第1話 東京大空襲への応援コメント
私の母方の祖父も東京大空襲にあいました、
それは大変な目に合い奇跡的に生き残れました。
確かに最近はどんどん世界がきな臭い方向に流れています、
たとえ、今は小さな羽ばたきかもしれませんが
一人一人の羽ばたきはいつか大きくなるかもしれません。
この世界に悲劇が無くなりますように私も祈っております。
第1話 東京大空襲への応援コメント
愛奈 穂佳さん
貴重なお話をありがとうございました。
わたしは爆心地と東京大空襲の被災地を自分の脚で歩いたことによって、体験談に出てくる地名を多少はリアル感をもって想像することが出来ます。
関東大震災の後、火事に備えて鉄筋コンクリートで建て替えられた小学校は、現在でもそうであるように、避難所として地域の人たちから認識されていた場所ですよね。
実際には校舎の中も猛火が吹き抜け、体育館も火から逃げようとした人々が積み重なって、天井近くまで遺体が黒焦げの山になっていたところもあるとききました。
忘れられない証言は数多くありますが、一つは真夜中に避難する際、少しだけ遅れて家から出ると曲がり角に人間が積み重なって大きな焚火のように燃えていて、そのそばを通り抜けたが、後から想うとあれは自分の家族だったという話。
もう一つは、多数の死者を出した言問橋を死体が片付けられた後に通ってみたら、ぱちぱちと足裏に当たるものがあって、それが何かというと、死んだ人たちの足袋のこはぜだったという話です。一面にあったそうです。
卒業式に出るために多くの六年生が疎開先から戻っていて、そのために犠牲になった話も有名ですよね。
今の子どもたちに戦争のことを伝えるのは難しい。
幼かった頃のわたし自身がそうだったように、ホラー話に思えるようです。
でも大人になった時に「本当に怖ろしいことだったのだ」と分かるように伝承していくことは、止めてはいけないのかなと。
素晴らしい記事をありがとうございました。
第1話 東京大空襲への応援コメント
愛奈 穂佳様 初めまして
貴重なお話ありがとうございました。
私の父は東京大空襲ではなく、広島で被爆をしました。つまり私は被爆二世と言うことです。
東京大空襲については早乙女勝元の著作で小学校の頃からよく知っておりました。
先生のお話から察するに、浅草、深川、向島辺りで被災されたようですね。
その先生のように当時の惨状を証言してくださる方は多くはありません。“あの日”を思い起こすのが辛いからです。私の父も「まるで現実とは思えなかった」としか言わず、詳細を語ることなく逝きました。ですから、証言を聞けただけでも非常に貴重な体験だったと思います。
戦争があると被害を被るのは無辜の市民です。ですが国家間の関係というものは最後には必ず緊張感が高まり破裂して戦争へと突き進みます。現代(第二次世界大戦からロシアのウクライナ侵攻)までは先進国間としてはかつてないほどの平和期間を享受できたと思います。
それが今や非常に不安定な、もっとはっきりと言えば、戦争という破滅に向かって走り出している感があり、とてつもない不安を覚えます。
戦争の波というものは個人では如何ともしがたく、逃げ出す以外に方策はないのが残酷な事実です。為政者たちにおいては可能な限り戦争を回避していただきたい思いでニュースを見ております。
実は私は正にその昭和二十年三月十日から始まる小説を連載しております。現実の証言にはとても敵うものではありませんが、ただの百合(シスターフッド)小説であるにもかかわらず、当時の恐怖はできるだけ知っていただきたいと、第一話は丸々東京大空襲に割いております。
被爆二世という事以外に、そういう事もあって、とても気なりましたのでお邪魔させていただいた次第です。ご迷惑でなかったらよいのですが。
長文大変失礼いたしました。
編集済
第1話 東京大空襲への応援コメント
そんな先生がおられたのですね。かけがえのない体験をされましたね。
私は現在60歳過ぎですが、祖父が出兵しており、母も子供時代に空襲に遭っていて、防空壕の話などを聞かされて育ちました。
広島の隣りの岡山生まれなので、中学生の時原爆資料館へ遠足で行き、衝撃を受けました。
大学で上京した時、上野公園へ行くと、戦争で足を無くした人が路上でアコーディオンを演奏していて、怖くなったのを覚えています。
今若い人は、直接戦争を聞いたりする機会はほぼ無くなって、リアルに実感することが出来ないと思います。
トランプは正義を掲げて爆撃を始めましたが、戦争は殺戮です。原爆が大戦を終らせるため必要だったと信じている米国には、何を何十年言い続けてもダメなのでしょう。
こんな殺伐としたときに、このような投稿をされた愛奈様の思い、心から共感します。ありがとうございました。
第1話 東京大空襲への応援コメント
とても貴重なお話しが愛奈様の目と耳をを通して伝わって来ました。僕の祖父は満州に居た事があり、子供の僕は満州の話しをよく聞かせてほしいといった事を思い出しました。でも、その話しは、このエッセイに綴られているように悲劇的ではありませんでした。本当に戦争を経験した方のお話しなので、僕などには分からない感覚があると改めて思い知らされました。戦争は民を苦しめるだけと頭では分かっていても、実際に経験する事無く育った僕には、その酷さなどは本質的には分からないのだろうと思いました。貴重な先生のお話しを愛奈様の目と耳をを通して伝えて頂き感謝致します。