第4話 家族が欠けた夜

 葬儀は葬祭ホールで家族葬を執り行うことになりました。

 お通夜はなし。その代わり、葬儀前日に主人にゆかりのある方にお別れに来て貰うことにしました。なんか、その方が主人が喜ぶ気がしたんですよね。実際、それで良かったと思うことになったのですが、それはまた次の機会に……。


 自宅に連れて帰ってあげたかったのですが、住宅事情のためにそれも叶わず、葬儀までの間は葬祭ホールの霊安室に安置して頂くことになりました。

 それにはもう一つの理由がありました。それは主人の体の状態です。

 顔や手足といった見える範囲での損傷はありません。ですが、やはり交通事故。胸の損傷が激しいのであまり動かさないで下さいとの事でした。どうなっているのかは気になりましたが、怖くて見ることも出来ませんでした。

 かといって、葬儀の日まで 霊安室に泊まり込むわけにもいかず、いったん帰宅することになりました。

 それぞれが主人に声をかけて、後ろ髪を引かれる思いで息子の車で帰宅。


 いつも集まっている部屋の、それぞれの定位置に座り込み、誰ともなしに言い出しました。


「なんか広い……」

「全員いるから狭いはずなのに、広いよね」

「静かだね」

「いつもお父さん喋ってるから……」

「……寂しいね」

「そうだね……」


 各々が呟く中、もう一つ切なく悲しい現実に向き合うことになりました。

 三匹いる飼い猫のうち、主人に一番懐き、主人が一番可愛がってい子が、玄関をじっと見つめているんです。

 いつもならとっくに帰宅している時間。

 まだ帰ってこない。いつ帰ってくるんだろう? あのバイクの音は違う。この足音も違う。なんで帰ってこないんだろう?

 言葉が話せたら、間違いなくそう言ってたでしょう。

 バイクや足音、外の音に耳を澄ませて。

 少しでも聞こえたら耳をそばだてて。

 望んでいた音じゃないと気づくとしゅんっとして。

 そんな健気な姿を見ていたら、切なくて、悲しくて……。


 突然すぎる別れでしたが、私たちは警察で待機している間になんとかそれを受け入れ、少しは冷静になることが出来ました。

 でもこの子は主人が亡くなったことをまだ知らない。知るすべもなく、なんで帰ってこないんだろう、どうして? なんで? とただ待つだけなんです。

 もう、帰って来ないんだよ。みんなで頭を撫でて何度そう言い聞かせても、その子はただじっと玄関を見つめて主人の帰りを待っていました。


 あとはもう、何をしてたんでしょうね。記憶があやふやなので、思い出した順番にその晩していたことを書いていきます。


 子供たちはそれぞれ今一番話したい人と電話をしたり、少しの時間会いに行ったりしていました。

 全員、食欲はありません。それでも主人をちゃんと送るために少しでも食べないとと、その日はおかゆを作って少しだけ食べました。

 息子と次女は病院で返して貰った主人の服を見ていましたが、私と長女は見ることが出来ませんでした。血が沢山ついてる。それを聞いて涙が込み上げてきました。

 息子がなにやら整理しはじめ、主人の古いアルバムを見つけ出してそれをみんなで眺めたり。

 視覚障害のある私の代わりに、主人があれこれ整理していた場所を開けて、ここにこんな物がある、こんなとところにしまっているのか。あ、こんな物が出てきた、こんなのまで置いてある。あれは何処に仕舞ってるんだろう等々。

 あんなことをしていた。こんなことをしていた。こんなことしたの、覚えてる?

 全員で共有している思い出話。自分だけが知っている思い出話。

 主人が子供たちに送ったショートメールを見せ合ったり、自分の携帯の中にある主人の写真を家族で共有したり。

 息子は主人のヒートテックを自分が使うといい出したり。

 じゃあ、これは自分が貰う、あれは自分が使う。


 そんな会話をしながら主人の思い出話を延々していました。

 悲しいのに主人の思い出話をすると、なぜか不思議と笑っていました。

 いつもいつも家族を笑わせてくれていた、明るく優しい人だったので、笑顔になれる思い出話しかないんです。

 でも、そうですね。みんな、同じ事を思っていたんだと思います。


 泣いてばかりいたら主人が、父が安心して逝けない。

 家族思いの人だからこそ、私たちが泣いてたら気にして成仏できなくなってしまう。

 きちんと送り出すことが残された自分たちに今出来る唯一のことだから。

 悲しいけど、辛いけど。

 みんなで協力して頑張っていくから。

 だから、安心して。

 ゆっくり眠って。

 今まで本当にありがとう。

 大好きだからこそ、安心してゆっくり眠って下さい――。

 

 その晩、日付が変わっても家族全員、何かと会話をしていました。

 みんな寂しかったから、少しでもそれを紛らわせたくて、いつまでもそうしていたんだと思います。

 遅い時間になって少しは横になろうと布団に入りましたが、結局その日は眠ることが出来ませんでした。

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