第22話 若き龍

大広間での景虎のお披露目。それが終わった直後、本庄実乃に呼ばれてとある一室にやって来た。


部屋には既に金津(かなづ)新兵衛(しんべえ)や小島(こじま)弥太郎(やたろう)だけではなく、本庄(ほんじょう)実乃(さねより)の臣として栃尾城の重臣としても重用されている本庄(ほんじょう)玖介(きゅうすけ)や宇野(うの)左馬介(さますけ)も待機していた。

一番最後に一番下位の者が重役出勤の如く部屋に入るのは流石に気が引ける。


そもそも待ち合わせなどでも人を待たせること自体に抵抗がある俺はそそくさと、しかし足音は立てずに空いている場所へと腰を下ろした。


「遅くなって申し訳ありません」


皆が揃っているのに自分が一人遅れてやってくる。そんな時は例え時間前であったとしても一応誤りを入れておくことはビジネスの上では必要なことである。それは現代だけではなくこの戦国の時代であったとしても同じこと。

やって置くか置かないかで相手からの印象は大きく変化するのだ。


「お気になさらず、雪殿。我らはお披露目の後すぐに向かってきたから揃っているだけ。それにまだ約束の時間には早いのですからな」


「そうですとも。寧ろこちらが呼んで来てもらっている立場、すなわち雪殿は客人ともいえる存在(もの)。そう畏(かしこ)まわれてはこちらが恐縮してしまいますよ」


「そうですか?そう言って頂けるとありがたいです」


腰を下ろして早速今日呼ばれた議題へと話を移す。


今日呼ばれた理由、それは先程のお披露目の反省会と今後についてである。


「先程の大広間での事は実に見事。やはり前もって準備していただけの事はありましたの」


込み上げてくる笑いが堪え切れずに笑みを浮かべたまま、口火を切ったのは金津新兵衛。

彼が最初に言葉を発し司会の様に会話のかじ取りをするのは、家格や年齢を考えても自然の事。


「正しくその通り。昔からの知古(ちこ)の者も多い私にとって、最初は城内の者を騙すようで些か気が乗らなかったのですが全ては景虎様の為。そう思って決心しましたが、今ではこの連帯感ともいえる雰囲気が実に心地よく感じられるものです」


本庄実乃の言葉に同じく栃尾城で長き時を過ごしてきた重臣の本庄玖介や宇野左馬介ら二人も賛同するように頷く。


「しかし某(それがし)は最初半信半疑でした。某は謀(はかりごと)にはとんと疎い方なので本当にそんな事で事が上手く運ぶのか気が気じゃありませんでしたが、こう上手く事が運ぶと改めて自分は戦場(いくさば)の方が向いているなと思い知らされます」


「当然でしょう。小島殿にはそちらの方での働きを期待して晴景様にお願いして付けてもらった与力なのですから。加えて幼少期からの数少ない顔見知りと言えば林泉寺で過ごしていた景虎様にとっては府中(ふない)でも限られてきます。そうすれば自ずと誰が付けられるか決まってくるでしょう」


「そうは言いますが金津殿、某は先代の為景公の時代から仕えさせて頂いてはおりますが、大きな成果を上げてはおりません。何の成果も上げられなかったのに、そこまで自らの評価を上げることなど出来ません」


戦国の時代では敵をも恐れさせ震え上がらせる程の武勇を有している将の事を“鬼”という異名で呼ぶことがある。「鬼柴田(おにしばた)」とも言われる柴田(しばた)勝家(かついえ)や「鬼若子(おにわこ)」と言われる長宗我部(ちょうそかべ)元親(もとちか)、「鬼島津(おにしまづ)」と言われる島津(しまづ)義弘(よしひろ)など鬼という異名が付く武将は数多く存在する。


鬼小島弥太郎もそんな豪傑と言われる将であるが、1543年のこの時期ではまだ越後という幹から僅かばかりに芽が出た萌えた状態でしかない。

そんな彼だからこそ今はまだ戦功と言えるようなものはまだないのだ。


「ですがやはり景虎様が儂らの案を受け入れて下さった事、これが一番有り難い事でしたね」


そう言う金津新兵衛の言葉に部屋の皆が賛同の意を唱える。


実は今回、景虎の異例ともいえる家臣に対する頭を垂れた行為。これは全て演出された一つのシナリオなのだ。


栃尾城内にいる兵たちを如何に率先して戦わせる事が出来るか。命を懸けて長尾景虎という主君の為に戦える様にするにはどうするべきか。敵の多い越後で裏切らせずに戦わせるにはどうすればいいのか。

俺を含めて景虎にどう進言するべきか懸命に考え、議論を行った結果辿り着いた答えが先の行動であった。


「最初景虎様に誰が言い出すかお互いに譲り合いをするほど、機嫌を損ねないかどうか気が気ではありませんでしたからね。ですが話してみると寧ろ景虎様の方が乗り気の様でしたね」


「某も思いました。話を聞いていた時の景虎様は身を乗り出していました」


「昔から人の機嫌の浮き沈みには非常に注意を図っておられましたからな。敏感な景虎様だからこそこのままではいけないと思われたのでしょうな」


「為景様は最後の最後まで景虎様に対する愛情を表立って表明はしなかったようですしね。春日山(かすがやま)城内では金津殿や虎御前(とらごぜん)様など御味方が少なく肩身の狭い思いをされていましたでしょうから」


「ですがな本庄殿。林泉寺(りんせんじ)では毎日のようにやんちゃをしては師である天室光育(てんしつこういく)和尚様に叱られていたようですぞ。毎日のように春日山城の儂の耳には景虎様の活躍が届いておりましたわ」


「いやいや金津殿、本庄殿。やんちゃで言ったら某も負けてはおりませんぞ!」


「……小島殿、貴方は何で争っているんですか」


議論の中心とも言える三人は感慨深げに当時の事を思い出しては話に花が咲き、時には笑みすら垣間見えるほどの和やかな雰囲気で進んでいった。

しかしそれも僅かの間の事。すぐさま真剣な表情に戻っていく。


「だが全てはここからじゃぞ。近隣には問題が山積しておる。次の一手の準備を急がねばならん」


そう言って金津新兵衛は全員の気持ちを引き締めた。


此処にいる全員の気持ちはただ一つ。


産まれたばかりの越後の龍。若き龍は今まさに大空へと羽ばたこうとしているのだから。

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