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  • いつもそこにあるという存在がなくなるってなんとも言えない気持ちになりますね。

    自分の店を持つという誰かの夢だったでしょうし、涙あり笑いありの歴史があったと思うんです。

    寂しいって思ってくれる人がたくさんいる事でしょう。素敵なお話でした。

    作者からの返信

    北野美奈子さん、エッセイの奥にある「人の営み」を汲み取ってくださり、ありがとうございます。

    コンビニという一見どこにでもある場所も、誰かがそこで汗を流し、誰かが日々の糧を買い、二三夫さんのような常連客が静かに時間を過ごした、かけがえのない「歴史」の積み重ねなんですよね。

    おっしゃる通り、閉店して灯が消えたあとの暗闇にこそ、かつてそこにあった笑い声や、言葉にならない寂しさが「ノイズ」のように漂っている気がします。その見えない気配を「素敵なお話」と感じていただけたことで、あの場所にあった確かな体温が、少しだけ報われたような気がして救われます。

    誰かの日常の一部がなくなる切なさを共有していただき、本当にありがとうございました。

  • 閉店した馴染みのコンビニ、二三夫さんの「しょうがない」にはどれだけ深くてやり切れない想いが詰まっているだろうかと思いました。
    おっしゃるとおり、閉店により外側から内側に移ったと思えば、まだ完全にその存在が消え失せた訳じゃないですよね。
    二三夫さんの気持ちを切り替えるのに時間が必要かもしれませんが、思い出として心にしまい込み、新しい一歩を踏み出せることを祈りたいです。

    作者からの返信

    Youlifeさん、エッセイを読み解いていただきありがとうございます。

    常連客である二三夫さんの口から漏れた「しょうがない」という言葉。それは、長年そこにあるのが当たり前だった「自分の生活の一部」が、ある日突然、時代の流れで切り取られてしまうことへの、静かでやり切れない抵抗だったのだと感じます。

    おっしゃる通り、物理的な店舗が消えても、二三夫さんの内側にある「あの棚の配置」や「交わした挨拶」の記憶は消えません。ただ、その「内側の記憶」と「外側の現実」のギャップを埋めるには、やはり少し時間が必要なのかもしれません。

    思い出を大切に抱えながら、彼がまた新しい「朝の目的地」を見つけられるよう、私も心から祈りたいと思います。温かい共鳴をありがとうございました。

  • Tレックスはあのクセになりそうな粘着のあるマークボランのボーカルと、ゴージャスでファンキーな演奏が印象的です。
    Metal Guruの「Guru」には、インドに傾倒していた当時のヒッピー文化的な発想も感じました。
    「20 century boy」は導入部分のギターリフがたまりませんね。こんなカッコいい曲なのに三位なのは驚きでした。勝ったとはいいきれないが負けたともいいきれない、その歯切れの悪さは逆に引き摺る結果になるというのは同意です。踏ん切りがつかず、ズルズルと後々まで後悔してしまうんですよね。

    作者からの返信

    Youlife様

    コメントありがとうございます!
    マーク・ボランのあの、耳に絡みつくような独特の歌声と、煌びやかながらも泥臭いファンキーなグルーヴ。その魅力をこれほど的確に言葉にしていただけて、書いた甲斐があったと確信しています。

    「20th Century Boy」のあのイントロ……ギターリフが鳴った瞬間に世界の色が変わるような衝撃があるのに、チャートでは3位。
    でも、仰る通り、その「1位を獲りきれない、けれど誰の記憶にも深く突き刺さっている」という絶妙な順位こそが、あの20世紀という時代の、美しくももどかしい「歯切れの悪さ」を象徴している気がしてなりません。

    勝ったとは言い切れない。けれど、あの熱狂の中にいた僕たちは、間違いなく何かに「届いていた」。
    そんな実感をYoulife様と共有できたことが、何より嬉しいです。
    素敵な観測を、本当にありがとうございました!

  • はじめまして、先日は拙作に素晴らしいレビューをいただきありがとうございました。
    作品の雰囲気を色彩を用いながら的確に表現していて、僅かな文章なのに作品の全体的な雰囲気を掴めるレビューだったと思います。

    僕も小学生の頃にキン肉マンに嵌りました。あの頃はクラスメイトで毎回放送後に感想を述べあうのが慣例で、そこについていくために見ていました。キンケシ集めが流行っていましたね。
    吉野家もそこで知り、実店舗に初めて入った時は感動しました。
    確かに最近の吉野家は綺麗になりすぎて、吉野家ファンが求める「何か」を忘れているような気がしました。あれではファミレスと大差ないですよね……。
    足しげく通った90年代の吉野家の、あの独特な雰囲気を復活してほしいと願ってやみません。

    作者からの返信

    Youlife様

    こちらこそ、わざわざ足をお運びいただきありがとうございます!
    レビューについても、作品の持つ「色」を感じ取っていただけて本当に光栄です。

    そして……キン肉マン、そしてキン消し!
    あの頃、僕たちの世界は間違いなくあの小さなゴム人形と、放送翌日の教室での感想戦を中心に回っていましたよね。吉野家を「聖地」のように感じて初めて暖簾を潜った時のあの高揚感、今でも鮮明に思い出せます。

    仰る通り、最近の吉野家はどこか「よそ行き」の顔になりすぎてしまった気がします。
    90年代、あのカウンター席の独特な殺伐とした、けれど活気のある「男たちの戦場」のような空気。ファミレス化して便利にはなりましたが、あの場所でしか摂取できなかった「何か」が、確かに薄れてしまった寂しさがありますね。

    同じ時代を呼吸し、同じ景色を見てきた(私も福島です)Youlife様とこうして語り合えるのも、カクヨムという「観測所」の醍醐味だと感じています。
    素敵な共鳴を、本当にありがとうございました!

  • コメント失礼いたします。
    とても深い内容に、思わず共感してしまいました。
    我が家は重度の障害を抱えた娘がおりまして、
    育児書にあるような子育てとは全くの別の日常なのですが、
    それでも、自分が幼い頃と今とを比べた時の感じ方はやはり多少なりとも違って。
    ドラえもんに限らず、些細なことでも捉え方が進化してたりするのですよね。
    その中で、殆ど成長のない娘(もう成人になっていますが、精神年齢は3歳程度)に、日々声掛けしていることが、この20年でだいぶ変わったなぁと思います。

    ドラえもんでの例え、とってもわかりやすかったです
    昨夏にクレヨンしんちゃんを下の娘と観に行きましたが、
    コミックで読んでる時は爆笑していたのに、スクリーンで観たら、号泣してしまいました。子供向けだなんてとんでもない。大人だって本気で泣ける!
    そんなこんなを思い出しました。

    作者からの返信

    蓮条様

    星と、そしてあまりに大切な、心の奥底にあるお話を共有してくださり、本当にありがとうございます。

    20年という歳月の中で、娘さんへかける言葉が少しずつ、けれど確かに変わっていったというお話。それを伺って、私の胸の中にも、一言では言い表せない激しい「シンクロ」が沸き起こっています。

    実は私も、30代の頃から長らく障がい者支援の仕事に携わってきました。蓮条様のエッセイも拝読させていただき、そこで綴られている日常や想いに触れるたび、単なる「共感」という言葉ではこぼれ落ちてしまうような、似ているけれどどこか違う、もっと深くて切実な熱を感じていたところです。

    この感情をどう表現すればいいのか。
    「分かります」という言葉が、あまりに頼りなく、同時にそれしか言えないもどかしさ。現実の20年という重みを前にすると、物語を構築する方がよっぽど簡単だと思えるほど、リアルな想いを言葉にするのは難しいことですね。

    『海底鬼岩城』や、『クレヨンしんちゃん』の物語に大人が涙するのは、私たちがそれだけの「時間」と「現実」を戦ってきた証なのかもしれません。

    素敵な観測と、魂の通い合うようなお言葉をありがとうございました。
    これからも、蓮条様の紡ぐ言葉を大切に追わせていただきます。

  • レビューをいただきありがとうございました😊光栄です!

    この映画は遠い昔に見た記憶があります。言われてみると美しいけれど薄ら寒い怖さもあるかもしれないですね。興味深いお話だと思いました。

    作者からの返信

    北野美奈子様

    コメントありがとうございます!
    こちらこそ、私の拙いレビューや言葉を受け取っていただき、心から光栄に思います。

    「美しいけれど薄ら寒い怖さ」……。
    まさに、あの映画の本質を射抜くような言葉にハッとさせられました。かつて観た記憶の断片が、時を経て別の誰かの「観測」と重なり合うとき、そこには不思議な温度差が生まれるのかもしれませんね。

    美しさの裏側にある、逃れられない冷たさ。
    そんな記憶の肌触りを北野様と共有できたことが、とても嬉しいです。

    素敵な感想をありがとうございました!

  • 僕たん、大昔に吉野家に行って以来、来店しておりません。
    あの皆が無言で喰らう空気感がチト苦手なのです。

    最後に行った吉野家は、タブレットや食券機では無くて、口頭で注文した様な記憶が在ります。記憶ですが。
    今は最低でも、お店は食券機デスよね。
    人間と人間との繋がりが、チト味薄めになって寂しい限りデスね。

    「因みのこの僕たんの常連だった牛丼屋は、新宿駅ガード下の『牛若屋』でした。吉野家よりも一〇〇円以上安くて、お客が皆、意味深な人物ばかりでゾクゾクしながら、牛丼を食べて居ました。」

    作者からの返信

    宇宙書店様

    コメントありがとうございます!
    吉野家のあの独特の静寂、確かに「戦場」のようなストイックさがあって、人によっては落ち着かない場所かもしれませんね(笑)。

    新宿駅ガード下の「牛若屋」……!
    吉野家より安く、そして「意味深な人物」たちが集う場所。その一文だけで、当時の新宿の湿り気や、牛丼の湯気の向こう側にある物語が目に浮かぶようです。

    今のオートメーション化された店舗では味わえない、あの「ゾクゾクするような人間臭さ」こそが、実は私たちの記憶の質感を形作っていたのかもしれません。食券機にはない「味の濃さ」を教えていただけて、とても嬉しいです。

    素敵な記憶の断片を、本当にありがとうございました!

  • 本日はとても素敵なレビューを頂きましてありがとうございました。

    興味深いエピソードでした。うちの子どもたちと言っても二人は成人していますが、小さい頃からドラえもんが好きで、DVDなど見せていました。懐かしいです。

    センスモラルが深いですよね。考える余白がある点が教育的で良いのだと思います。

    お子さんと過ごす時間を楽しんでおられる姿も微笑ましいです😊

    作者からの返信

    北野美奈子様

    コメントありがとうございます! そして、こちらこそ北野様の素晴らしい物語を「観測」させていただけたこと、心より感謝しております。

    成人されたお子様たちともドラえもんの思い出を共有されているのですね。世代を超えて、同じ物語が家族の記憶の底に流れ続けているというのは、本当に素敵なことだと思います。

    「センスモラルが深い」「考える余白がある」……まさに、ドラえもんが単なる子供向け作品に留まらない理由はそこにあるのだと、北野様の言葉を拝見して改めて確信いたしました。温かなお言葉、本当にありがとうございました!

  • コメント失礼しまーす。

    量子論と不確定性定理にドラえもんが絡んでくるなんて…。

    これこそ哲学的ですねー。

    作者からの返信

    丸千様

    コメントありがとうございます! 一見、児童文学と物理学は正反対に思えますが、「観測」というフィルターを通すと、ドラえもんの世界は驚くほど哲学的な深淵を見せてくれますよね。

    のび太がひみつ道具という「新しい可能性」を観測した瞬間に、世界が不確定なまま揺らぎ始める……。そんな私の少し偏った(?)視点を楽しんでいただけて、とても嬉しいです。

    これからも、日常の中に潜む「世界の仕組み」を徒然なるままに綴っていければと思います。 素敵な「観測」をありがとうございました!