外伝4話 次世代

雪(せつ)が景虎(かげとら)に決意を示した翌日、とある男達が一つの部屋に集まり話会いを行っていた。


部屋の中にいるのは三人の男。老人の様に老けている初老の者、一見すると病弱で今にも床に伏しそうな壮年の者、そして隠し切れない程の内から溢れ出る闘気を放つ大漢(おおおとこ)。

そう、景虎御一行とも言える面々である。


発起人は金津(かなづ)新兵衛(しんべえ)で有名な金津(かなづ)義舊(よしもと)。越後国内や守護代長尾家家中に置いて家格でも地位でも最も高位の者(そんざい)である。50歳近い年齢はこの時代では非常に長生きであり、既に初老というよりも老人に足を突っ込んでいる年齢である。


「これでやっと我らの次代を託すべき権謀(けんぼう)家を得たという所であろうな」


「全くですな。今はまだ元服したばかりの景虎様ですが、いずれはこの越後国内に置いてその采配を振るって戴かなくてはならない。しかしどうやら景虎様は政(まつりごと)よりも実際に戦場に置いて指揮することの方が好きな様ですからね。国内を留守にする時、安心して任せられる人物かつ野心がない人物、これに該当する人物を同年代から探すのは苦労しました」


答えるのは景虎の新たな兵学に置ける師となった本庄(ほんじょう)実乃(さねのり)、栃尾城の城主であり景虎にその地位を明け渡そうとしている人物。30歳ほどの実年齢よりも老けて見えるのは頬のこけが原因か。


「私自身も府中(ふない)で先代の長尾(ながお)為景(ためかげ)様の時から方々(ほうぼう)探し回りましたが、なかなかどうして。見つからないものでした」


「特に野心がない、という部分がでしょう?金津様」


分かっているのに揶揄(からか)っているかの様に茶化すのは鬼小島(おにこじま)弥太郎(やたろう)で有名な小島(こじま)貞興(さだおき)である。つい昨年に二十歳(はたち)を迎えたばかりの、景虎にとっては兄とも言えるような年齢差しかない青年である。


まったくもって小島弥太郎の言った通りではあるのだが、さすがに肯定するわけにはいかない。いくらこの場には三人しかいないといっても、壁に耳あり障子に目ありとも言うように何処で誰が聞いているのか分からないのだから。


「しかし若者の背中を押すというのも大変なものですな。一応本音で話していたのでついつい自分を忘れて熱くなってしまい……。うっかりと本当に刀を抜くところでした」


「いやいや、本庄殿。まさか話し合いに刀を帯刀したのですか?小島殿ほどの人物なら露知らず、さすがに雪殿にはまだ刀などの刃物を見せるのは脅しと捉えられる恐れがありましょうぞ!」


「分かっておりますとも金津殿。私もそれは考えましてございます。ですがあの評定での景信(かげのぶ)様に対する豪胆な物言いを見て確信したのです。雪殿は刀の一本や二本で物怖じしたり恐れたりするような人物ではないという事を」


「……で、結果はどうでしたか?」


「私の思った通りまったく恐れてなどおりませなんだ。寧ろ雪殿は刀等に興味を抱いていた様子。良ければ一本や二本差し上げてみては如何でしょう、この度の祝いを祝して」



現代日本人にとって日本刀とは一種の芸術品となっている。安いものは数万円から販売されてはいるが、高いものだと数億円するものもざらにある。戦国の時代のように敵を切ったりして殺す事に使うもの、という認識ではないのだ。

だからこそ興味深げに人の持っている刀に興味を抱き観察してしまう事は致し方ないことなのかもしれない。


「いいですね。金津様や本庄殿が刀を贈るとなると某は脇差しか、はたまた槍でもいいかもしれませんな」


「いやいや小島殿。雪殿は小島殿に比べれば小さいが、それでも立派な大男。それに将としての何たるかを今から教えるとなると刀の方が見栄えもいいのではないか?」


今まで一切武術に関する事をしてこなかった雪をどうやって一人前の将にするか。次代の姿を思い描きながら小島弥太郎と本庄実乃の話は盛り上がる。


「そうですな、それもいいかもしれませんな。ですがそれも全ては景虎様が雪殿を正式に配下に加えるという旨を示してからです。それよりも本庄殿、今後は帯刀するなど通常ではない時は一言私にも仰って頂きたいのですがな」


「ハハハ……申し訳ありません金津殿。私もつい久しぶりに景虎様の御顔を拝見して興奮してしまって、そこまで頭が回りませんでした」


「本庄殿は景虎様を、いまでも?」


「えぇ、私は景虎様ならと感じておりますからね。初めて御顔を拝見したあの日から……」


昔を懐かしむ本庄実乃のその表情に対して金津新兵衛の表情は冴えなかった。


金津としては本庄実乃の気持ちは分かるが、かといって晴景の政策が間違っているとは言えない気持ちもある。

府中での思惑と越後国内各所での国人衆や一門達の不平不満にズレが生じている事が分かっているからこそ、全員が納得できるような方法を見出すことの難しさ、それを憂いているのだ。


そんな空気に耐えかねないのが小島弥太郎である。

先程のように少しおちゃらけている様な雰囲気で沈んだ雰囲気を何とか盛り立てようと声を発した。


「お二人とも今日は目出度い席なのですから酒でも呑んで盛大に祝いましょう!」


そう言って何処からともなく酒と御猪口(おちょこ)を取り出して自分たちの前に並べ始めた。今日の肴(さかな)は豪華にも味噌である。

戦国時代で酒の肴に味噌、これは非常に人気の逸品である。他には塩そのものや梅干しなどが挙げられる。


これには流石の二人も頬を綻ばせ嬉しそうな表情を見せる。その顔には先程の様に沈んだ雰囲気は感じられなかった。

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