4 乱戦


「なんということだ! 第四区画門まで!」


 その衝撃的な報告を受けて、アーサーは拳を机に打ちつけた。


「市長、いかがいたしますか!? 我らは応戦能力をほぼ失っております!」

「アルメルティ騎士団に応援を頼むのは? 彼らとて不死人を失いたくはないはず」

「騎士団長殿は最前線で戦闘中だ! 連絡が取れませんぞ!?」


 部下たちが空虚な議論を交わす。陸戦部隊が沈黙した以上、もはやガガン内部においては状況を見守るくらいしか打つ手が無い。

 せめて敵が外に出てくれれば、そこを砲撃する手もあるのだが……。


「……そうか、まだその手があったか。アルメルティとの正式な契約はまだだったな?」




   ○   ○   ○




 兵士、傭兵、賞金稼ぎ……第四区画に侵入した者たちが、思い思いに駈けていく。アルメルティの騎士が、ガガンの兵が、起動した防衛用ゴーレムがそれを迎え撃つ。


 剣戟が、絶叫が、何かの術の炸裂する轟音が方々で響き渡り、漆黒の竜たちが街を駆け抜ける。そんな混乱の極みの中に降り立った慈乃は、周囲の様子を素早く確認した。

 誰もが目標の人物……ライゴウを探すことに傾注している。今なら第四区画を思うままに探索できるだろう。もっとも、そこでの身の安全は己で確保する以外に無いが。


「あの時の神子か!?」

「これ以上、競争相手は要らん!」


 牛頭の獣人がメイスを手に接近。杖の一端を握って繰り出した慈乃の突きが、メイスの間合の外から獣人の水月を抉った。目を白黒させて動きを止めた相手の側頭部に、遠心力をたっぷり乗せた一撃を見舞う。片角を叩き折られ、獣人が声も無く倒れ伏した。


 次に迫るは重武装の兵士、得物は槍。突き出された穂先に杖を合わせて薙ぎ払い、相手の体勢が崩れたところでその懐に踏み込む。杖の一端で顎を叩き上げ、即座にもう一端で脳天を打つ。唐竹割りの要領だ。頭部を立て続けに強打され、兵士が地に沈む。


 突けば槍、払えば薙刀、打てば剣――自在性と応用力こそ杖の強みだ。


 直近の敵を退けた慈乃の前に、今度はゴーレムが立ち塞がる。剛力、頑強、鈍足の魔法人形だ。体のどこかに刻まれている魔法式を削れば停止すると聞いたことはあるが、それをのんびり探しているほど暇ではない。ここは浄言で一気に破壊する。


「鉄槌の――」


 横から飛んできた漆黒の暴竜がゴーレムを薙ぎ倒したのはその時だった。


「……っ!?」


 巨竜と魔道の巨人が建物を巻き込んで倒れ込み、その両者をさらに上回る巨獣がそこに襲い掛かる。しなやかな体躯、強靭な四肢、赤みがかった体毛――巨大な魔犬だ。


『グオォアア!』


 倒れている暴竜の喉に食らいつくと、魔犬は顎と首の力だけでクジラにも匹敵する漆黒の巨体を縦横に振り回し叩き付けた。壁が、石畳が、周囲の建物が、唐突で一方的な暴威の下敷きにされたゴーレムが、次々と破壊、粉砕、蹂躙されていく。

 トドメとばかりに地に押さえつけた暴竜の喉笛を食い千切ると、魔犬は次の獲物を探すが如く辺りを睥睨し……不意に鼻を動かし、慈乃に頭部を向けて血に塗れた口を開いた。


『この匂い……おお、やはり聖女殿か。髪形も変わって、別人かと思うたぞ』


 全身に幾多の傷を負いながら、その挙動は揺るぎもしない。人語を解す魔物の話を本で読んだことはあるが、実際に見るのは初めてだ。しかも見知った人物の声を発している。


「ゼフィー様……ですか?」

『いかにも。この姿でお会いするのは初めてだな』


 それで合点がいった。あの夢の中に現れるゼフィーらしき人物は、やはり本人だったのだ。人に変化できる魔物なら、あの桁外れの体力生命力も二百年前の姿にも納得できる。


「……あなたとライゴウ様は、二百年前からの知己なのですか?」

『ほう、キリィに吹き込まれたか? いかにも某、二百年前にもあの色男に会っておる』


 その名を出されて、怒りとも後悔ともつかない感情が胸に湧く。キリィはゼフィーの足止めをしようとして、そのゼフィーがここにこうして健在ということは……魔の眷族とはいえ、それでも彼女は命を懸けて自分たちを逃がそうとしてくれたのだ。


「もしかして、アルメルティ第零騎士団長というのは結成されるたびに代替わりしているのではなく、ずっとあなたが務めているのでは」

『その通り。最初に結成されたのは白の魔王を討伐する時であった故、第零騎士団の団長経験者は某のみということになるな。さて、無駄とは思うが、最後に今一度言わせてもらおう。黙って今すぐフィルウィーズに帰れ。それがお主のためだ』


「お断りします」

『なぜそこまでライゴウにこだわる。信仰の故か? 教団の意向か?』

「私の意志です」


 その言葉を聞いて、これ以上の問答は無用とばかり、ゼフィーが満足そうに前へ出る。


『どうせまた隙を見てライゴウと共に飛んで逃げるつもりだろうが、そうはさせん。あの男はアルメルティが買い取ったばかりでな、横取りさせるわけにはいかんのだ』

「ライゴウ様は物ではありません」

『生きる意志の無い者など物以下も同然よ。あの真っ黒モノノケにもフラれたところだ、しばし相手をしてやろう。いいかげんケリをつけるぞ、ユートムの使徒!』






「グワハハハハハハハーッ! 剣術は楽しいなぁーっ!」


 立ち塞がる者と邪魔な者と逃げる者と目に着いた者をザクザクザクと斬り伏せて、イーブリーは目的の人物を探して第四区画を歩き回っていた。


 ややあって、黒い魔物に噛みついていた犬と交戦中の慈乃を発見。仲良く斬り捨ててしまえばよかろうと大雑把に判断して、大股でズカズカと近づいていく。

 と、そこで露骨なほどの殺気を感じて足を止める。


「死ねぇええええッ!」


 真上からの奇襲。その腕を無造作に掴んでブン投げる。受け身を取って跳ね起きた襲撃者を正面に捉え、イーブリーは身振り手振りを交えて大仰に驚きを表現した。


「おお、小僧ではないかーっ! 一人ということは、聖女様に見限られたなぁー!?」

「やっぱり来やがったな。御嬢を張ってりゃ絶対会えると思ってたぜ、ジジイ」


 総身に殺意をたぎらせ、臓腑も凍える殺気を放ち、ザン=ミナモトが剣を構える。


「女子というものはすぐ拗ねるからのー! 優しくせんからぢゃ! 修業が足りーん!」

「稽古ではよくもやってくれたな……だが、殺し合いならどうだろうなァ?」

「かくいうワシはモボ! 去年三十も年下の嫁ゲットした果報者! ちなみに五人目!」

「忍者の殺しの技ってヤツを見せてやらァ。死に土産にとっぷり味わいやがれ」


 恐ろしいほど会話がまったくさっぱり噛み合っていなかった。


「斬る! 斬る! 斬る!」

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」

「切る! 切る! 切る!」

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」

「KILL! KILL! KILL!」


 だが双方とも、何をすればいいのかだけは分かっていた。






『オオオオオオオオオオオンッ!』


 魔犬が吼える。幻影なのか召喚したのか、どこからか現れた犬の群れが四方から猛然と襲いかかってきた。横面を叩き、首筋を打ち据え、杖を縦横に振るってそれを退ける。


 そこに魔犬が突進する。犬の狩りそのままの波状攻撃。杖に風を絡ませ水平に構え大牙を受ける。重竜のそれとは威力が違う。足が浮き体を運ばれ石壁に背を打ち付ける。咄嗟に浄言でその衝撃を和らげた慈乃の前で、杖に食い付いたままゼフィーが唸った。


『噛み砕けんだと?』

「鉄より頑丈な鉄刀木の杖です! ちょっとやそっとでは壊れません!」

『ふん、それなりに戦支度をしてきたか。なるほど逸品、だが!』


 ゼフィーが左右に頭を振るう。杖を握ったままだった慈乃も軽々と振り回され、魔犬が口を離した途端に勢いよく放り飛ばされた。受け身を取り、石畳の上をゴロゴロ転がる。


「ぐ、ぅ……っ!」

『小手先の工夫で力の差は埋まらぬ。お主の風情が某に敵するなど、笑わせるな!』


 力も体格も違い過ぎる。近づかれては危険だ。跳ね起きて風を纏ってその場を離脱。


『逃げるか。おののき震えて心折れたか、お主の意志とはその程度か!?』


 影のような幻のような犬の群れを従えて、魔犬ゼフィーが疾駆する。地が揺らぎ石畳が踊る。その進路上から逃げ遅れた者たちが、次々に跳ね飛ばされ踏み潰されていった。

 速い。逃げに徹すれば逃げることはできるだろうが、それではここに来た意味が無い。この強大な魔獣を倒せなければ慈乃の目的は果たせない。覚悟を決めて、街中に降下。


「化け物めぇ!」


 猛然と地を駈ける脅威を前に、騎士や兵士たちが攻撃を集中させる。矢が、槍が、魔法が、魔犬に降り注ぐ。ゼフィーが煩わしげに低く唸り、激昂して反撃した。


『邪魔立てするかァーッ!』


 犬の群れが騎士たちに踊りかかる。防戦のため足を止めた彼らにゼフィーが向き直り、深呼吸の如く大きく大きく息を吸う。次いで開かれたその口の奥から、虚空をつんざく咆哮と耳障りな音ならざる音、そして淡く輝く光の帯が放たれた。


『ヴォオオオオオオオオオオオオ――ッ!』


 光を浴びた騎士が、その進路上の全てが、微細に砕かれ散っていく。魔犬の咆哮を応用した指向性の衝撃波……いや、万物轟砕の超振動波か。あんなものまで使えるとは!


「我が敵を討て、鉄槌の風!」


 得意の浄言を立て続けに放ち、接近を阻みつつ牽制を繰り返す。真正面からその直撃を受けて、しかしゼフィーは大して痛がる様子も見せずに突撃してきた。


『姑息! 小癪! 惰弱! 人を相手に使う術の如き、このゼフィー=モナシーに通ずるか!』


 体当たりを食らい、倉庫の壁へと叩きつけられ、石壁を砕いてその内部に突入。咄嗟に体を入れ替えて窓から転がり込んだ慈乃の前で、ゼフィーが瓦礫の中から身を起こした。

 効いていない……わけではないだろうが、体力と生命力が桁違いだ。


 かつて人を憎む悪神ガフは、人間への呪詛をラトリウム全体に振り撒いた。歳経た動物や植物などがそれに影響されて異形と化し、超常の力を得た存在――それが魔物である。

 ゼフィーもその類だ。それも理性が人への憎悪を上回る、非常に珍しい知恵ある魔物の一種。慈乃の力と技で彼女に大きなダメージを与えるのは難しい。


 頼みの綱は浄言だが、十分な威力を出すには相応の時間が必要になる。その隙を与えてくれるほど甘い相手ではない。ああも苛烈な攻撃を、そう何度も凌ぐのは不可能だ。


 距離を保ち、咆哮する余裕を牽制で奪い、獣群の牙を懸命に切り抜け、策を考える。


「何故ライゴウ様を悪し様にするのです! あなたは二百年来の知己なのでしょう!?」

『知己なら庇わねばならぬという道理がどこにある! 某の大事は今も昔もアルメルティただ一つ! ヤツが姫君を想い、故に世界を裏切り、果てに心壊れたのと同様にな!』


「だからこそ! あの人がどれだけ苦しんでいるかお分かりになるはず!」

『甘い! 手緩い! 小賢しいッ! ワケも分からず事情も知らず、キャンキャン吠えるな小娘が! 故にこそ手加減せんのだ、それが我が慈悲我が憐憫れんびん! お主こそヤツに何を求め、あの虚無の果てに何を見る!?』

「それを知るために! その答えを得るために、私はここにいるのです!」


 膂力りょりょくで圧倒されて吹き飛ばされる。置いてあった木箱に激突し肺から息が漏れる。零れ出た木箱の中身を視界に収め、慈乃は始めてここが食糧庫であることに気がついた。


(年経た犬……犬……獣人ではない……人間の生理機能は持っていない……それなら!)


 木箱の中身の野菜へと手を伸ばす。刹那に紡いだ浄言で微塵に砕く。


『仕舞いだ!』


 大牙を剥いてゼフィーが迫る。今度は縦に杖を構え、自ら前に出てそれを受ける。


『ぐっ?』


 上顎と下顎の間に杖を押し込む。ならばとゼフィーが大気を飲み込み始める。狙うは超振動波、防ぐ手段はほぼ皆無……そこに、先ほど刻んだ野菜を風の槌と共に叩き込んだ。


『ご、ぱあっ!?』


 さすがのゼフィーが目を白黒させて尻もちをつく。訝しげに自身の腹を見やり、やがてガクリとその場に倒れ伏す。起き上がろうとするが、四肢は空しく地を掻くばかりだ。


『眩暈、が……? な、何をした……』

「玉ネギを胃に押し込みました。犬には有害です!」


 回収した杖に烈風を絡ませ、手元で旋回。圧縮した大気を螺旋状に練り上げ、ゼフィーに叩き込む。解放された風が突発的な竜巻を生み出し、魔犬の巨体が宙を舞った。

 竜巻は内側から倉庫を破壊し、ややあって巻き込まれ打ち上げられたものがバラバラと落ちてくる。野菜、穀物、保存食料、倉庫の屋根や外壁の破片、ゼフィー=モナシー。


 慈乃渾身の打撃と竜巻による撹拌と落下の衝撃と玉ネギの毒の四重攻撃だ。歴戦にして勇猛の第零騎士団長が完全に気絶している。生命力が強い分、毒も早く回ったようだ。

 安堵の息を吐いて残心を解く。強力な浄言を立て続けに使ったせいで眩暈がした。


 腰に結わえた竹筒の一つを手に取り、その中身……湯で溶いた水飴を飲む。甘露を喉の奥に流し込むと糖分を得た脳が活性化、意識が瞬時に明瞭になった。

 全てこの日この時のために考えて工夫して準備したものだ。竹筒を捨てて、壊れた壁の穴から倉庫の外に出る。ぐおん、ぐおん、と巨大な何かが空を切る音が聞こえた。


 その源へと目を向ける。大型のゴーレムがスリングを勢いよく振り回し、猛獣か何かの檻を投擲しようとしていた。チラリと見えたその中身に驚愕する。


「……ライゴウ様!?」


 止める間もなく、ゴーレムが檻を夜空……ガガンの外部へ向けて豪快に放り投げる。


「……っ!」


 即座に風を纏って慈乃が飛ぶ。落下する檻に手を伸ばす。あと少しで指が届く。

 そこで自分と同様に手を伸ばしている影に気付く。漆黒の体を持つ魔物……黒渦!


 その身から無数の影が飛び出す。黒い羽毛の猛禽、宵染めの翼竜、黒光りする大蜻蛉。


「邪魔を!」


 浄文陣を記した符を大量に取り出し、一気に放つ。無数の符が貼り付き、黒渦と獣たちの動きが止まる。一番効果のあった術。手傷は与えられないが、一手打つ余裕を稼ぐ。


「しないで!」


 浄言を編み上げ撃ち放つ。ほとばしる白光が黒渦たちを直撃し、その身を封じる結界ごと急激に冷却。慈乃の知る中でもっとも強力な冷気の浄言だ。

 背後への排熱で大気が揺らぎ、そこに月光が反射して翼の如く淡くきらめく。黒渦と漆黒の獣たちが完全に凍り付く。この程度でこの魔物は倒せない――が。


「くださいッ!」


 そこに、気流の塊を叩き付ける!


「飛! ん! で! い! けええええええええええええッ!」


 ずっと考えていた対策。倒せないのなら、追い払う! 黒渦が一瞬にして空の彼方へと消えていく。それを最後まで確認することもなく、慈乃は落ちていく檻に突撃した。


 手を伸ばす……手を伸ばす、掴む! 風の刃で一気に扉を壊し、中へと飛び込む。

 そこに彼がいた。自分を見て、驚いた顔をしていた。


 理性が語る――このままだと墜落する。

 感情が叫ぶ――ライゴウ様!

 直感が焦る――逃げろ! 逃げろ!


「…………っ!」


 慈乃は感情に従った。






「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」


 虚を突き死角に回り込み分身して物量任せに攻め込む! 斬りかかる! 剣を振るう!


「忍法輝術! 忍法苛術! 忍法弩術!」


 分身の攻撃の合間を縫って、雷撃、火球、尖礫とがりつぶてが四方から降り注ぐ。


「ぐわははははははっ! 楽しいな~楽しいぞ~!」


 過剰以外の何物でも無いザンの総攻撃を、しかしイーブリーは悠々と防いでいた。


 ――なんなんだコイツおかしいだろ!?


 恐怖に似た焦燥が胸に湧く。一人に同時に十数人で攻めかかり、相手の得物は刀一本。それで攻め切れないどころか余裕綽々で対処されている。悪い夢でも見ているようだ。


「……あ?」


 戦域一帯から動揺の気配が上がる。屋根の上から戦況を分析していたザンの一人が周囲を見回すと、巨大な檻が町の中から外に放り投げられ、神子装束の少女と漆黒の魔物とがそれを追っていくところだった。


「御嬢……と、黒渦か! ジジイと遊んでる場合じゃねェな」


 分身を消してそちらに向かおうとして――即死必至の斬撃を十数回ほど味わう。


「がッ……!?」

「コラコラ小僧ー! 余所見は失礼ではないかー! ワシ寂しくて泣いちゃうぞー?」


 いつの間にかイーブリーが隣にいて、慣れ慣れしくも肩に手まで置いている。どうやらあの一瞬でここにいる自分以外の分身を切り捨てたらしい。


 全ての分身は感覚を共有している。つまり死に至る痛苦を十数回分、ほとんど同時に味わったのだ。すさまじい衝撃に意識が遠退き――完全に手放す寸前で踏みとどまり、全力でその場を離脱する。この化け物とまともにやりあっても損なだけだ。


「あばよ、ジジイ! あとは勝手に耄碌もうろくしてくたばりな!」


 屋根から屋根へと飛び移り、街の外壁部を目指す。壁に向かって跳躍し剣を突き立て、そこを足場に再び跳躍。それを繰り返して、ザンはガガンの外へと飛び出した。


 係留索の上に着地し、そのまま滑り落ちて地表を目指す。町を見上げれば、飛行の魔法を使える者が、自分と同様にガガンの外――地上に向かって移動を開始していた。

 黒渦があれを追ったということは、あの檻の中身はライゴウだろう。となるとこれから戦場は地上に移る。ガガンの連中、この状況に痺れを切らしたらしい。


 そこまで考えたところで、不意にすぐ背後……係留索に誰かが飛び乗る気配がした。


「ぐはははははは、どこに行く小僧ーっ!」


 イーブリーだった。


「マジかよ……!?」


 振り向き、剣を構え、滑り落ちながら剣戟を交わす。三合で左手の剣を弾き飛ばされ、五合で右手の剣を半ばから切り落とされた。これで隠し持っている分の剣は品切れだ。


「……死ね、ジジイ!」


 火球を放って係留索を破壊する。自分自身も宙に投げ出され、浮遊感と風の音に身震いしながら、懐から凧を取り出してそこにぶら下がった。

 風を受けた凧がゆっくり降下。着地の衝撃は、地を転がって受け流す。


 一息入れる間も無く、大地のあちこちに炎の塊が飛来し、轟音と共に爆ぜていく。


「こ、今度はなんだァ!?」


 ガガンからの砲撃である。ライゴウを地上に降ろし、それを追って移動した黒渦や各国騎士団を、城塞壁面の兵装で壊滅させる……傭兵国家であるガガンにとって、今の状況は面目丸潰れ以外の何物でもない。非常の手段をもってしてでも挽回するしかないのだ。

 魔法式による強化で威力も飛距離も増した爆炎の魔法が、大地を揺るがし砕いていく。


「おいおい戦争じゃねェんだぞ!? ここまでするかよ、普通……!」


 距離がありすぎる。さすがに逃げ惑う以外に何もできない。

 大岩の影に隠れたところで、堂々と砲撃に身を晒して憤慨している人影を発見する。


「ウソだろ」


 イーブリーだった。


「おのれ卑劣なーっ! 男と男の勝負を飛び道具を用いて邪魔立てとは、言語道断ー! 例えユートムが許そうともこのワシが許さぬわぁーっ! ちょはア~~~~ッ!」


 叫びながらガガンに向かって駆け出して、掛け声と共に跳躍する。いかなる技法か宙を駆けるが如くその姿が遠ざかり小さくなり、ガガンの異容の中に消えていき――


 しばらくして、城塞都市ガガンは真っ二つに両断された。


「ンなバカな」


 かつて城塞都市だった岩の塊が大地に落下し、すさまじい震動と大音響がこちらにまで伝わる。ザンが呆然とそれを眺めていると、意気揚々とこちらに近づく影が現れた。

 イーブリーだった。


「待たせたな小僧ーっ! さぁ続きをやるぞ続きをーっ!」

「じょ、冗談じゃねえ……! テメエみたいな人間やめてるヤツに付き合えるかっ!」


 全力で駆け出す。一呼吸でイーブリーとの間に三十歩分ほどの距離が開いた。


「ぐわははははぁーっ!」

 一歩。

「待て待て小僧ーっ!」

 二歩。

「小遣いやるからもっと斬らせろぉーっ!」

 三歩。

「最近はだ~れもワシに挑んでこなくなって暇でのーっ!」

 追いつかれた。


「く、来るなあああ! 来るんじゃねぇえええええええッ!」


 久し振りに、本気で怖いと思った。

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