【悲報】聖女召喚の余波で喚ばれた俺、スキル『翻訳』しかないと思ったら、世界を書き換える『神言』だった件。~女神も魔王も、俺の言葉には逆らえないそうです~

kuni

第1話

「――え?」


間の抜けた声が出た。


一瞬前まで、俺、相馬 蓮(そうま れん)は教室で退屈な古文の授業を受けていたはずだった。

窓際の後ろから二番目の席。

窓の外を流れる雲を眺めて、昼飯は何を食べようかと考えていた。


それなのに。


「成功だ……! ついに、聖女召喚に成功したぞ!」


視界を埋め尽くすのは、見慣れた黒板でも、あくびをする友人の顔でもない。

やたらと豪華絢爛なシャンデリア。

石造りの冷たい床。

そして、きらびやかな衣装をまとった外国人風の男たち。


「キャッ! な、なにこれ!?」


隣から悲鳴が上がる。

声の主は、クラスメイトの天道(てんどう)沙耶(さや)。

容姿端麗、成績優秀、性格も良いという、絵に描いたような学園のアイドルだ。


俺たちは巨大な魔法陣の上に立っていた。

状況を整理する間もなく、目の前にいた太った男――王冠を被っているから王様だろうか――が大げさに両手を広げる。


「ようこそ、異世界エルディアへ! 救世の御子たちよ!」


異世界。

その単語を聞いた瞬間、俺の中で何かが冷たく落ちていくのを感じた。


まさか。

そんな、小説みたいなことが。


「さあ、まずは能力(ステータス)の鑑定だ! 水晶の前に!」


兵士たちに促され、俺たちはわけもわからず巨大な水晶玉の前に立たされた。

まずは沙耶からだ。


彼女が震える手で水晶に触れると、部屋全体が眩い黄金の光に包まれた。


『おおおおおっ!』


周囲の大人たちがどよめく。


「す、素晴らしい! スキル『聖女の祈り』に『光魔法・極』……! 魔力値は測定不能だと!?」


王様の隣に立っていた、派手なドレスの女――王女だろうか――が、扇子で口元を隠しながら恍惚とした表情を浮かべる。


「間違いありませんわ、お父様。彼女こそが伝説の聖女です! これで我が国の未来は安泰ですわ!」


沙耶は戸惑いながらも、周囲の熱狂的な視線に少しだけ安心したような顔を見せた。


「じゃあ、次はそっちの男だ」


王女の冷ややかな視線が俺に向けられる。

沙耶に向けられたものとは、温度差がありすぎる。


俺はおずおずと水晶に手を触れた。


……シーン。


光らない。

何も起きない。

ただ、水晶の中に文字が浮かび上がっただけだ。


「……なんだこれは?」


王様が眉をひそめて水晶を覗き込む。


「魔力値……5? 一般市民より低いではないか」

「スキルは……『翻訳』? プッ、なんですのそれ?」


王女が鼻で笑った。


「言葉がわかる? そんなもの、召喚の際の自動付与で誰でも持っていますわよ。つまり、この男の固有能力は『ただ言葉がわかるだけ』ということですの?」


部屋の空気が一変する。

期待と熱狂から、失望と軽蔑へ。


「おい、宮廷魔術師長! これはどういうことだ!」

「も、申し訳ありません陛下! どうやら聖女様を喚び出す際、近くにいた波長の合う異物が紛れ込んでしまったようで……」


異物。

俺は、異物なのか。


「ふん。聖女召喚の余波で喚ばれたゴミか。紛らわしい」


王様は吐き捨てるように言った。

俺の存在など、道端の石ころ以下だと言わんばかりだ。


「待ってください!」


沙耶が声を上げた。


「蓮くんは巻き込まれただけなんでしょ!? だったら元の世界に帰してあげてよ!」


「無理ですわ、聖女様」


王女が冷たく言い放つ。


「送還魔法は、召喚魔法以上に膨大な魔力を消費します。国宝級の魔石を使っても、一人を送り返せるかどうか。そのような貴重なリソースを、無能なゴミに使うわけにはいきませんの」


「そ、そんな……!」


「それに」


王様が下卑た笑みを浮かべる。


「こやつを城に置いておくわけにもいかん。タダ飯ぐらいを養う余裕は我が国にはないのだよ。おい、連れて行け」


「はっ!」


ガシャン、と鎧の音が鳴り、屈強な兵士たちが俺の両脇を掴んだ。


「やめろ! 離せよ! 俺だって来たくて来たわけじゃないんだぞ!」

「うるさい! 陛下の御前だぞ!」


みぞおちに強烈なパンチが入る。

息が止まり、俺はその場に崩れ落ちそうになった。


「蓮くん!」


沙耶が駆け寄ろうとするが、別の兵士たちに阻まれる。


「聖女様、お下がりください。貴女は選ばれた存在なのです。あのような不純物と関わってはなりません」


「いやっ! 離して! 蓮くんを見捨てないで!」


沙耶の悲痛な叫びが響く中、俺はズルズルと引きずられていく。

王女が、ゴミを見るような目で見下ろしながら言った。


「転送先は『奈落の森』にしなさい。あそこなら、魔物の餌になってすぐに跡形もなくなるでしょうから」


「承知いたしました」


奈落の森。

その響きだけで、死刑宣告だとわかった。


「……ふざ、けるな……」


俺は痛みをこらえ、王女を睨みつけた。


「なんだ、その目は?」


「勝手に喚び出して、勝手に失望して、死ねって言うのか……! 俺は、お前らを絶対に許さない……!」


王女は不快そうに顔を歪めた。


「生意気な口を……。ええい、さっさと消しなさい!」


魔術師が杖を振るう。

俺の足元に、先ほどとは違う、どす黒い魔法陣が展開された。


「蓮くんーーーッ!!」


沙耶の絶叫が遠ざかっていく。

視界が暗転し、浮遊感が俺を包む。


最後に目にしたのは、ニヤニヤと笑う王様と、あくびを噛み殺す王女の顔だった。


     ◇


ドサッ。


硬い土の上に投げ出された。

湿った空気。

腐敗臭と獣の臭い。


「……ここが、奈落の森……?」


鬱蒼と茂る木々が、空を完全に覆い隠している。

昼間のはずなのに、ここは夜のように薄暗い。


遠くで、得体の知れない獣の咆哮が聞こえた。


終わった。

何もかも。


俺には剣の心得もなければ、魔法も使えない。

あるのは、王女に鼻で笑われた『翻訳』スキルだけ。


「……クソッ」


地面を拳で叩く。

悔しさと恐怖で、涙が滲んでくる。


あいつら、絶対に許さない。

もし生き延びられたら、あいつらに地獄を見せてやる。


……いや、無理だ。

俺みたいな無能力者が、どうやって?


ふと、視界の隅に半透明のウインドウが表示されているのに気づいた。

これがいわゆる、ステータス画面というやつか。


----------------------------

名前:相馬 蓮

種族:人間(異世界人)

職業:なし

レベル:1


スキル:『翻訳』

----------------------------


本当にこれだけだ。

攻撃力も防御力も、すべてが一桁。

スライムにすら勝てないだろう。


俺は自嘲気味に、唯一のスキルである『翻訳』の項目をタップした。


詳細説明が出る。


『翻訳』:あらゆる言語を理解し、意志を疎通させる能力。


「……はは、やっぱりゴミじゃねーか」


そう呟いて、ウインドウを閉じようとした時だ。

説明文の下に、小さく続きがあることに気づいた。


ん?

なんだこれ。


文字がぼやけている。

目を凝らして、その先を読もうとした。


『翻訳』とは――


――言葉の壁を取り払うだけにあらず。

――万物の理(ことわり)を読み解き、定義し直す力なり。

――汝が言葉を発する時、世界はその意味に従う。


「……え?」


定義し直す?

世界が意味に従う?


どういうことだ。

ただの外国語翻訳じゃないのか?


その時。

背後の茂みがガサリと揺れた。


振り返ると、そこには巨大な影があった。

赤い瞳。

鋼のような体毛。

体長3メートルはあろうかという、巨大な狼のような魔物が、涎を垂らしてこちらを見ていた。


「グルルルルゥ……」


殺気。

純粋な捕食者の視線。


死ぬ。

食われる。


身体が恐怖で硬直する。

声も出ない。


魔物が大きく口を開け、俺の喉笛めがけて跳躍した。


スローモーションのように迫る牙。

俺の思考は恐怖で真っ白になりかけ――その瞬間、さっきの文章が脳裏をよぎった。


『汝が言葉を発する時、世界はその意味に従う』


もしかして。

いや、まさか。

でも、やるしかない。


俺は震える唇で、迫りくる死に向かって、本能のままに叫んだ。


「――止まれ!!」


キィィィィン……!


空気が、凍りついたような音がした。


目の前で。

俺の鼻先数センチのところで。

巨大な魔物が、空中で静止していた。


まるで、ビデオの一時停止ボタンを押したかのように。

重力すらも無視して、その場に縫い止められている。


「……は?」


俺は自分の手と、固まった魔物を交互に見比べた。


止まった?

俺が、止まれと言ったから?


これが、『翻訳』?

いや、違う。

これは翻訳なんて生易しいものじゃない。


俺の言葉が、現実を書き換えたんだ。


静止した魔物の前で、俺はごくりと唾を飲み込んだ。

鼓動が激しく高鳴る。

絶望の底で、小さな、しかし強烈な光が見えた気がした。


俺はまだ、死なない。

それどころか。


「……あいつらに、吠え面かかせてやれるかもしれない」


暗闇の中で、俺は一人、獰猛な笑みを浮かべた。

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