第11話:Sweetest Goodbye
あのホテルの件から和彦さんは変わった。きっとそれは私のせい。私が彼を愛せずにいることが彼を追い詰めてしまった。今も精一杯に気を使わせてしまっている。その自覚があるのに、私は彼に甘えてしまう。それなのに愛せないのだ。自己矛盾を抱えている感覚がずっと付き纏う。
和彦さんと付き合ってから、ここ最近まではそれなりに上手くやってきたと思っていた。「そこそこ」を大切にしている私が、そんな事をお構いなしに過ごせた恋人は初めてかもしれない。それほど自然体でいることが出来た。だから私も和彦さんなら愛せるかもと勘違いしてしまった。
いつからだろう。和彦さんと過ごしている時に少し記憶が朧げな時がある。初めは楽しくてあっという間に時間が過ぎてしまっていたからだとも思っていたし、大して問題に思わなかった。だけど、最近じゃ楽しかった事も嫌だなって思った事も、確かに思いはあったはずなのに、何にそれを思ったかが思い出せない。
それに可笑しな事もある。和彦さんが怒った原因の一つは“幸のことばかり”。そんな筈はない。もちろん私と幸は長年の友人同士だから、連絡をする事もあるし、和彦さんにも話した事もあるかもしれない。だけど、そんな毎日連絡している訳でもないし、それどころか月に数回するかどうか。“幸のことばかり”と言われるのは流石に心外だ。
…突拍子もないけれど、私はこの二つの懸念が無関係だと思えない。もしかしたら心の病気なのかもと思ったりもした。統合失調とかその類の病気なのかもしれない。だけど和彦さんと一緒にいる時だけ、なんてそんな都合の良いことがあるのだろうか。詳しい分野でもなく、素人考えで断定するのも駄目なのかもしれないけれど、そんな病気ではなさそうだ。
少し過去を必死に思い出せば、今まで付き合ってきた男性はどうだった。付き合った事は確かで名前も顔も思い出せる。付き合うきっかけもちゃんと覚えている。だけど、別れる前には何をやってきたか思い出せない。唯一、「愛されているとは思えない」と、口を揃えたかのように同じ事を言われた事だけは思い出せるのが苦しい。
こんな違和感ばかりが残る。恋愛に関して私は普通じゃないんだろうと、元から諦念の感はあったけれど、この状況はいくらなんでもおかしい。まるで意図的に私を恋愛から遠ざけている。そんな気がしてならない。
セックスだってそうだ。人並みよりは薄めかもしれないけれど、性に対しての関心や欲は私にもある。触りたいと思うし触られたい。触れればしっかりと感じるし、女性らしい反応も自然に出る。けれどセックスだけは無理だ。すればするほどに気持ち悪さが増していく。もうこれ以上は心が持たない程になっていた。次は吐いていたと思う。もしも最中に吐けば、ただでさえ自信を持ちにくい和彦さんは気落ちしてしまう。トラウマにしかねない。だから断っていたのかもという思いもある。結果、彼を爆発させてしまったけれど。
和彦さんにも違和感がある。あの一件以来、私を求める事はなくなった。私を気遣うようにしてくれているつもりなのだろう。だけど、私は知っている。罪悪感から彼を誘うように私が抱きついた時、微かに嗅ぎ慣れた香りがした。あれは間違いなく女性の匂いだ。それも…。憶測が過ぎる考えは飛躍しがちになってしまう。けれど…。今までの違和感。それが歪ながらも繋がってしまう可能性が頭に浮かぶ。
「そしたら私は…」
誰も聞いていない独り言が口から洩れる。同時にスマホにメールが届いた。和彦さんからだ。
“話があるんだ。今から会えるかな”
これはここまでという事だ。私は和彦さんを愛したかった。好きになりたかったんだ。想い想われ、素敵な人生を共に歩みたかった。でもそれは出来なかった。本当に出来なかったんだ。そのまま二人の関係が終わろうとしている。
涙が頬を伝う。今のうちに泣いておこう。出来るだけ思い出も思い出そう。きっともう忘れてしまう。それに彼の前では泣けないかもしれない。私の涙は私だけのものだけど、彼の前の私は、きっと私ではなくなるから。
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