【SIDE テレコ】魔法薬
サラサ・グリムブラッド・ガブリエラに関していえば、テレコはそれほど知っているわけではない。
ただ幼い頃に舞踏会で顔を見たことがあるし、なんどか言葉を交わしたこともあったはずだ。
兄の背に隠れて不安そうにあたりを伺う気弱な少女である。
ミドルネームの
それはかつて魔王を討伐した先祖がいることの証であり、だからこそ人々から尊敬を集めている。きっと彼らは次の魔王期に我々を助けてくれるに違いない、と。
少なくとも幼い頃のテレコの印象では、サラサが勇者の器だとは到底思えなかった。
どころか、政略結婚の駒として使うことこそがもっとも役に立つ少女のように思えた。それだけ少女の容姿が優れているという意味でもあるが。
そんな少女が、冒険者の仲間を集めている。テレコに悪寒が走った。
——君が勇者となって世界を救うんだよ
テレコの頭の中でいつもの言葉が鳴り響く。
それはテレコの信念で、何を犠牲にしてでも叶えなければならないこと。
——君が勇者となって世界を救うんだよ
テレコは現在魔法学園時代の仲間とパーティを組んでいるものの、そのメンバーでは魔王討伐は力不足だと感じている。だからこそ召喚戦士を加えたいが、まだ召喚魔法を行ってから日が浅いため新たな召喚はできない。
また、召喚した戦士がしっかり戦力になるとも限らない。
なにせ一度呼び出したその戦士は、白い粉を生み出すことしかできなかったのだ。
もしサラサがなんらかの力を発揮して、優秀な仲間を見つけるとすれば。
その力強いパーティが研鑽を積み、魔王に挑戦する資格を得たとすれば。
先を、越される。
テレコの中に沸々と不安が湧き上がり、胸が潰れそうになった。
◆ ◆ ◆
町外れにある酒場。
セントラル・バルの客が急激にそこに吸われているという。オーナーの話によれば、悪い薬に毒されている、とも。
その話を全面的に信じることはないが、サラサの現状を確かめることは必要だ。オーナーの話が真実だとすれば、それはサラサの弱みにもなる。
食事を終え、テレコは街娘に変装した。変装とはいっても魔法なので、髪の色も肌の色も変えることができ、到底この姿からテレコを想定することはできない。肩に乗るメビルリムザが目立つので、
セントラル・バルの客層が変わったとはいえ、顔見知りがまったくいなくなったというわけではない。店の角で一人で飲んでいる短躯で小太りの長物を持った男。彼は以前からいた気がする。
テレコは近づき、話しかけてみる。
「ねぇ、一人で飲んでるの?」
「なんだいお嬢ちゃん。ここは冒険者の集う酒場だぜ。特にオレのような危険な男に近づいちゃいけねぇ。怪我、するぜ?」
なぜか彼はシパシパとまばたきし出した。
あ、ウィンクのつもりなんだ、とテレコは後から気がついた。
「たぶん平気だと思うよ」
「そりゃ大層な自信だなぁ。まぁオレのことを知らないからそんな風に普通を気取っていられるのさ。ただ、この広い店内からオレを見つけた嗅覚の良さは褒めてやってもいいけどな」
そういって男はテレコの鼻をちょんと触った。
テレコは思い出した。そうだ、この男は非常にキザな男なのだ。以前から、テレコに対して身分差も弁えずに口説き文句を口にしていた。そのときはなんだこいつと思ったが、いま再びなんだこいつはと思うとは。
しかし、この調子であれば知ってることをなんでも喋ってくれそうだ。
「あんたを探してたわけじゃないわ。えっと……ノルワルディを探しているの。ここによくくるって聞いてたんだけど」
ノルワルディはたんまりと髭を蓄えた大柄の斧使いで、地元出身のAランクパーティ冒険者だ。テレコも名前を知っているほどの有名人で、セントラル・バルの常連だったはずである。
「なんだい、あの親父の知り合いかい?」
「知り合いってほどじゃないけど、ちょっと用事を頼まれたのよ」
「おいおい、奴は冒険者だぜ。きっといまもどこかで誰かを助けてるのさ。冒険者ってのはそんなもんさ。お嬢ちゃんもなんかあったらオレを頼るといい。悪いようにはしねぇ」
この男のいう通り、常連がたまたま見つからなかったからといって別の店に鞍替えしたとは限らない。冒険者に限らず、誰しもにここにこない理由が無限にあるだろう。もしそうだとすれば、ノルワルディの名前を出したのはハズレだったということだ。
と、思った矢先のことである。
「まぁ、そもそも奴は最近この店にはこねーんだ。他にお気に入りの店ができたらしいぜ」
「どういうこと?」
「…………いや、これは本当に危険な話なんだ。お嬢ちゃんを巻き込むわけにはいかねーな」
「どうして?」
キザったらしい男の話に合わせるのに飽きてきたテレコは、少しオーラを放つことにした。
それは攻撃的な魔力の層であり、テレコの体から溶け出すように男の体を少しずつ飲み込む。
テレコからすればごくわずかなそれはしかし、圧倒的レベル差があれば殺気へと変質する。
たとえ人の心の機微に疎い無神経な男だったとしても、同じ戦士を前にしていると理解すれば態度も変わるようだった。
まるで化け物でも見るかのように男の目は見開き、みるみるうちに脂汗が浮かび始めた。
「……お嬢ちゃんは……いったい……」
「別にあたしは危険も関係ないから。だから改めて聞くけど、ノルワルディの新しいお気に入りの店ってなに? あたしに話せない話があるの?」
喉でも乾いたのか急いで酒に手を伸ばし、それをごくりと飲み干して男は言った。
「い、いや、そ、そういうわけじゃ。ただ、あの店は危なくてよ。あそこの店の店員は、ひと月ほど前からこの店の周りをうろついてたんだ。そ、それで……おかしなもんを配ってたんだよ」
「……へぇ。何を配っていたの?」
「いや、わからねぇ。オレも渡されそうになったが、怖くて受け取れなかったんだ」
「どうして? 何が怖かったの?」
「配っていたのは小袋だった。売人は、それをただでくれるってんだ。ただ、だぞ!? そんなものは、怖すぎるじゃねーか」
冒険者とは思えない臆病さである。一方で、だからこそ生き残ってるのかもしれないが、この男が大事を成すことはきっとない。
「小袋? 中身は?」
「知らねぇが、ニンニクを炒めた匂いがしたぜ。それをセントラル・バルの飯にかけて食えって言うんだ。しかしそんなことできるわけねぇだろ。知らない人から貰った飯なんて、喉を通るわけがねぇ!」
「ノルワルディは食べたの?」
「ステーキにかけて食ってたさ。よだれをたらしながらな」
「とっても美味しかったのかしら。あんたは食べたいと思わなかったの?」
「いや……あれはきっと、魔法薬だぜ……怖くて食えるかってんだ!」
オーナーの話は正しかった?
少なくともこの男は同様の認識をしているらしい。
ところで魔法薬、とは魔法の効果を粉の媒介に宿したものである。
例えば
ただしそれは熟練の魔法使いが上手く加工を施した場合であり、多くは思ったような効果が得られなかったり反対に体にダメージを負ってしまったり非常に難しい方法だ。
だから基本的に、ミーチュリアでは魔法薬の使用は禁止しており、違反すれば国家反逆罪に該当する。
「そうなんだ。じゃあノルワルディを助けに行かなきゃ」
テレコはセントラル・バルを後にした。
もし魔法薬を無許可で精製しているのであれば、それだけで責任者を縛首にすることができるだろう。サラサはそれに関わっているかはわからないが、嫌疑をかけて一族諸共追放してしまえば勇者になることはほぼ不可能だ。没落貴族に有能な仲間など集まるはずがないからだ。
サラサが勇者になる。
それはわずかな可能性。そんなわずかなものでも、潰す意味がある。
微に入り細をうがってこそ、テレコが勇者になるという現実は訪れる。
宮廷に戻ったテレコは灼熱酒場及びヒートレオンへの嫌疑を書類にしたため、諜報院に何が起こっているか調べるよう指示した。諜報院が行うことは実際の灼熱酒場の経済活動を調べることではない。灼熱酒場における国家反逆行為の証拠を見つけることだ。
そして、証拠は確実に見つかる。
なぜならば証拠は確定的である必要がなく、虚実が混じろうともそれらしければ民衆は納得せざるを得ないから。
王族とは、法なのだ。
だからこの問題は、テレコが行動を開始した時点で結果は決まっている。
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