて良いのなら、どうするだろう。


そう、そこに陣営を築くだろう。――――――それが既に罠であるとは気付かずに。


もうお気付きだろう。

何を隠そう、ここ栃尾城(とちおじょう)の眼下に広がる広大な森。そこの一本傘松周辺に開いた広場とも言うべき空間を作ったのは俺だ。……いや、正確には俺主導の人達でだけどさ。


大体普通に考えて森の中を歩いていたら開けた空間があったらオカシイと思うのが普通ではないだろうか。

森の中には高木も低木も高草も低草もあって、時には転倒している倒木だってあるのが普通だ。それなのに真ん中にポツンと一本の傘松だけで辺りは何もない状況は明らかにオカシイのではないか。


戦国の時代で生活して十数年経つが、そういった感覚的な部分がまだ現代の感覚でいた俺は最初にこの方法を考えた時は変ではないだろうか、とも思った。


しかしその方法を本庄(ほんじょう)実乃(さねより)殿や金津(かなづ)新兵衛殿、景虎(かげとら)などに話した時は驚かれた。

本来戦とは地形や敵の陣形を見て敵がやって来そうな戦術を考えて対抗策を考える、というのが定石(じょうせき)の様で、戦場そのものを作ってしまうというのは常識外れ所か考えたことも無かったようだった。


確かに戦術なども大事かもしれないが、個人的には数か月も時間があるのだから有利な戦場を作ってしまえばいいのではないか、と思っただけ。

『パンが無ければ、お菓子を食べればいいじゃない』の感覚で『戦場が無ければ、作っちゃえばいいじゃない』と考えただけだ。

いや、本来の意味とは違うけど、つまりはそんな感覚で言ってみただけなのだ。


だがそれが必要以上に斜め上を行ってしまっていたようであり、話した直後はしばらく沈黙が場を支配した。景虎だけは何かを諦めた感の様な遠い瞳でこちらを見てはいたが。


再起動した本庄(ほんじょう)実乃(さねより)殿や金津(かなづ)新兵衛殿は最初こそ明らかにコチラの主に頭を心配している様な言葉を掛けてきたが、その後俺が諦めずに何故その考えに至ったかをゆっくり説明した。すると金津(かなづ)新兵衛殿はまだ理解が追い付いていないようであったが、本庄(ほんじょう)実乃(さねより)殿はその有用性を理解してくれた。さすが軍神である上杉(うえすぎ)謙信(けんしん)の軍学の師である。


しかし季節が収穫と貯蓄の秋という季節であったため作戦を実行させるために貸してくれた兵はそれほど多くなかったが、時には冬の間に使う薪を拾いに来た農民を森の中で捕まえて何とか整地を終えられた。

おかげで秋に貯蓄できなかった俺率いる整地部隊は本格的な冬を迎える前に景虎に飯寄越せ、と集(たか)りに行く羽目になったのだが。


そんな過去の事が走馬灯の様に頭の中を過ぎっていくのは周囲が夜の一寸先も見えない程の漆黒で染められているからだろうか。

だが御蔭で作戦の事前準備は完成し、見事にその策が嵌まった光景が目の前にあるという今の状況に自然と降格が吊り上がってしまう。きっとすごく気持ち悪い顔をしているに違いない。


今はそんな光景を目と鼻の先に置いた広場の周囲にある森に潜伏している。

時間は既に頂点に月が昇っているほどの深夜。狼や狸、狐など多くの生き物が獲物を取るために徘徊している時間帯に何をしているかと言えば、夜襲(やしゅう)の準備だ。


夜襲とはその名の通り夜に攻撃を仕掛ける、という事であり事前に話し合って決めた作戦だ。

広場を整地している時にこの夜襲もしやすいように周辺の木々を手入れしたのだ。そして深夜の明かりが無い時間帯でも攻撃を仕掛けられるように、完全に木々の配置を頭に叩き込んだ。事前準備で実はこの暗記が一番大変だったのは秘密だ。


さて、一緒に潜んでいる農民兵たちは攻撃開始の合図を今か今かと待ちわびている様に体をソワソワさせているのが、夜の風に乗って耳に響いてくる。


「それでは始めましょう。景虎の初陣に華を添えるためにも、盛大な勝利をもたらして」


そう言って手荷物として持ってきた羽団扇でそっと近くにいる兵へと合図を出した。


法螺貝(ほらがい)の腹の底に響く低い音が森に響いたのは、その直後だった。

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