栃尾城主編

第21話 入城

1543年10月某日


古志長尾(こしながお)家に正式に養子となり長尾(ながお)景信(かげのぶ)の男(むすこ)となった長尾(ながお)景虎(かげとら)は、現城主の山吉(やまよし)政久(まさひさ)など代々山吉氏が治める三条(さんじょう)城を出て古志長尾家の支城(しじょう)の一つである栃尾(とちお)城に入城した。


栃尾城は城郭が馬蹄(ばてい)型になっており南に家臣の居館(きょかん)、東に商人などの根小屋(ねごや)を配した山城である。


標高230メートルほどの鶴城山(かくじょうざん)の頂にあるそんな城、そこに今日の昼過ぎに入城を果たした。

三条(さんじょう)城から栃尾城に入った瞬間から景虎は古志長尾(こしながお)家の養子から古志郡(こしぐん)郡司(ぐんし)兼栃尾城“城主”という地位になった。


若干14歳、現代で言えばまだまだ中学生の子供だがこの時代では既に元服を果たした立派な大人である。

その証拠に入城時には、元城主で現在は城代(じょうだい)の本庄(ほんじょう)実乃(さねより)が事前に示し合わせていたかの様に本庄(ほんじょう)玖介(きゅうすけ)や宇野(うの)左馬介(さますけ)(別名:宇野高政)などといった後の栃尾衆を率いる重臣がずらりと出迎えていた。

如何に本庄実乃が景虎に期待し己の全てを賭けようとしているのか、その本気度が嫌になるほど伝わってくる。


出迎えられた俺たちは早速とある部屋へと向かい入れられた。城の城主が潜(す)まう部屋でもあり時には評定や謁見なども行う大広間である。


「本日よりこの城の城主となられた長尾(ながお)景虎(かげとら)様である」


そんな大広間には新たに城代になった本庄実乃の言葉が大広間に響き渡る。

上座に座るのは城主になった長尾景虎。一段下がった所に座るは城代の本庄実乃。脇には金津新兵衛、小島弥太郎といった府中(ふない)から与力として与えられた武将たちや、元々栃尾城内に置いて重きを置かれていた将などが並んでいる。


何故このような事をしているのか。城主が変わったからといっても態々このような仰々(ぎょうぎょう)しい事をしなくても良いのではないかとも思う。しかし今回は態々こんな事を行っている。


どうしてかと問われれば全ては景虎のためである。


長尾景虎とは今や一人前の武将である。しかしそれはごく一部の人たちの間だけでの認識であり近隣の国人領主たちには若輩者と軽んじられ、郡司という国人領主よりも上位の地位にはあるが礼を尽くすべき存在ではないと見られている。

つまり無礼を犯しても構わない。寧ろ弱肉強食の時代、さっさと始末してしまおうとさえ思われても仕方のない存在なのだ。


そんな現状だからこそ本庄実乃は、まず城内の家臣たちに自らが臣従しているという事を認識させ、景虎の武力・兵力という面からも支えるという表明をしているのだ。


人の口に戸は立てられぬ、とも言う。これはどの時代でも一緒である。

城内でこれだけ大々的に表明すればやがて近隣へと自然に噂は広がりを見せていき、自分と同じく景虎の力になってくれる人物が現れる事を期待して。


今行っているお披露目ともいう行事。

大広間という広い部屋では城主の景虎に近ければ近いほど城内での地位が高いことを示している。そして景虎に最も近い所に座っているの本庄実乃と金津新兵衛の二人だ。


「景虎様、皆に挨拶をお願い致します」


本庄実乃に促され景虎は今一度座した姿勢を正し前を向きなおした。


「皆の者よ。今日からこの城の城主の命を拝命した長尾景虎である。我が使命はこの栃尾城周辺だけでなく中郡(なかごおり)の闘争を収め平穏をもたらす事である。しかし私にはまだそれを成す為の力が不足しているからこそ、その使命を成す為には皆の力が必要である。家族の為、友の為、そしてまだ見ぬ子孫(こたち)の為にも私に力を貸してくれ」


そう言って景虎は頭を下げた。これに大広間は騒然となり、挨拶するように促した本庄実乃すらも目を見開いて驚いているが、それも当然の事。


この時代上位の者が下位の者に頭を下げるなど有り得ない。現代で言えば会社の社長が社員に土下座をするくらいに有り得ない事なのだから。


景虎の前に並ぶ多くの家臣も主(あるじ)の前だと言うのに隣の人と話をしたり、互いに視線を合わせたり泳がせたり、落ち着きのない様子を見せている。通常ならば無礼千万で処罰されるだろうが今はそんな事を気にしている者は誰一人としてこの場にはいない。


主(あるじ)の景虎は頭を下げているし、城代の本庄実乃は慌てふためいているし、金津新兵衛や小島弥太郎も驚きを隠せていないのか自分の事で精一杯の様子。


そんな場だからこそ今のこの喧騒を咎める人物はいない。


「景虎様、頭をお上げください!」


しばらくしてようやく我に返った本庄実乃は慌てて景虎に下げている頭を上げるように促し、その焦る様を顔や体いっぱいで表現をした。

景虎はそこでやっと下げていた頭を上げ、目の前の家臣達に再び視線を向けた。


「私は国を豊かにしたい、農民たちの生活を楽にしたい、毎日が笑顔で送れるようにしたい、他にも成したいことが沢山ある。しかし今の私は元服も済ませたばかりで力がない。それを成す為の力がないのだ。だからこそもう一度言う、皆の力を私に貸してくれないか」


「景虎様……」


再度頭を下げて頼む景虎の姿に本庄実乃も遂に言葉に詰まってしまい、唇を噛み締める姿からは忸怩(じくじ)たる思いすらも伝わってくる。

自らの力が及ばなかったからこそ景虎に苦労を掛けてしまい頭まで下げさせてしまったのだと。


二度目の頭を下げた時、大広間の喧騒はいつの間にか無くなり気概溢れる雰囲気に包まれていた。

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