3 集結する意志


 それから慈乃は、簡単に変装して町で情報収集を始めた。


 三日後のオークションに何かとんでもない目玉商品が出されるという話は、すでに第一区画でも話題になっていた。ただそれは第四区画で開かれるオークションであり、一般には公開されないらしい。

 噂によると不死鳥だとか、どこかの王家の姫君とか、すごくかわいいロリ家政婦(鳥肌が立った)とか、要は情報が錯綜していた。最低限の情報管理はしてあるということか。


 ライゴウと直接結び付くものではないが、町で拾った重要だと思われる情報がもう一つ……第三区画にアルメルティの騎士団が招かれているらしい。

 アルメルティは大国である。そことの結びつきの強化をガガンの上層部が考えたとしたら、オークションには出品されずにライゴウがそちらに流される可能性もある。


 結局のところ、第四区画まで行かないと話にならない。都市部の天井が解放されている時なら風を纏って侵入することは難しくないが、兵士に見つかり捕まっては意味が無い。


 この第一区画ですら、アルメルティ謹製のゴーレムがあちこちに配されている。この先はこれを上回る警戒態勢が敷かれているはずだ。そんな第四区画でライゴウを探索するとなると、何らかの混乱に乗じ突入するくらいしか慈乃には思いつかなかった。


(もしこれで機会を逃したら……また一から情報の集め直しですね)


 頭を振る。もう一人なのだ、頼れる相手はいないのだ――弱気になってどうする。

 ライゴウに会えたら、まず何を言おう……そんなことを考えていると、不思議と気分も高揚していった。


 それに――正直なところ、それほど心配はしていない。確信がある。

 自分の計算が確かなら、多分そろそろ来るはずなのだ。




   ○   ○   ○




「高い。いくらなんでもその額は厳しい」

「そうですか。後に得られる利益を考えれば安いものだと思いますがね」

「譲渡の条件に、『不死の法の研究は共同で行い、その成果は共有する』とあるではないか。不死身のカラクリ解明の暁にそれを独占できぬでは、利益も相応に減じよう」

「それくらいは役得でしょう。我々とて戦を生業とする団体、不死の法には興味がある。この条件で受け入れてもらえないのなら、話もここまでですな」


 日も西へと沈み、夜更けと呼ばれる時分。第四区画の執務室にて、ガガン市長アーサー=フィルバーンは、アルメルティ騎士団長を名乗る女を相手に強気の交渉を続けていた。


「そうかわいげのないことばかり言うておると、こちらも少々噛みつきたくなるな。あの不死人は火中の栗、あまり大事に抱え込むと火傷では済まんぞ?」

「それは怖い。早々に手放した方が賢明ですかね、欲しいという相手は他にもいますし」


 一月ほど前、樹海でライゴウを確保したのはガガンの傭兵たちだった。

 彼らはそれをこの城塞都市へ連行し、厳重に監禁。その上で、これを売る用意があると極秘裏に声明を出したのだった。


 交易も手掛けてはいるが、ガガンの本業は傭兵業なのである。欲しいものは金と、それを生み出す戦だ。そこで各国と商談を重ね、不死人の値を釣り上げるという手を取った。


 事実上の世界の覇者たるユートム教団に恩を売るも、それを覆す可能性を秘めた不死人を世に放って大乱を招くも、この先どちらに転んでもガガンには大いに旨みがある。

 あとはどこと手を組むか、だが――


「ったく、仕方あるまい。ではまず手付け金として、こちらの提示した額をお渡しする。残りの条件については某が王都に持ち帰り、改めて交渉を再開……という形でどうだ?」

「ふむ……まぁ、良いでしょう。今後も交渉は続きますが、まずは商談成立ですな」


 それが五大国の雄アルメルティなら文句も無い。この先交渉が決裂したり、先方が契約に反する行動を取って来た時は、組む相手をユートム教団に鞍替えしてしまえばいい。

 ここまでは順調に推移している。自分たちの思惑一つで世界が動く、そんな立場も悪くない。晴れ晴れした気分で、アーサーは渋面の女騎士とテーブル越しに握手を交わした。


「やれやれ、色男一人にこうまで大金を注ぎ込むことになろうとは。移送はどうする?」

「前金をお支払いいただければすぐにでも。と言いたいところですが……移送中の襲撃の可能性もありますな。詰めの交渉もありますし、いっそガガンで運びましょうか」


「お断りさせていただく。こんな物騒なデカブツ、国境に近づくだけでも大騒ぎだぞ」

「なるほど、ごもっとも。では前金の確認に加えて、そちらの護送の準備が整い次第……というのはいかがでしょう? それまでは彼は我らが責任を持って保管します」

「市長!」


 部下が部屋に飛び込んできたのはそんな時だった。顔色を見れば分かる、何か緊急事態が起きたらしい。だとしても交渉相手に弱みを見せてどうするというのか。


「落ち着きたまえ、客人の前だぞ。いったい何事かね」

「城門が破壊されました! 防衛隊も壊滅、現在第二区画の門付近で正規軍が――」

「報告! 第二区画門、突破されました! 部隊損耗率、四割を越えています!」


 報告の最中に新しい情報が来る。恐ろしい勢いで敵に進攻されているということだ。


「いったいどうやって侵入してきたというのだ!? 門は閉じていたはずだろう!」

「そ、それが……報告によると、閉じたままの扉の隙間を通り抜けられたと」

「冗談も休み休み言え! いったい敵は何者なのだ!?」

「正体不明の魔物の群れです! 首魁は外見が人型、漆黒の液体状!」


 興味深そうに報告に耳を傾けていたアルメルティの女騎士が、硬い表情で唸った。


「ヤツか……!」




   ○   ○   ○




 城砦都市の異名は伊達ではなく、ガガンの城門は堅牢なことで有名だった。

 大人の親指ほどの厚さの総鉄製で、それが三層に重なって一つの扉となっている。開閉する時は左右にスライドさせる形式になっており、しかも一層ごとに魔法式による強力な結界を生成させる仕組みになっていて、いかなる攻撃をも受け付けない。


 だが今、その門の隙間を通り抜けるという常識外れの方法をもって、闇色の魔物の群れ……黒渦と漆黒の獣たちが、この地への侵攻を開始していた。


「消し飛ばせ! これ以上進ませるな!」


 進軍する漆黒の獣たちに、灼熱の魔法弾が降り注ぐ。轟音、衝撃、爆風、熱波、過剰なまでの破壊力。煙が晴れた時、そこに漆黒の獣たちの姿は無かったが――黒渦は傷の一つも無く健在だった。絶句する防衛隊の前で、その身から新たな漆黒の獣が次々現れる。


「おのれぇーっ!」


 完全武装の兵士たちが、漆黒の獣と激突。個々の戦局において優勢に戦いを進めるも、次第に数に押され始める。ガガンの兵の力をもってすれば、漆黒の獣は勝てない相手ではない。だが黒渦がこの場に存在する限り増援が止まることもない。いつかは数に屈する。


「魔物の首魁を討て! ヤツさえ倒せば我らの勝利だ!」


 兵士たちが黒渦に殺到する。際限なく飛び出す漆黒の獣がそれを迎え撃つ。一進一退の攻防の中、ついに数人の兵士が黒渦に肉薄。容赦なく剣を、槍を、槌を繰り出す。

 しかしいかなる武器の一撃も、液状の体を持つ魔物には通じない。返礼とばかり黒渦が腕を振るうと、全身鎧に身を包んだ兵士たちが軽々と宙を舞った。


「接近戦はダメだ! ……飛び道具で!」


 無数の矢が放たれる。それは黒渦の全身に突き立ち、さらに施されていた魔法式が作用して灼熱と共に弾け散る。さしもの魔物も、この攻撃により木端微塵に粉砕され――何事も無かったかのように破片が再集合、元の姿を取り戻す。


 第三区画門に近づく黒渦に向けて、今度は雷の魔法が放たれる。目も眩む閃光、五体を貫く衝撃。漆黒の獣たちが次々と撃破され、しかし黒渦はジリジリと前進を続ける。


「こっ……これなら、どうだ!?」


 冷気の魔法の一斉攻撃! 液状の体が凍り付き、黒渦がついにその侵攻を止める。百戦錬磨のガガンの兵士たちが慎重に様子をうかがう中、凍った魔物の体に亀裂が走り漆黒の重竜が群れを成して飛び出した。それを追うように、漆黒の竜が続々と現れる。

 重竜が街に城壁に突撃し、跳竜が兵士たちに飛びかかり、暴竜が雄叫びを上げる。ついにガガン兵の陣形は崩れ、潰走し、第二区画は蹂躙されるままとなった。


 黒渦の歩みは止まらない。第三区画門の前にまで達し、その隙間を探す。だが門は硬く閉ざされ、魔法式による結界も展開済みだ。こうなれば文字通りに水一滴通さない。


 黒渦が片腕を伸ばして、石畳に突き刺す。途端、その石畳ごと馬車一台分ほどの土砂が掻き消える――一瞬にして黒渦が掘り抜いたのだ。

 その土砂を内包し、ハンマーのように膨らんだ腕を振りかざし……門に叩きつける!


 耳をつんざき腹にも響く、恐るべき轟音が鳴り響く。ガガンの象徴ともいうべき頑強な門が無残にひしゃげていた。

 衝撃的な光景に、ガガンの兵士たちが悲鳴にも似た呻きを上げる。さらに二度、三度と同じことを繰り返し、黒渦はついに第三区画門を打ち破った。


 その向こう、立ち塞がるは騎士団を従えし女傑。抜き放った剣を石畳に突き立てて巨大な石材を抉り取ってそれを軽々と掲げて猛然と踏み込んで黒渦に殴りかかる!


「きぃいえええぇえいッ!」


 即席の超重鈍器の一撃を食らって、黒渦の上半身が弾け飛ぶ。しかし飛び散った液体が見る見る内に再集合、何事も無かったかのように元の姿を取り戻した。


「これも効かぬか……そうなると、奥の手を用いる他にあるまいな」


 破断した剣を放り捨て、部下にはこの場を守るよう指示すると、ゼフィーは身に付けた鎧を強引に外していった。最後に頭部を覆う布を取ると、人のものではない耳が現れる。


 その姿が揺らぎ、膨らみ、一頭の巨大な獣へと変貌する。周囲の者たちがざわめいた。


「ま、魔物……いや、魔狼か!?」

『そのような輩と一緒にするな! 某はただの歳経た犬だ!』


 狼の魔物を示す呼称を口にした者に、激昂して言い返す。大事なところらしい。


『この姿になるのも二百年ぶりか。斬っても突いても無駄、炎も雷も通じぬ、殴り倒してもどこ吹く風……となれば食い殺すまでよ。我が牙の餌食となるがいい!』


 天を震わせ、地を揺らし、魔犬ゼフィーは黒渦に襲いかかっていった。




   ○   ○   ○




 同時刻。ガガン停泊地近くの森――なんかワケ分からん鎧武者の集団がそこにいた。


「皆の衆ぅーっ! 出陣の準備はできておるかぁあーっ!」

「「御意ィィィィィィィィィイッ!」」


 アホみたいに盛り上がっていた。


「うむ、その意気やよぉーしっ! 今回の戦の目的は、聖女様の救出じゃあああっ!」

「「ウオオオオオオオッ! 聖女様! 聖女様!」」


「なんか知らんがあの浮いてる岩の中におるううううう!」

「「岩の中ああああっ!」」


「聖女様を救出しーっ! ついでにいろいろ邪魔なものを切り倒せーっ!」

「「切り倒せーっ!」」


 ここにいるのは斬ることが大好きな人たちばかりである。


「特にライゴウ=ガシュマールというヤツは念入りに斬り殺せーっ!」

「「斬り殺せ~~~~~っ!」」


 できるとかできないとかは考えていない。とにかく刀を振り回せれば幸せなのだ。


「とにかくいろいろ斬って捨てろ! ついでに聖女様だぁーっ!」

「「ついでだああああああああああっ!」」


 聖女救出を建前に介入し、ユートム教団にとって目障りな不死人――ライゴウ=ガシュマールを始末、ないし捕獲しようというのが神弟の計画だった。

 そのためにこそ教団は慈乃を泳がし、その動向を密かに監視していたのである。異様に興奮しているように見えて、ここにいる全員がそのことを冷徹に理解していた。


 さらにイーブリーには、慈乃を抹殺しろとの指示までもが出されていた。


(今までの行動から鑑みて、聖女様は不死人を空から逃がそうとするだろう。そうなれば面倒なのは確かだが……さすがに世界の中枢たる組織の長、怖い男よの~)


 だからこそ仕える価値がある。イーブリー=ガッコは面の下で愉悦に頬を緩めていた。


「では出陣! いざ!」

「いざ! いざ!」


 宙に浮かぶガガンに向けて、彼らは気合で空を歩いて乗り込んだ。何故なら近づかないと斬れないからである。剣士としてまったく当たり前の判断で、彼ら的には問題は無い。


 クオンツァ防人集団侍衆。良くも悪くも、彼らに常識は通用しない。




   ○   ○   ○




 第一区画の建物の屋上から、慈乃は戦況を見守り続けていた。

 漆黒の獣を引き連れて、黒渦は第三区画門をも突破。唐突に街中に現れた巨大な魔犬と交戦を開始。


 戦線を立て直したガガン正規軍が、そこを後方から援護――しようとしたところで町に潜伏していたらしい各国の騎士団たちが第四区画への侵入を目指して行動開始。背後からの攻撃に、消耗していたガガン正規軍は壊滅状態だ。相争いながら第四区画を目指す各国騎士団を、アルメルティの騎士団が抑えようとしてはいるが、多勢に無勢は明白だった。


 トドメとばかりに、クオンツァの侍衆まで現れる。嬉々として刀を振り回しながら鬼気迫る勢いで突撃。戦線は一気に押し込まれ、今は第四区画門の付近が大騒ぎだ。


「…………」


 あれが突破されれば混乱は極まる。各々がライゴウを巡って激突し、敵も味方も分からないような有り様になるだろう。自分がつけいる隙があるとしたら、そこしかない。


 幸いなことに天井も開いている。侵入経路には困らない。

 ややあって、一際大柄な侍――恐らくイーブリーが第四区画門を一太刀で斬り捨てる。轟音と共に鉄扉が崩れ、黒渦や各国騎士団、侍衆たちがそこに殺到していった。


(今!)


 千載一遇にして唯一無二の好機に、慈乃は風を纏って戦場へと降り立った。

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