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第3話 見出す以外答え無き問いへの応援コメント
正直、とても興味深く読ませていただきました。
拙作《次は、桜》でも、間森というキャラが似た問いを投げかけています。
もし本当に創造主が存在するのなら、
その存在は光合成すら設計し、
恒星内部の核融合すら成立させ、
さらには人類が未だ理解しきれないブラックホールまでも設計していることになります。
そう考えると、
人類が宗教的な人格神として「神」を定義しようとすること自体、少し不自然にも思えてきます。
むしろ、
「創造主など存在せず、
混沌とした宇宙が数十億年という時間の中で衝突と変化を繰り返した結果、
偶然の積み重ねとして現在の宇宙が形成されたのではないか」
とも考えられる。
あるいは、
「人類そのものが、
現時点における宇宙最高水準の知的生命なのではないか」
という逆説すら見えてくる。
宇宙は広大なのに、
なぜ文明の痕跡が見つからないのか。
それを考え続けると、
「宇宙とは何か」という問いは、
やがて「人類とは何か」という問いへ繋がっていく気がしています。
作者からの返信
『次は、桜』シリーズ非公開でしたか。
考え方の相違を感じたくて、ときどき見に行って、それが見れなくなって、疑問に思っていたので。
再開したら、また見に行かせてもらいますね。
第3話 見出す以外答え無き問いへの応援コメント
文芸部へのご参加、ありがとうございます。
「影は風々、吹かれるままに」というタイトル通り、風に吹かれて主を離れ、自由自在に舞い散る「影」の非日常的な映像美から、やがて「世界のあり方」や「自らの生」を見つめ直す哲学的な思索へと着地する、非常に知的で深みのある小説に引き込まれました。
■ 全体を読んでの感想
日常の些細な身体的違和感(耳鳴りや耳の中の水が抜けない感覚)が、誰も見たことのない不思議な超常現象(ありえざる風に吹き飛ばされる影たち)の呼び水となる導入から、一気に心を掴まれます。歩道に貼り付いたまま流れていく人々のシルエットや、主人から解き放たれて後ろ向きに滑っていく犬の影、回転する車輪の影が後退していく自転車など、その異質な光景の描写がとにかく鮮烈です。
カメラを用いて「認識」と「記録」のズレを検証しようとするSF・ミステリー的な展開や、この世がシミュレーション世界なのではないかという「シュミレーション仮説」への知的アプローチも極めてスリリングでした。しかし、それらが「内耳のむくみ」という医学的な身体の現実に一度綺麗に回収され、最終的には「光線が物体に当たって生まれた影のように、限られた条件の中で自らの存在を肯定し、その生を楽しんで生きる」という、穏やかで力強い人生哲学へと着地していく構成の美しさに、深く息を呑みました。
■ お題「共感覚表現」の活用について
本作における「共感覚表現」の扱い方は、単に一文の中での言葉のレトリック(装飾)に留まらず、「感覚の交差」という現象そのものを物語の最大のギミックでありテーマとして深掘りしている点が極めて画期的で、深く感銘を受けました。
・【耳鳴り(聴覚)が、風(触覚)を呼び、影(視覚)を動かす、多層的な感覚のドミノ】
主人公を襲う「耳鳴りがし、ありえざる風を感じ、その直後に影たちが地を滑り、消えていく」という一連の体験は、まさに「聴覚・触覚・視覚」が不可分に結びつき、互いのトリガーとなって脳内で混ざり合う、究極の「共感覚」の体現として描かれています。
・【ダイナミックな「感覚の交差」が生み出す映像美】
作中において、「影」という本来は無音で物理的な質量を持たない視覚情報が、「無音で乱暴に箒に掃かれる様に地を這い擦って」 行ったり、「梢の影は蛇の様に大きくのたうって細く伸び、しなる鞭の如く瞬時に動き、糸のようになって、すっと消える」 と、まるで触覚的な痛快さや音を伴うかのような躍動感を与えられて描かれています。また、四季の想像のシーンでも、「風が吹いて花弁と共に花の影も舞う」 や、「影が前後左右に揺れて自ら風を起こす様に動く」 など、光と風、色彩と触覚がパレットの上で美しく混ぜ合わされています。
■ 最後に
「共感覚」という言葉の持つ歴史や医学的なアプローチ、さらには「私たちが認識している現実は何なのか」という深い問いかけまでを一本の瑞々しいエンターテインメント小説に仕立て上げ、文芸部に新たな知的興奮を吹き込んでくださったことに、深く敬意を表します。
また部室にて、あなたの紡ぐ、深く心と思考を揺さぶる素晴らしい物語に出会えるのを心より楽しみにしております。
作者からの返信
御企画を見た時、「共感覚」を作品中に使っていたこの「影は風々、吹かれるままに」が企画に該当するなと参加いたしました。ご期待に沿える形となったようで、うれしいです。それと、なぜかときどき間違う「シュミレーション仮説」は「シミュレーション仮説」に修正しました。ありがとうございます。またなにがしかの企画に沿えそうであれば、応じたいと思います。