第15話 海道

俺は今、越後の海道(かいどう)を多くの者達と進んでいる。目指す目的地は三条(さんじょう)城である。


越後には多くの土着の領主が存在し、日夜小競り合いや睨み合いが続いている様な状況が続いている。加えて隣国の越中国(えっちゅうのくに)の神保氏(じんぼうし)、信濃国(しなののくに)の小笠原氏(おがさわらし)など多くの外敵も存在する。

こういった存在に対抗するにはやはり国内の領主の力を頼らなくてはならないのだ。


その為現在、越後守護代である景虎(かげとら)の兄の晴景(はるかげ)の命により越後の中郡・下郡の領主たちの橋頭保(きょうとうほ)を得ること。つまり配下に加えるか協力関係を結ぶ事が出来る様にする事である。


では何故今回三条城に向かっているのか。それはこの越後の歴史に深く係わっている。


越後と言う国にはいくつかの長尾氏が存在する。

上田荘(うえだ)と言われる現在の新潟県南魚沼市を本拠地とした『上田長尾(うえだながお)家』。

古志郡(こしぐん)蔵王堂・栖吉(すよし)と言われる現在の新潟県長岡市を本拠地とした『古志長尾(こしながお)家』。

そして上杉謙信で有名な蒲原郡(かんばらぐん)三条と言われる現在の新潟県三条市を本拠地とした『三条長尾(さんじょうながお)家』である。


そしてこの三条長尾家が代々越後守護代を世襲し、後に越後府中(えちごふちゅう)と言われる現在の新潟県上越市に移住した。これによって三条長尾家は長尾氏本家の地位を獲得したのだ。

府中長尾(ふちゅうながお)家と言われたのはこの頃からだ。


つまり景虎の一族は三条と言う土地に非常に強い縁(ゆかり)を持っているのだ。


三条城の城主は現在、山吉(やまよし)政久(まさひさ)と言う男である。

この政久の父である山吉(やまよし)能盛(よしもり)は景虎の父である長尾(ながお)為景(ためかげ)に死ぬまで付与し続けた武士であり領主であった。

越後国(えちごのくに)守護(しゅご)である主君、上杉(うえすぎ)房能(ふさよし)を自刃に追い込んだ時も、関東管領(かんとうかんれい)の上杉(うえすぎ)顕定(あきさだ)や揚北衆(あがきたしゅう)が反攻・侵攻して来た時も、常に為景方に立ち続けた。

能盛(よしもり)の男(むすこ)である政久もまた、為景の男(むすこ)である景虎に対しては敵対的ではなく友好的である。


よってまずは三条城へ向かい、地場を固めることにしたのである。


今の季節は夏から秋に向かっている所。冬の荒波で有名な日本海もまだ大人しいもので、砂浜に白波が僅かに立つ程度である。

35度を超えるような猛暑日を記録する様な夏が当たり前の様な現代に比べれば、この時代の夏は非常に大人しく、地球温暖化の地(ち)の字も見えない。


馬に乗るのは景虎一人。その周りを鎧兜で武装した兵士や武士が固めている。

中でも剛勇(ごうゆう)の士と言える者が金津(かなづ)義舊(よしもと)、そしてかの有名な『鬼小島(おにこじま)弥太郎(やたろう)』とも称された『小島(こじま)貞興(さだおき)』である。


金津(かなづ)義舊(よしもと)という武将は猛将である。今はすっかり外見的に大人しく見せるためなのか、髭を生やして目を細め常にニコニコと笑っている様な表情をしている。加えて脹(ふく)らみのある服を着て恰幅良く見せている辺り、敵に侮らせようとしている気が満々である。

だがそんな彼も若き頃は合戦中に放尿しながら片手で持った槍で三人、敵を切り捨てたとも言われているほどである。

しかしそんな猛将ですら霞んでしまうのが小島(こじま)貞興(さだおき)という武将である。いや、通称の小島(こじま)弥太郎(やたろう)の方が有名か。


史実では将軍・足利(あしかが)義輝(よしてる)の飼っていた大猿を殴り飛ばしたり、甲斐(かい)の武田の飼っていた猛犬を片手で絞め殺したり、上杉謙信の乗った馬を担いで川を渡ったりと逸話には事欠かない人物である。


実際俺の目の前を歩いているのは筋肉粒々の大漢(おおおとこ)。筋肉ダルマとも言えるような鋼の肉体を持っている人物である。

この時代の成人男性の平均身長は156センチであるのに対し、小島貞興という人物は180センチもある。つまりこの時代の多くの人物にとっては見上げるような大男に見えるのだ。まだまだ若さ溢れる20代前半。少し猪突猛進とも言えるような所もあるが、将として多くの戦場を経験し、為景の時代から仕えていたため信頼もそれなりにある。

景虎の護衛兼与力として今回同行を許されたのである。


かくいう俺も身長は現代の体を引き継いだお陰とも言えるのか無事に170センチを突破し、この時代では大男と言われるような身長になった。少しだけ嬉しいのは内緒である。


因みに景虎の身長は159センチである。平均よりも少し大きい程度なのだ。


馬上の景虎を中心に左右配される様に金津義舊と小島弥太郎、そして景虎の真後ろを俺こと雪(せつ)が歩いている。

馬の闊歩(かっぽ)する音と兵士の歩く音だけが響く中、景虎が何を思ったのか口を開いた。


「雪よ、ようやくこの時が来た。これから私はこの越後を天下に轟く様な繁栄に導いて見せる。しかしその為には“剛(ちから)”だけではなく“識(しき)”も必要となる。その時はお前の力、大いに役立たさせてもらう。金津殿も弥太郎も存分に扱き使ってくれて構わないぞ」


そう言って景虎は大きく笑った。


「大丈夫ですよ景虎様。雪殿の戦働きの程はまだ分かりませんが、見識の深さはこの義舊、感服いたしました。治世(ちせい)の際には存分に働いてもらいます」


そう言って金津殿も笑った。


「そうですな。確かに雪殿は見識が深いのかもしれませんが、体の方もそれなりに鍛えている様に見受けられます。時間が空いた時は某(それがし)が鍛えて差し上げますわい!」


そう言って鬼小島とも称された弥太郎が笑った。


「ハハッ……ハハ……ハァー」


俺は背筋に寒気を感じながら、乾いた笑いしか出なかった。

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