第16話 三条城

1543年9月某日


春日山城を出発してから十数日。ようやく三条城に入城することが出来た。

三条城とは平地に築城された平城である。しかも自然堤防上に造られた城である為自然の要塞とも言える構造をしている。


加えて三条と言う地は信濃川(しなのがわ)の乱流地帯に存在する。信濃川本流の他にも中之口川(なかのくちがわ)、五十嵐川(いがらしがわ)、刈谷田川(かりやたがわ)などの支流が合流したり分流したりを繰り返す水郷地帯である。こうした事から三条とは商業の街として発展している。


そんな商業都市だからこそ、人々は河川による天災などを恐れ仏に祈る宗教などが反映する。三条に存在する本成寺が正にこれに当て嵌まり、景虎の父である長尾(ながお)為景(ためかげ)から寺領の寄進(きしん)を受けるほどである。


春日山城などの山城とは違い、一応は城としての呈(てい)を成す三条城の本丸の一室。そこに今この城にいる主だった将が集まっていた。

ついでに俺もおまけで。


議論する内容は今後の越後国(えちごのくに)についてである。


「我が古志長尾(こしながお)家は今後も府中長尾(ふないながお)家に従い越後における安寧の為戦う所存。それは次期古志長尾家当主である景満(かげみつ)にも言い伝えていくが、あの子はまだ小さく理解できるか分からんからこそ最悪の事態も考えられる。その為に此度の養子縁組も受けたのだ。これは我が家が支配している刈羽(かりわ)郡(現:新潟県柏崎市)や古志郡(現:新潟県長岡市)の者達の総意」


そう言って力説するのは栖吉城主にして古志長尾家当主の長尾(ながお)景信(かげのぶ)。今回の養子縁組によって長尾景虎の義父になった男である。


勇猛で知られる越後兵。少数精鋭という言葉が似合い、石高39万石と全国的に見ても多いとは言えないような国だからこそ確保できる兵数も多くない。

だからこそ多くの国人領主や上杉謙信の臣下の将は知よりも武に重きを置き、僅かな兵でも大軍を討ち滅ぼせるほどの力を付けた。


そんな将の中でも武よりも知に重きを置いていたのが長尾景信という将である。

謙信から主に内政や城の守りを任されていたアタック面よりもディフェンス面で活躍したの彼だ。内に秘める勇ましさが顔にまで出てしまっている者が多い中、彼は一見何を考えているのか分からない様な穏やかな表情をしている。

しかし今の表情は真剣そのもの。如何に今回の議題が重要なのかが肌で感じられる。


「憎き上田長尾(うえだながお)家も景虎の姉である青岩院(せいがんいん)殿(別名:仙洞院)を当主の長尾(ながお)房長(ふさなが)の嫡男である長尾(ながお)政景(まさかげ)に嫁がせ、魚沼(うおぬま)郡周辺は一応の平穏を取り戻し、揚北衆(あがきたしゅう)がいる越後北部に注力できる。そう考えてはいるが……」


最初は威勢よく言葉を発していた景信であったが、次第に声量は小さくなり最後には聞こえなくなってしまった。

俺にはその気持ちは痛いほど分かるし、史実を知っている事で今後の越後国人衆の動向も分かってしまうのだ。そして今後の上田長尾家がどうするのかも。


「長尾房長は非常に野心的な奴だ。加えて先代の為景公とは非常に険悪であった。晩年は降伏して臣に下ったがそれでも奴の野心は消える事は無いはず。いつ背後を掻かれるか」


「ですが今現在、上田長尾家には主だった動きはありませんよ。こちらから何かするわけにもいきませんし、この三条城には北の揚北衆が攻め入って来た時の兵量や武具しかありませんしね。それに景虎様は今現在古志長尾家の人となったことにより、いつまでも府中長尾家の城である三条城に居ては晴景様の御懸念を招きますぞ。ただでさえ北の守護家では騒乱が起こっているのですから」


そう答えるのはこの三条城城主の山吉(やまよし)政久(まさひさ)。

山吉政久は三条長尾(さんじょうながお)家が府中(ふない)(現:新潟県上越市)に移住してからこの蒲原(かんばら)郡(現:新潟県三条市・新発田(しばた)市・阿賀野(あがの)市等)の郡司としてその権威を示している。しかし彼は今現在も府中に存在する府中長尾家の忠実なる臣である。

だからこそ彼は長尾景虎を三条城に受け入れたのだから。


「分かっている。だが景虎を我が古志長尾家に迎えた以上、何の役(えき)も与えずにただ置いておくわけにもいかぬ。それに与力として二人の将と一人の……」


そこで言葉を詰まらせ俺の方を見てくる景信殿。

きっと将でもないし僧でもない俺の位置をどういうか迷っているのだろう。正直なんでもいいのだが流石にそういうわけにもいかない。


「では景虎様の御伽衆という事でお願い致します」


勝手に名乗ってはいけないのだろうが、取り敢えず今はそういう事にした。


「まあ、今はそれでいい。その御伽衆と実に三人もの与力もある。そこで私は今後の事も考え幾らかの部下を付けて将としての経験をさせようと思っているのだが」


「確かにそれは理にはかなっています。しかし誰を付けるかが重要ですが……」


「そうなのだ。一体誰にするべきか……」


二人が悩んでいる。その姿を目の端で眺めながら俺は一人の男に目を移した。俺の記憶が正しければ動くはずだ。


「景信様。それならば是非、某(それがし)の栃尾(とちお)城にお迎えいたしたく!」


部屋中に響き渡る程の大声で、そう答えたのは栃尾城の城主、本庄(ほんじょう)実乃(さねより)。

少し頬がこけてはいるが決して病弱なわけではなく、寧ろ体はガッチリと鍛えられている猛将の容姿。頬のこけですら夜叉を思わせるほどの不気味さを感じさせる妖気である。


「実乃か。しかしお前は栃尾城の城主、景虎を迎えればお前は城主ではいられなくなるんだぞ?それでも良いのか?」


大声で言われた景信は流石に驚きの表情をしながらも実乃の意見に耳を傾けた。


「構いませぬ。ですが出来ましたら私を景虎様の与力として付けて頂ければと思います」


「覚悟は本物か……よし分かった。本庄実乃よ、お主は本日より景虎の与力として栃尾城に勤めよ」


「はは、有り難き幸せ」


そう言う実乃の顔は笑っていた。

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