第23話 斥侯

長尾(ながお)景虎(かげとら)の初陣、それは栃尾城(とちおじょう)周辺の豪族による反乱鎮静。迎撃するために僅かな兵を率いて戦った戦い『栃尾城の戦い』である。


1544年の春、雪も溶け切って若き芽の息吹が感じられた頃の話だ。

実質の国主の名代、郡司の景虎を若輩と軽んじて攻め込んできたのが戦の始まりである。


史実では僅かな兵を二手に分け背後からの奇襲で敵を混乱させ、残りの兵で本陣を制圧するという、簡単に言えば特に面白みもない至ってオーソドックスな方法で撃退したのだ。

確かに景虎は撃退はした。しかしそれでも少なからず味方には被害が出て戦死者が存在する。


俺はそれを如何にかしたい。


少なくとも現代日本人の感覚を持っている俺からすれば痛いのは嫌いだし、戦争や争い事なんてもっと嫌いだ。


戦争に最も多く参戦しているのが農民兵と呼ばれる普段は争いとは無縁の農業に従事している者たち。しかも長男ではなく三男四男という肩身がこれ以上もないほどに狭い部屋住みと呼ばれるものが多い。中には死んでくれて口減らしにもなってよかったという家族もいるだろう。

だがそれでも帰って来てくれて良かったという家族だっているはずだ。


そう信じているからこそ、俺は持てる限りの最善の策を巡らせよう。現代の知識を持ち未来を知っているからこそ最後まで抗って見せよう。

無様でも情けなくても、罵声を浴びせられても呆れられても、俺は俺が信じる道の為に。


とは思ったものの、俺はどうしようかと考える。


今は数え14歳となった景虎から考えるに1543年の冬。つまり景虎の初陣となる栃尾城の戦いが起きる前年となる。しかし今は冬であることから考えるに残された時間は後半年ほどだろう。

半年でどれほどの準備が出来るか正直不安な所もある。増して俺一人で出来ることなど高が知れている。


俺一人では出来ない。なら、一人で出来なければ誰かの力を借りようと思うのは悪いことではないはずだ。……悪いことじゃないよね?


でも期間は半年しかない。今から近隣の武将たちに呼びかけていては交渉だけで大部分の時間を取られてしまい、肝心の対策に割く時間を確保することは難しいだろう。近隣の武将は当てにはならない、しかし肝心の味方は欲しい。

消去法で考えると兵数は圧倒的に少ない事からも、やはり将は城内にいる人間十分かもしれないが様々な物資はこの際春日山城に催促してやろう。様々な政治的思惑があっての事ではあるが、長尾(ながお)晴景(はるかげ)が景虎に押し付けてこの中郡(なかごおり)の豪族の鎮静化を任せたのだ。その他の補給くらいはやってもらおう。というかやらせてやる。

いや、完全に私怨なのだが。


……そう言えば春日山城には彼がいるはずだ。今はまだ小さいがやがては上杉軍の殿(しんがり)担当みたいになる奴が。彼にも護衛として付いて来てもらうか。






「で、早速ですが何かいい案はないですかね?」


「あのですな雪殿、突然そんな話をされても『分かりました』と言えるわけないではないですか。春になったら敵がこの城に攻めて来る?一体何処からそんな情報がもたらされたのかは分かりませんが、その話には信憑性(しんぴょうせい)がありません。もっと明確な証拠を提示していただかないと」


「やはりそう思われますよね」


「寧ろそんな荒唐無稽(こうとうむけい)な話を信じる方が変だと雪は思わなかったのか?」


俺は早速本庄殿の部屋を訪ねて知恵を借りる事にした。この城内では今の景虎よりも遥かに軍学や兵学に精通しているからだ。

加えて、無論、決定権のある景虎も引き連れてはいる。本庄殿よりも昔から知っている景虎の方が説得しやすいからな


しかしそんな城主として決定権のある景虎に真っ向から否定とも取れる意見を言われてしまった。


「それは分かっているさ。分かっていてもやらなくてはならない事というのも時にはあるんだよ。第一、俺が変じゃなかった時なんか記憶にあるか?」


「いや……ないな」


「だろう」


自分で言ってて虚しくなるが、泣かない赤ん坊、喚(わめ)かない幼児。それがどれほど周りの目に異様な風景として映るか考えた事はあるだろうか。

モノノ怪などの異形なものとして映ったとしても不思議ではない。

そんな人物をどうして普通と言えよう。言えるはずないじゃないか。


自分の事を自分で変と言う俺に対して本庄殿も少々思う所があったのか、僅かな含み笑いをしたがそれも一瞬の事。すぐに平静を取り戻し真剣な目で見つめ返してくる。


「私個人としては雪殿の言う事には根拠がない事、加えて時期に雪が降り始める。この地域は多くの雪であらゆる街道が閉ざされ時には陸の孤島と化してしまう事もある豪雪地帯。男衆は備えをしなくてはならない家も多くあります。なればこそ、そんな時期に近隣に斥侯(せっこう)を出す事には些か二の足を踏んでしまうのです」


分かっている、そんな事。


越後国(えちごのくに)は現在の新潟県。現代の頃、新潟と言えば全国でも豪雪として有名な地域の一つであり、俺の実家辺りでも一日に数十センチ積もるなんて事は結構あった。

毎朝除雪車が家の前に造った雪の壁を壊す除雪が日課だった。


だが今は悠長に待っている時間もないし、来年の春には確実に敵がこの城に攻め込んでくるのだ。

史実では何もしなくても勝っている。だがそれでも犠牲は出ているんだ。だから俺は決心したんだ、出来るだけ犠牲の出ない戦をしようと。


俺の本気具合に流石の本庄殿も思う所があったのか、視線を景虎へと向けた。


「景虎様どうなされますか?私共は景虎様の御意思に従いますが……」


「うむ。あの雪がここまで言うんだ。昔からよく訳の分からない事を言ったりしたりしてはいたが、そこには何かしらの理由があったものばかり。今回もきっと何かあるのだろう、一度送って様子を見ようではないか」


「ははっ、畏まりました。それでは雪殿、斥侯を行う上での細部を詰めましょうか」


「はい。景虎、本庄様、ありがとうございます」


景虎を小さい頃から散々振り回した甲斐があった、初めてそう思った瞬間だった。

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