第5話 暮部永愛の場合 後編

◆◆ side:永愛


自分が犯した失態により大事な人が傷ついている時、人はどう思うのだろうか。


後悔に苛み自身の無能を呪うだろうか?

いっその事、責めてくれれば楽になれると相手の優しさを恨むだろうか?


違う。

興奮するのである。


「ポンコツドジっ子魔法少女になって、お兄さんに迷惑かけんの気持ち良いよぉ」


「ひぇ」


駄々漏れる性癖にクソナマコが恐れ慄くのが分かったが、そんなことじゃ私は止まらない。

涎も止まらない。


擦られすぎて定価で見ないほどに売り尽くされた皮を被った甲斐もあると言うものだ。


私は絶賛興奮していた。

しかも、それは今なお増すばかりだった。



ライフルスコープに映し出されるのは、

私が舌足らずに敬ちゃん呼びと慕う補佐官の姿。


驚く程脆い人の身でありながら必死に化物に喰らいつく姿だった。


さっきまで手負のティガレックスかな?と思うほどの足取りだったくせに、いまは軽快にステップを踏み人面獣の攻撃を紙一重で交わす。

唯一の頼りは手に持ったリボルバーの拳銃一丁。


豆鉄砲という言葉がこれほど似合うことはないだろう。男の拳銃は魔法の力が込められているとはいえ、その威力は4級程度の魔法種に効くかどうかで、目の前にいる化物の表皮に傷をつけることも難しい。


実際、何発か中ってはいるものの化物に効いた様子は無く、その醜悪な顔を嗜虐的に歪める。


化物は猫が鼠を嬲るように、戯れに爪と牙を振う。その度に男は顔を強張らせて必死に避ける。

それでも爪の先が男を撫でる。

高かったと自慢していたシャツが、スラックスが

切り刻まれ血ともに周囲に散らばる。


男の顔は苦痛に歪む。

確かな後悔と疲れが浮かぶ。


それでも戦意が失われない顔が、抗う姿が私の胸を何度も焼き焦がす。


私が言えたことではないが、使えぬ武器など見捨てれば良いものを。


でも、それができないのが良い!

そこが良い!


小さな窓から見える勇姿に頬が上気するのが分かった。


どうしてあいつは傷つく?

私のため。

どうしてあそこまで必死に抗う?

私のため。

どうして諦めない?

私を信じているから。


あなたが傷つくたびに、あなたが覚悟を見せるたびに、あなたが証明するたびに、私は曇り、肯定され、満たされる。


正直言うと、この私だけの演劇をいつまでも見ていたかった。甘い痺れにも似た快楽に浸りっていたい。


しかし、終わりは近かった。

敬一は泥と血に塗れながらも囮としての役割を見事やり遂げた。約束していた狙撃地点を超え、人面獣を誘導していた。


甘美な時間は終わり告げる。

しかし、終わりがあるから次がある。

でも、私は待てができるのだ。


まだまたやりたい事は沢山ある。

あなたがこんなに傷ついたのだから、今度は私が証明しよう。


どうせ魔法でどうにでもなる。

なんなら自力で再生すらできる。


目の前で足でも飛ばされようか?

それとも腕?

腑を出しながら、のたうち回るのも良いかもしれない。


その時、貴方はどんな顔をしてくれるだろう?


輝かしい未来に想い馳せた私は引き金を引いた。

銃口からまっすぐと伸びる光線。

宙に散っていく軌跡は、夜空に吸い込まれる流れ星を思わせた。


願い事叶うと良いなぁ。


綺麗な柘榴が弾けた。



◇◇


下校時間のチャイムが掻き消える程の夕立が降っていた。


天気予報には無い唐突な豪雨だった。

傘を忘れた僕は何をするでも無く、正面玄関でぼーっと佇んでいた。


同じように傘を忘れた生徒達は、図書館や自習室で時間潰しているのだからそうすれば良いのに何故かそこにいた。


「傘、忘れたの?」


そう、訊ねてきたのは暮部さんだった。


「えっ…あっ、うん」


誰かに話しかけられるなんて思ってもいなかった僕は、しどろもどろになって答える。


「よかったら使う?」


そう言って彼女が差し出してきたのは、どこにでもあるような透明なビニール傘。あまり使われていないのか、柄にはまだビニールが付いていた。


「でも、それじゃあ暮部さんが濡れちゃうよ」


「気にしないで。雨に濡れるの嫌いじゃないもの」


変な強がりのようにも聞こえるが、彼女が言うとそうなんだろうという納得感があった。

しかし、気温が上がってきたとはいえ濡れれば風邪を引くかもしれない。


なら一緒に。そう言えたらと思うが、

拒まれたらという恐怖心が首をもたげる。


でも、彼女の優しさに臆病さで返すのは違う。


「よかったら、一緒に—」


そう告げる途中、彼女は雨の中を走っていく。

目で追った先には、スーツを着た男の人が立っていた。


「おい、人が折角濡れないようにって迎えにきたのに走ってくるやつがあるか!」


「だって敬ちゃんが見えたんだもん」


男の人に身を寄せて甘える彼女は、

タイル一枚分よりも遠く見えた。


僕の知らない表情。仕草。口調。

その一つ一つが窓の外に目を向けていた、大人びていた彼女を等身大の女の子にしていく。


どこか現実離れしたいたフィクションの存在がノンフィクションに。

なのに現実味が無かった。


雨の音がやけに遠く聞こえた。

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魔法少女というには烏滸がましい 雛田いまり @blablafi

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