第17話 脅迫

評定も終わり、景虎(かげとら)を筆頭にした旧・府中長尾(ふないながお)家派の面々は宛がわれた部屋へと向かっていた。

景虎を先頭に金津(かなづ)義舊(よしもと)、小島(こじま)貞興(さだおき)(別名:小島弥太郎)、そして最後尾に俺である。


この並びはもちろん序列を意味している。

最高位はもちろん養子に出たとはいえ府中長尾家の嫡流であり、現在は古志長尾(こしながお)家の男(むすこ)となっている景虎。

二番手に越後国(えちごのくに)国内でも有力な豪族であり、家格は守護代長尾家を凌ぐ金津義舊。

三番手に先代守護代の長尾(ながお)為景(ためかげ)の時代から仕え、今回の郡司の命により景虎に与力として主君・長尾(ながお)晴景(はるかげ)から態々指名された小島(こじま)貞興(さだおき)。

そして最下位が将でも僧でもない曖昧な存在である俺である。


家格があって国内で有力であったり、主君から感状(かんじょう)という現代でいう賞状みたいな資格みたいなものを貰ったりすると序列が上がったりする。

謙信が支配していた越後国ではこの感情の方が家格よりはどちらかというと重宝されたりするのだが、今はまだ家格を重視しなくてはならない身分なのだ。


目的の部屋まであと少し。ようやく周りの目を気にしないでゆっくり出来そうだ、なんて考えていた頃。俺たち一行の後ろから呼び声が掛かった。


「景虎様、お待ちください」


声につられて振り向くと、そこには先ほど表情で一世一代とも言わんばかりの請願(せいがん)を行った本庄(ほんじょう)実乃(さねのり)が居た。






何故か本庄実乃に呼び出しを食らった俺。呼び出しを食らった事など林泉寺で悪さをしていた時以来だ…………結構最近かもしれない。


栃尾城の城主である本庄実乃は、ここ三条(さんじょう)城には専用の部屋と言うものは存在しない。しかし彼だって古志長尾(こしながお)家の重臣であり一国一城の城主である。そんな人物を無下に扱うことなどあり得ない。景虎に部屋が宛がわれたように彼にも部屋が宛がわれている。一人で一部屋である。


そんな部屋に俺は今呼び出しを食らっている。


目の前には実乃ただ一人で他には誰も居ないため部屋には俺と二人っきり。ただでさえ今日会ったばかりの初対面で為人(ひととなり)すら分からず、加えて相手は俺よりも年上のオジサンであるのだから当然である。

誰だって初対面の人と仲良くしろなんて言われてすぐに仲良くなれるわけがない。関西の人ならノリとかで何とかなるのかもしれないが。


お互い正座をして向かい合ってから既に数分、会話は最初に自己紹介として名前を言った時だけだ。


しかしいよいよ我慢の尾が切れたのか実乃がポツリポツリと語り出した。


「金津(かなづ)殿の事は昔から知っている。あの方は昔から戦場では非常に剛勇であったし、今でこそその雰囲気を隠してはいるがきっと内には滾(たぎ)るモノがあるに違いないと感じさせる」


何か昔話をし出した、俺はそんな風に感じたと共にこれは長くなるかもしれないと不安になった。


「小島貞興、彼は非常に面白い。府中(ふない)でも有数の剛力の持ち主と聞くし加えてあの身長、武一辺倒ではなく兵学にも若干だが精通している。私よりも十(とお)も若く今後の長尾家を引っ張って行く重要な将となるに違いない」


「……はい、確かにそうですね」


適当に相槌を打って置く。流石に目上の相手の話なので黙って聞いている訳にもいかない。

現代の社会の荒波で揉まれたお陰で適当な相槌と愛想笑いだけは上手くなったのだ。


「あの二人は今後も景虎様を裏切る事は無いだろう。国内の豪族同士だけではなく親兄弟の間でも争いが絶えないこの越後(えちご)でも彼らは今後も信用出来ると私は思うのだ。そして景虎様、あの方を初めて見た時にこう思ったのだ――――軍神である、と。そんな方が信用しているのだ、間違いがあるはずがない」


「えっと軍神、ですか?」


「そうだ、軍神だ。今の君主である晴景(はるかげ)様は病弱で多くの時を床で過ごしていると聞く。晴景様の政策もそうだ。妹を同族に嫁がせ同盟を結んだり朝廷工作をしたりと穏健な政策ばかり。そのせいで今では晴景様を侮(あなど)り勝手に兵を起こして北部では紛争が起こってばかり、これで越後が平穏だと言えるのか?言えないだろう」


確かに景虎の兄であり現在の越後の実質的君主の長尾晴景は穏健な政策しかしていない。

お陰で越後北部の上条上杉(じょうじょううえすぎ)家では養子縁組の問題が起きているお陰で紛争ばかり。今この時にでも多くの命が失われている。

こんな状況を見て誰が平穏とは言えようか、いや言えないだろう。


「それに変えて景虎様はどうだろう。確かに体は普通よりも少し大きい程度だし筋肉量も普通よりは多いが小島殿に比べれば到底敵わないだろう。しかしあの方にはそんな事が些細な事である思わせるほどの器量がある!」


どんどん熱く語り出していく実乃に徐々に圧倒されていく俺。


史実では確かに本庄実乃は上杉謙信の幼少期の器量を見抜いたとは知っていたが、まさかここまでとは思っていなかった。


「私はあの方を絶対に君主にする、そう決めたのだ」


そう言って実乃は後ろに置いていた刀を俺の前に出し鋭い眼光を向けて来た。


「雪殿よ…………そなたはどうする?」


呼び出しを食らっただけではなく、刀をチラつかされて脅される。

戦国に来てみないと絶対に出来なかったであろう経験を進行形で体験している俺がいた。

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