外伝3話 新田一族

戦国の時代、新潟県南魚沼市周辺は上田荘と呼ばれる現代でいう村よりも大きい、街よりも小さい集落が存在していた。そしてその上田荘を支配していたのが上杉氏と一緒に入国して来た長尾氏の分家である上田長尾氏であり、魚沼(うおぬま)郡司(ぐんし)として古くからその郡司権を行使して来た。

現在では坂戸山(さかどやま)の山頂に本丸、麓(ふもと)に平時の住居を構えている山城となっている。


そんな坂戸城の存在する魚沼郡周辺には多くの新田(にった)一族が居(きょ)を構えている。一時は放逐された彼らではあったが、それでも全てではなく一部の新田一族は現在でも変わらずに住んでいる。


坂戸城ではそんな新田一族の氏族も集めてとある評定を行っていた。

議題はもちろん、憎き存在であり長らく対立関係にある隣郡の郡司である古志長尾家が新しい養子を取るという事である。


「それで新しい小僧とはどんな奴なのだ」


坂戸城の城主であり上田長尾家の当主である長尾(ながお)房長(ふさなが)が評定の口火を切った。


荒武者の様な切れ長の瞳をしていた為景とは違い、細めなのは一緒だが若干たれ目の髭も一切ない顔の房長は一見すると温和そうな人物に見える。しかしその内には為景に対する嫌悪感や憎悪が渦巻く野心高き人物であり、現在もどうやって守護代として府内長尾家に執って代わってやろうかと考えている、そんな人物なのである。


「はっ。私どもの調べによりますと、どうやら相当粗暴な人物であるようです。今は無き為景(ためかげ)殿ですら持て余したと言われているほどです」


答えたのは房長の臣(しん)である只見(ただみ)助頼(すけより)。


今年40歳も近くなった彼は古くから長尾房長に仕えて来た老将の一人である。深い皺が眉間に刻まれているその表情からは多くの苦労を経験していることが分かる。

どちらかと言えば武勇に特化していた房長の替わりに内政を主に担当していた只見助頼は上田長尾家の中でも情報に精通している人物であった。


「あの奸臣の為景ですら持て余すか。それは面白い」


「房長様、何処に耳があるか分かりませぬ。発言には少々気を配って頂きたく」


「良いではないか、奴はもう死んでいるのだ。そして後継は病弱の軟弱者ときている。こんなにお膳立てされている様な状況なのだ、少々口が滑っても致し方ないというものよ」


そう言って盛大に笑う長尾房長を只見頼はまたか、と言わんばかりの表情で眺めていた。しかしいつまでもそのままにして置くわけにはいかない。

このままにしていては評定がいつまで経っても終わらないからだ。


「それでどうされますか?現在ここに居る新田の者達にはある程度の話を通してはいますが、概ね良好な返答を得ることが出来ました。ですのでかなりの兵力を集める事が可能です」


「ほう、ここに居るもの全員か……」


グルリと部屋の中にいる新田の者達を眺めると口を吊り上げニヤリと笑った。


「どれくらい集まりそうなのだ?」


「新田の者達だけで1300余りかと」


「新田だけでそれほどか!ふふふふっ、これは快勝どころか楽勝ではないか」


「はい。相手は初陣もしたことが無い元服したばかりの雑魚も同然の小僧です。所詮は郡司と言う地位があるだけの名ばかりの将。寧ろ策を考えるほどの頭すらない短気な性格ですので勝手に兵を減らして自滅をしてくれるやもしれませぬ」


長尾房長に連れて只見助頼も笑いを堪えられなくなった。そして二人だけの笑いはやがて部屋中に広がっていく。

圧倒的な兵力で、憎き敵を蹂躙するその光景を思い浮かべてしまって。


「それでは房長様。今回の作戦、総大将はどなたにしましょう?」


今評定に参加している新田一族は上田長尾氏と近年関係が深くなった大井田(おおいた)氏を中心として、上野(うえの)氏や小森沢(こもりさわ)氏、田中(たなか)氏など様々。

中でもかつては越後新田党と呼ばれる徒党をまとめ上げていた大井田氏が頭一つ抜けている事は誰もが分かっている事。普通に考えると今回の戦で総大将は自然と大井田氏になる。

そう只見助頼は考えていた。


しかし今回の作戦、彼の一存だけではとても決められる事ではない。

いくら自らが仕官している家が参加していないとは言え、裏で交錯している事には変わりはないし寧ろ主導していると言ってもよい。

だからこそ主君に伺いを立てなくてはならないのだ。そうしなくては最悪自らの首が飛ぶかもしれないのだから。それも物理的に。


房長は一度目を閉じ一瞬考えるような仕草をしたのも数秒、すぐに目を開け一人の男に視線を固定した。


「大井田(おおいだ)氏景(うじかげ)、お主が此度の大将を務めよ。我が上田長尾と新田一族の力を存分に古志の奴らに見せつけてやるのだ!」


「ははっ!この氏景、必ずや期待に応えて見せまする!」


部屋中に聞こえるような大声で答えた大井田氏景は了解の意を伝えると大きく頭を下げる。

その顔には満面の笑みが浮かんでいた。

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