【SIDE テレコ】その日の出来事

 ミーチュリアはいい国だ、と目の前に広がる光景に改めてテレコは思った。

 魔王期が迫っているにも関わらず目抜通りは活気に満ち溢れ、ギルドでは日々冒険者たちが仕事を受け取り国秩序を保っている。


 ギルド。

 人々の困りごとを集め、それを冒険者に依頼する中で個々人が磨かれ、積み重なって強い国となる礎。


 その中で鍛えられた冒険者の層の厚さは、ヴィジリスタンや銀鱗の比ではないだろう。だから勇者が生まれるとすれば、きっとこの国からだとテレコは確信している。


 この国で一番になることこそ、勇者になるための条件。


 王族としての雑務をこなし、日々国民に顔を売る。

 ひとえに勇者になるために。


 その中で、市井に降りることは大切なルーティンだ。テレコは王族のため、重要な依頼は探さずとも陳情として舞い込んでくる。それでもギルドに向かうのは、有能な冒険者を見定めておくため。いわばライバルの偵察だ。


 スイングドアを押してテレコが中に入ると、皆が立ち上がり顔を向ける。

 気持ちよくもあるが、しかし気の良い貴族としてテレコは皆に声をかける。


「いつも言ってるでしょ。気にしないでって。座ってても怒んないし」


「さすがテレコ姫だ……なんとお優しい」

「いつみてもお美しい!」

「メビルちゃんも一緒よ! かわいい」

 

 テレコが歩けば、道を開けるように人が割れる。

 カウンターにまっすぐ向かい、旧知の受付に話しかけた。


「どう? 最近は」

「テレコ様、ごきげんよう。特に目新しいことはありませんね〜。S級の依頼はほとんど避けられますから、いずれ宮廷に話がいくかもですね」


 冒険者への依頼は、ギルドによってランク付けされる。

 難易度に応じてEからSまで存在し、Sランクの依頼は命の危険も高く冒険者養成学園や、あるいは宮廷に流れることが多い。


 そして宮廷に話がいくということは、クリアできる冒険者は市井に存在しない、ということだ。


「ふーん。本当に修練が足りないわね。ミーチュリアの冒険者がそんなことでいいのかしら」

「本当に王族が頼りになるので安心ですね〜」

「……テレコは素直じゃないぬ」


 メビルリムザが突き出した目でぎょろぎょろとテレコの方を見てきた。

 鬱陶しい使い魔だとテレコはうんざりする。


 実際問題、テレコは安心した側面がある。ギルドでSランクの依頼をクリアできないとすれば、自分のライバルはここにはいないということ。


 メビルリムザは確かにテレコの弱気をついたし、それはテレコにとって隠したいことだ。

 だからそれを覆い隠すために、テレコは宣言する。


「民間の冒険者が不甲斐ないのは想定内。困ったことがあれば王族に頼ればいい」

「ミーチュリアの民は幸せです」


 ——君が勇者となって世界を救うんだよ


 そう。

 勇者になるのは自分。


 それこそが王族である自分の使命だ。


  ◆  ◆  ◆


 ギルド偵察後、昼食時だったためテレコはセントラル・バルに入ることにした。

 この場所は冒険者の溜まり場であり、ここの雰囲気を確かめることもまた重要だ。


 冒険者の士気は高いか、規律は守られているか、何か問題はないか。話が漏れ出すのは、大抵アルコールのある場所だとテレコは知っている。


 しかしこの日、テレコは店内に入った瞬間にいつもと違う空気を感じた。

 

「……なんだか人が少ない?」

「そうかぬ?」


 メビルリムザは感じないだろうか。

 テレコはもう一度あたりを見渡したが、確かに席はほぼ埋まっていた。客が減っているようなことはないみたいだ。


 そして目を凝らして見る中で、テレコはそう感じた理由に気がついた。


 ——客層が、変わってる


 見渡しても、ほとんど知った顔が目につかない。

 いつもテレコに羨望の目を向ける若い剣士も、たんまりと髭を蓄えた大柄の斧使いも、銀のローブに身を包んだ聡明な魔法使いもいない。


「おい、テレコ様だ」

「うわぁ本当だ、かわいい」

「こんな近くに、すごいな。握手してもらおうかな」


 反応が初々しく、そう思って見ると冒険者の格好もやや粉なれていないように感じる。この場所はギルドのすぐ近くなので、ベテラン冒険者の溜まることが多かった。そのはずが、明らかに初級冒険者が増えていた。


 テレコが王族専用の個室に案内されると、いつものようにオーナーの男が妙な笑顔を浮かべながら注文を取りにきた。


「テレコ様、いつもお世話になっております。エクシミリティ家のおかげで我々は今日も安心して商売ができています」

「ううん。いいよ。励みなさい」


「もちろんでございます。……ところでテレコ様、一つご相談がございます」

「何かしら。また借金の話?」


「そうではございません。実は最近、ある噂を耳にしておりまして、それがこの街を危機に陥れているやもしれません」

「? 魔族関連の話であれば、ギルドに依頼すればいいでしょ。最終的にあたしまで降りてくるかもしれないけれどね」


「いえいえ、もっと別の話でございます。……あまり大きな声では言えないのですが、この街が悪い薬に毒されているやもしれません」


 オーナーの話によれば、なんでも最近街ハズレにある酒場が、急速に人気店になっているという話だった。既存の店ではなく、もともとあった店が不自然なほど客を集めている。その店は、立地も悪いし衛生管理の証もないため生肉からの調理もできない。にも関わらず、ここ数日は異常なほどこの付近の客を吸い込んでいる。


 なるほど、だからこの店の客層が変わったのかとテレコは腑に落ちた。

 常連客が奪われたのだ。


「何やら変な薬を使っているようでして、魔法薬なんて噂もあります。こっちとしちゃあ本当に迷惑な話です」


 変な薬、が何を指すかわからないが、しかしそれは情けない話に聞こえた。


「つまり、客を取られたからなんとかしてっていう弱音?」

「——い、いえ、決してそんなわけじゃあ——」


「未熟だぬ。店の人気がなくなったのを他店のせいにするのは」


 メビルリムザもテレコと同意見の様子。

 図星のようで、オーナーは慌てふためいていた。


「決してそういうわけでは……ほ、他にもおかしな噂があるのです!」

「一応聞こうかしら」


「その店では屈強な冒険者を集めているらしく……しかも主導しているのがガブリエラ家のご令嬢とのことで……」

「ガブリエラ家の……御令嬢?」


 貴族が関わり屈強な冒険者を集めているとすれば、それはきな臭さがないこともない。


 オーナーはその後、思い出したかのようにテレコたちの注文を受け、テーブルに料理を並べた。

 ジューシーで豪快なステーキは大味だが、旨い。


 立地も抜群だし、これで客が減るのは確かに妙だという気もしなくはない。

 テレコはオーナーの男を改めて呼んで、尋ねた。


「その御令嬢って、サラサ・グリムブラッド・ガブリエラ?」


 オーナーは怪訝な表情で頷いた。

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