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  • 映画の編集する側だった時期があるのですね!
    凄いです!!
    聞いただけでもわくわくするのだから、
    昔の先輩の名前がエンドロールに記されているのを目にして、
    きっと心にたくさん響くものがあったでしょうね。

    私の姉、仕事をしながら女優をしていた時期があって。
    姉が毎週末東京に通って、ドラマや映画の撮影をしていたのは知ってたんですが、
    芸能界に全く興味がなかったので、姉があれこれ話すことを聞き流していたのですよ。
    子供が障害児というのもあって、子育てが大変だった時期でもあって。
    姉の話に耳を傾ける余裕がなかったのでしょうね。
    それから数年して、姉が結婚するという報告をしてくれた時、
    お相手が、芸能人だったこともあって、会食の時とか、
    父の面会(療養棟に入寮しているので)の時とか、何を話していいのか分からず。
    未だに距離感があります(笑)
    今は旦那さんが立ち上げた、芸能プロダクションの役員をしながら、
    原石のような人たちを縁の下で支える仕事をしているようですが、
    前ほど、会話がなくなってしまったので、姉も気を遣ってくれているのかもです。
    人との縁って、どこで繋がっているのかわからないですし。
    古い知り合いだとしても、元気に過ごしている様子を垣間見れるって、
    何気に凄いことですよね。
    毎度、長いコメントで失礼いたしました。
    つい、熱量が溢れてしまって。
    今回もとっても素敵なお話をありがとうございました!

    作者からの返信

    蓮条様

    コメントありがとうございます!
    映画の仕事といっても、全然すごくはないんですよ。かつて「おら東京さ行ぐだ」と意気込んで、黒澤明や北野武のような監督を夢見て上京したものの、結局一旗揚げることもできず、挫折して田舎に帰ってきたわけですから。未だにこうして創作活動で「夢見る病」を拗らせている、ただの男です(笑)。

    でも、エンドロールの話は仰る通りですね。今でもアニメや映画を観ると、同級生や先輩の名前がないか、つい目を皿のようにしてチェックしてしまいます。実際、見覚えのある名前を見つけると、何とも言えない感慨が込み上げてきますね。

    お姉さまとの距離感のお話、よく分かります。実は私の弟も、明治大学を卒業して地元の大きな銀行で役職に就き、立派な一軒家を建てて子供を医学部に行かせるような、いわゆる「スーパーエリート」の家庭を築いています。夢ばかり追っている貧乏な兄としては、喧嘩をしているわけではないのですが、どうしても気まずさがあって……。兄弟姉妹といえど、大人になってから子供の頃のような関係を保つのは本当に難しいものですね。私などは、負い目ばかりを感じてしまいます。

    ただ最近は、「隣の芝生は青く見える」だけなのだと思うようにしています。当人にしか分からない苦労もきっとあるでしょうし、誰かと自分の人生を比べることも、なるべくしないように努めています。
    人間、誰かと比べないと自分の立ち位置を確認できない弱さがありますが、他人と比較して出した答えに大した価値なんてないんですよね。自分自身で見出す価値にこそ、本当の価値があるのだと信じたいものです。

    蓮条さまとのやり取りは、いつも私の心にある「整理しきれない感情」を呼び起こしてくれます。熱量の溢れるコメント、大歓迎ですよ。
    今回も、心に響くお話をありがとうございました!

  • 私も食費を削って娘と映画館に行ったり、サーカスを観たりします。
    今どきの子供って、自宅でゲームや動画を観るのが『遊ぶ』に固定されていて、うちの子は、姉姫が重度の障害があるので、それを見て育った分、下の子は不安症になってしまって、外遊びが全くできません。
    療育的な診察や投薬もしてますが、医師曰く、「お母さん、命にかかわる病気ではないので、見守りましょう」とのこと。
    そんな我が子はますます自宅にこもりっきりで、映画や旅行とかで外に連れ出さないと、本当に他者との距離感が掴めない子に育ちそうで。
    日本100名城のお城スタンプ(公式ガイドブックあり)を集めるための旅行を軸に、映画などのお出かけが、周りの人との距離感を保ち、社会性を学べる場の一つであると思ってるんです。
    ど田舎だから、駅ビルとかショッピングセンターみたいなものもないですし、図書館とかもないので、一般的な交友の場というのも存在しない地域でして。
    周りの席の人に迷惑をかけないように過ごしながら映画を見る。
    これって、結構難しいのですよね。
    夢中になると、声もでますし、体が動くし、トイレに行きたくなったり、飲み物を飲みたくなったり。
    子供だから、夢中でする中で、ハッと気づいて気を遣う。これって、何気に社会性を培うのに便利だと気づいたのですよ。
    去年はクレヨンしんちゃんを観に行きましたが、母娘で涙して帰ってきました(笑)
    もう、幼児向けの映画なのに、号泣です。
    帰りの車の中での会話も弾みますし、親子形成にも一役買いますよね。
    家で、サブスクで観る動画とは一味違う、楽しみが、あの場にはあります。

    作者からの返信

    蓮条様

    コメントありがとうございます!
    去年の映画クレヨンしんちゃん、私も観に行きました。あの「インドパワー」には思わず笑いつつも、最後は親子でグッとくるものがありましたよね(笑)。

    実は私、地元に戻ってから一時期、映画の世界から福祉の世界へ道を変えたことがありました。児童発達支援管理責任者や相談支援員などの資格を持ち、多くのご本人やご家族の支援に携わっていたんです。現在は事情があって離れていますが、蓮条さまがお話しくださった「重度の障害を持つお姉様と、それを見守りながら育つ下のお子様」という環境、その中にある計り知れないご苦労、そして何よりその中にある「確かな幸せ」が、想像に難くありません。

    コミュニケーションの難しさや、環境が下のお子様に与える影響……。良いことも悪いこともすべて含めて、それが自分たちの「家族の人生」だと受け入れ、前向きに歩んでいく。相談支援の現場で多くのお父様お母様と向き合う中で、私自身が一番大切だと感じてきたことでもあります。

    お城巡りや映画館。そこで「周りに気を遣いながら楽しむ」という体験は、まさに仰る通り、何にも代えがたい社会性の学びの場だと思います。
    私自身、実は「子供のため」と言いつつ、自分もしんちゃんやコナンが好きだから一緒に行っている、という部分も大きいのです(笑)。子供と同じ空間で、同じものを見て笑ったり泣いたりできる。そのこと自体が、何よりの感謝であり、幸せなのだと感じます。

    「食費を削ってでも」という部分も、「パラレルワールドの自分が『いい加減ダイエットしろよ』と語りかけてきているんだ」と思うようにしています。神様なんて言うと大袈裟ですが、別の自分からのアドバイスだと思えば、少し楽しくなりますから。

    世の中には悲しいニュースもありますが、親以外の大人がもっと早く「サイン」に気づける社会であってほしいと切に願います。蓮条さまのように、お子様と向き合い、一緒に百名城のスタンプを集めたり映画を観たりできている時間は、本当に尊いものです。

    不便な環境の中での子育て、大変なことも多いかと存じますが、どうぞ今の時間を大切になさってください。温かなお話を、ありがとうございました!

  • コンビニって、昭和の時代の駄菓子屋さん的存在というか、
    ちょっとした日々の癒し空間みたいなものだと思っていて。
    1軒くらいなくても困らないのかもしれないけれど、
    やっぱり日常に溶け込んだ部分が、ある日突然消えてしまうと、
    暫く喪失感の方が大きいですよね。
    我が家、超ド田舎にありまして、町にスーパーが1軒しかなくて。
    観光地だから、一応コンビニはありますけど、
    何をするにも、山越え川越えで、とにかく車がないと不便で。
    隣町のお店がここ数年で次々となくなってしまって、
    最近は、食材の買い物に、片道40分くらいかけて車で隣の隣の市まで買いに行きます。
    今あるコンビニが消えたら……考えただけで恐ろしい。
    二三夫さんさんとの待ち合わせ、もうお決まりになられたのかしら?
    待ち合わせ場所というのも、想い出の一部になりますよね。
    何気ない風景なのに、そこだけ時が経ってもしっかりと香りや音が感じられて。
    素敵なお話ありがとうございました!

    作者からの返信

    蓮条様

    コメントありがとうございます!
    「車で片道40分」という買い出しの道のり、本当にお疲れ様です……。その距離感を聞いただけで、今そこにあるコンビニが一軒消えることの恐怖が、肌身に迫るように伝わってきました。

    まさに仰る通り、かつての駄菓子屋のような、そこに灯りがあるだけで救われる空間。それが消えた時の喪失感は、利便性だけでは測れないものがありますよね。

    二三夫さんとの待ち合わせですが、結局、お家の方まで車で迎えに行くことになりました。場所が変わっても、そこで交わす会話が新しい思い出の欠片になればいいなと思っています。

    私が暮らす福島には、震災から15年が経とうとする今も、バリケードに閉ざされ、時が止まったままの場所があります。インフラだけが新しく整えられても、一度離れた人、特に若者たちは戻る決断ができず、街が「ゴーストタウン」のような静寂に包まれている現実があります。

    鳥の声や木々を揺らす風、道を横切る猫……。田舎の風景は確かに私を癒してくれますが、その価値を享受するために払うべき「不便さ」や「ガソリン代」というコストは、決して無視できるものではありませんよね。「コンビニに広い駐車場があること」に驚く都会の方々との意識の差に、ふと寂しさを感じることもあります。

    長閑さの裏側にある、切実な日々の苦労。蓮条様の言葉に、改めて深く共鳴させていただきました。
    素敵なお話を、本当にありがとうございました!

  • 映画とテレビでは質感が全く違うので、映画館で見た映画って記憶にも残る気がします。子どもさん達と良い時間を共通出来てよかったですね😊

    これも素敵なエピソードでした。

    作者からの返信

    北野美奈子様

    コメントありがとうございます!
    「質感が全く違う」……まさに仰る通りですね。
    テレビの画面越しに観るのと、劇場の暗闇で巨大な光の粒として浴びるのとでは、脳への刻まれ方が根本から違う気がします。あの場所でしか味わえない重厚な質感こそが、物語を一生ものの「記憶」に変えてくれるのですよね。

    子どもたちと肩を並べ、同じ瞬間に息を呑み、同じ残響を持ち帰る。
    そんな、数値化できない贅沢な時間を共有できたことは、私にとってもかけがえのない宝物になりました。エッセイからその「体温」を感じ取っていただけて、本当に嬉しいです。

    心温まる観測を、ありがとうございました!

  • 映画館鑑賞は、「映画を観に行くぞッ!」っと決断した時点で、その映画は始まってますからね。サブスクリプションのソレとは期待度は違いますよね。
    お金も掛かるし。

    お子様の判断は正しいデス。

    作者からの返信

    宇宙書店様

    コメントありがとうございます!
    「決断した時点で始まっている」……まさにその通りですね。
    家で手軽に観られる選択肢を蹴ってまで、わざわざ映画館の暗闇に身を投じることを選んだ子どもたち。その「不自由さ」を尊いと感じる感性を、宇宙店主さまに「正しい」と断言していただけて、財布の痛みも一気に吹き飛ぶ思いです。

    サブスクの利便性ではなく、二時間を固定される装置としての映画館を選ぶ。10歳なりのその「観測の強度」を、親としてもしっかり受け止めていこうと思います。

    宇宙の深淵から、今回も鋭く温かな測定をありがとうございました!

  • いつもそこにあるという存在がなくなるってなんとも言えない気持ちになりますね。

    自分の店を持つという誰かの夢だったでしょうし、涙あり笑いありの歴史があったと思うんです。

    寂しいって思ってくれる人がたくさんいる事でしょう。素敵なお話でした。

    作者からの返信

    北野美奈子さん、エッセイの奥にある「人の営み」を汲み取ってくださり、ありがとうございます。

    コンビニという一見どこにでもある場所も、誰かがそこで汗を流し、誰かが日々の糧を買い、二三夫さんのような常連客が静かに時間を過ごした、かけがえのない「歴史」の積み重ねなんですよね。

    おっしゃる通り、閉店して灯が消えたあとの暗闇にこそ、かつてそこにあった笑い声や、言葉にならない寂しさが「ノイズ」のように漂っている気がします。その見えない気配を「素敵なお話」と感じていただけたことで、あの場所にあった確かな体温が、少しだけ報われたような気がして救われます。

    誰かの日常の一部がなくなる切なさを共有していただき、本当にありがとうございました。

  • 閉店した馴染みのコンビニ、二三夫さんの「しょうがない」にはどれだけ深くてやり切れない想いが詰まっているだろうかと思いました。
    おっしゃるとおり、閉店により外側から内側に移ったと思えば、まだ完全にその存在が消え失せた訳じゃないですよね。
    二三夫さんの気持ちを切り替えるのに時間が必要かもしれませんが、思い出として心にしまい込み、新しい一歩を踏み出せることを祈りたいです。

    作者からの返信

    Youlifeさん、エッセイを読み解いていただきありがとうございます。

    常連客である二三夫さんの口から漏れた「しょうがない」という言葉。それは、長年そこにあるのが当たり前だった「自分の生活の一部」が、ある日突然、時代の流れで切り取られてしまうことへの、静かでやり切れない抵抗だったのだと感じます。

    おっしゃる通り、物理的な店舗が消えても、二三夫さんの内側にある「あの棚の配置」や「交わした挨拶」の記憶は消えません。ただ、その「内側の記憶」と「外側の現実」のギャップを埋めるには、やはり少し時間が必要なのかもしれません。

    思い出を大切に抱えながら、彼がまた新しい「朝の目的地」を見つけられるよう、私も心から祈りたいと思います。温かい共鳴をありがとうございました。

  • Tレックスはあのクセになりそうな粘着のあるマークボランのボーカルと、ゴージャスでファンキーな演奏が印象的です。
    Metal Guruの「Guru」には、インドに傾倒していた当時のヒッピー文化的な発想も感じました。
    「20 century boy」は導入部分のギターリフがたまりませんね。こんなカッコいい曲なのに三位なのは驚きでした。勝ったとはいいきれないが負けたともいいきれない、その歯切れの悪さは逆に引き摺る結果になるというのは同意です。踏ん切りがつかず、ズルズルと後々まで後悔してしまうんですよね。

    作者からの返信

    Youlife様

    コメントありがとうございます!
    マーク・ボランのあの、耳に絡みつくような独特の歌声と、煌びやかながらも泥臭いファンキーなグルーヴ。その魅力をこれほど的確に言葉にしていただけて、書いた甲斐があったと確信しています。

    「20th Century Boy」のあのイントロ……ギターリフが鳴った瞬間に世界の色が変わるような衝撃があるのに、チャートでは3位。
    でも、仰る通り、その「1位を獲りきれない、けれど誰の記憶にも深く突き刺さっている」という絶妙な順位こそが、あの20世紀という時代の、美しくももどかしい「歯切れの悪さ」を象徴している気がしてなりません。

    勝ったとは言い切れない。けれど、あの熱狂の中にいた僕たちは、間違いなく何かに「届いていた」。
    そんな実感をYoulife様と共有できたことが、何より嬉しいです。
    素敵な観測を、本当にありがとうございました!

  • はじめまして、先日は拙作に素晴らしいレビューをいただきありがとうございました。
    作品の雰囲気を色彩を用いながら的確に表現していて、僅かな文章なのに作品の全体的な雰囲気を掴めるレビューだったと思います。

    僕も小学生の頃にキン肉マンに嵌りました。あの頃はクラスメイトで毎回放送後に感想を述べあうのが慣例で、そこについていくために見ていました。キンケシ集めが流行っていましたね。
    吉野家もそこで知り、実店舗に初めて入った時は感動しました。
    確かに最近の吉野家は綺麗になりすぎて、吉野家ファンが求める「何か」を忘れているような気がしました。あれではファミレスと大差ないですよね……。
    足しげく通った90年代の吉野家の、あの独特な雰囲気を復活してほしいと願ってやみません。

    作者からの返信

    Youlife様

    こちらこそ、わざわざ足をお運びいただきありがとうございます!
    レビューについても、作品の持つ「色」を感じ取っていただけて本当に光栄です。

    そして……キン肉マン、そしてキン消し!
    あの頃、僕たちの世界は間違いなくあの小さなゴム人形と、放送翌日の教室での感想戦を中心に回っていましたよね。吉野家を「聖地」のように感じて初めて暖簾を潜った時のあの高揚感、今でも鮮明に思い出せます。

    仰る通り、最近の吉野家はどこか「よそ行き」の顔になりすぎてしまった気がします。
    90年代、あのカウンター席の独特な殺伐とした、けれど活気のある「男たちの戦場」のような空気。ファミレス化して便利にはなりましたが、あの場所でしか摂取できなかった「何か」が、確かに薄れてしまった寂しさがありますね。

    同じ時代を呼吸し、同じ景色を見てきた(私も福島です)Youlife様とこうして語り合えるのも、カクヨムという「観測所」の醍醐味だと感じています。
    素敵な共鳴を、本当にありがとうございました!

  • コメント失礼いたします。
    とても深い内容に、思わず共感してしまいました。
    我が家は重度の障害を抱えた娘がおりまして、
    育児書にあるような子育てとは全くの別の日常なのですが、
    それでも、自分が幼い頃と今とを比べた時の感じ方はやはり多少なりとも違って。
    ドラえもんに限らず、些細なことでも捉え方が進化してたりするのですよね。
    その中で、殆ど成長のない娘(もう成人になっていますが、精神年齢は3歳程度)に、日々声掛けしていることが、この20年でだいぶ変わったなぁと思います。

    ドラえもんでの例え、とってもわかりやすかったです
    昨夏にクレヨンしんちゃんを下の娘と観に行きましたが、
    コミックで読んでる時は爆笑していたのに、スクリーンで観たら、号泣してしまいました。子供向けだなんてとんでもない。大人だって本気で泣ける!
    そんなこんなを思い出しました。

    作者からの返信

    蓮条様

    星と、そしてあまりに大切な、心の奥底にあるお話を共有してくださり、本当にありがとうございます。

    20年という歳月の中で、娘さんへかける言葉が少しずつ、けれど確かに変わっていったというお話。それを伺って、私の胸の中にも、一言では言い表せない激しい「シンクロ」が沸き起こっています。

    実は私も、30代の頃から長らく障がい者支援の仕事に携わってきました。蓮条様のエッセイも拝読させていただき、そこで綴られている日常や想いに触れるたび、単なる「共感」という言葉ではこぼれ落ちてしまうような、似ているけれどどこか違う、もっと深くて切実な熱を感じていたところです。

    この感情をどう表現すればいいのか。
    「分かります」という言葉が、あまりに頼りなく、同時にそれしか言えないもどかしさ。現実の20年という重みを前にすると、物語を構築する方がよっぽど簡単だと思えるほど、リアルな想いを言葉にするのは難しいことですね。

    『海底鬼岩城』や、『クレヨンしんちゃん』の物語に大人が涙するのは、私たちがそれだけの「時間」と「現実」を戦ってきた証なのかもしれません。

    素敵な観測と、魂の通い合うようなお言葉をありがとうございました。
    これからも、蓮条様の紡ぐ言葉を大切に追わせていただきます。

  • レビューをいただきありがとうございました😊光栄です!

    この映画は遠い昔に見た記憶があります。言われてみると美しいけれど薄ら寒い怖さもあるかもしれないですね。興味深いお話だと思いました。

    作者からの返信

    北野美奈子様

    コメントありがとうございます!
    こちらこそ、私の拙いレビューや言葉を受け取っていただき、心から光栄に思います。

    「美しいけれど薄ら寒い怖さ」……。
    まさに、あの映画の本質を射抜くような言葉にハッとさせられました。かつて観た記憶の断片が、時を経て別の誰かの「観測」と重なり合うとき、そこには不思議な温度差が生まれるのかもしれませんね。

    美しさの裏側にある、逃れられない冷たさ。
    そんな記憶の肌触りを北野様と共有できたことが、とても嬉しいです。

    素敵な感想をありがとうございました!

  • 僕たん、大昔に吉野家に行って以来、来店しておりません。
    あの皆が無言で喰らう空気感がチト苦手なのです。

    最後に行った吉野家は、タブレットや食券機では無くて、口頭で注文した様な記憶が在ります。記憶ですが。
    今は最低でも、お店は食券機デスよね。
    人間と人間との繋がりが、チト味薄めになって寂しい限りデスね。

    「因みのこの僕たんの常連だった牛丼屋は、新宿駅ガード下の『牛若屋』でした。吉野家よりも一〇〇円以上安くて、お客が皆、意味深な人物ばかりでゾクゾクしながら、牛丼を食べて居ました。」

    作者からの返信

    宇宙書店様

    コメントありがとうございます!
    吉野家のあの独特の静寂、確かに「戦場」のようなストイックさがあって、人によっては落ち着かない場所かもしれませんね(笑)。

    新宿駅ガード下の「牛若屋」……!
    吉野家より安く、そして「意味深な人物」たちが集う場所。その一文だけで、当時の新宿の湿り気や、牛丼の湯気の向こう側にある物語が目に浮かぶようです。

    今のオートメーション化された店舗では味わえない、あの「ゾクゾクするような人間臭さ」こそが、実は私たちの記憶の質感を形作っていたのかもしれません。食券機にはない「味の濃さ」を教えていただけて、とても嬉しいです。

    素敵な記憶の断片を、本当にありがとうございました!

  • 本日はとても素敵なレビューを頂きましてありがとうございました。

    興味深いエピソードでした。うちの子どもたちと言っても二人は成人していますが、小さい頃からドラえもんが好きで、DVDなど見せていました。懐かしいです。

    センスモラルが深いですよね。考える余白がある点が教育的で良いのだと思います。

    お子さんと過ごす時間を楽しんでおられる姿も微笑ましいです😊

    作者からの返信

    北野美奈子様

    コメントありがとうございます! そして、こちらこそ北野様の素晴らしい物語を「観測」させていただけたこと、心より感謝しております。

    成人されたお子様たちともドラえもんの思い出を共有されているのですね。世代を超えて、同じ物語が家族の記憶の底に流れ続けているというのは、本当に素敵なことだと思います。

    「センスモラルが深い」「考える余白がある」……まさに、ドラえもんが単なる子供向け作品に留まらない理由はそこにあるのだと、北野様の言葉を拝見して改めて確信いたしました。温かなお言葉、本当にありがとうございました!

  • コメント失礼しまーす。

    量子論と不確定性定理にドラえもんが絡んでくるなんて…。

    これこそ哲学的ですねー。

    作者からの返信

    丸千様

    コメントありがとうございます! 一見、児童文学と物理学は正反対に思えますが、「観測」というフィルターを通すと、ドラえもんの世界は驚くほど哲学的な深淵を見せてくれますよね。

    のび太がひみつ道具という「新しい可能性」を観測した瞬間に、世界が不確定なまま揺らぎ始める……。そんな私の少し偏った(?)視点を楽しんでいただけて、とても嬉しいです。

    これからも、日常の中に潜む「世界の仕組み」を徒然なるままに綴っていければと思います。 素敵な「観測」をありがとうございました!