第16話 狩人2
——お前は大丈夫だ(be all right)
カイルはヨハンセンを失ってから、休暇を取った。防具の手直しが必要だったから、カイルはかつて世話になった竜人の老師を訪ねた。老師の家は以前と変わらなかった。リザもいた。家屋の中には書物と薬瓶が並び、紙の匂いと薬草の甘苦い香りが混じり合っている。空気は温かく、わずかに湿っている。壁際の棚には古い巻物が積まれていた。硝子瓶には淡い色の液体が保管されていた。全てがランタンの光を受け、影が淡く揺れていた。
家の奥には老師の鍛冶場がある。書物と薬瓶の並ぶ部屋を抜けると、空気の匂いが変わる。乾いた紙と薬草の香りに、鉄と煤と油の匂いが混じりはじめる。
そこが老師の仕事場だった。低い天井の下に、小さな炉が据えられていた。壁は長年の熱で褐色に焼けていた。梁には煤が層を成している。床には金属屑と木屑が散らばり、足を運ぶたびにかすかな音を立てる。炉のそばには木製の棚があり、その上には巻物と道具が混在している。鍛冶の手順を書き留めた紙の横に、薬草の乾燥束が吊られていた。硝子瓶の隣に何種類もの砥石が置かれていた。
ヨハンセンを失ったことを、カイルは竜人の老師に話した。老師はカイルの話を真剣に聞いてくれた。老師はブロンドの髪とひげを持っていた。大きな傷が顔にあり、その部分が赤く盛り上がっていた。老師は真剣に思い詰め、十分に考えた末に「誰も完ぺきではない」と呟いた。
「儂は、死に立ち向かう勇気がないから鍛冶屋になった。」
老師は、静かにそう言った。
老師の正直さが、カイルには好ましいものに思えた。それは単なる弱さではない。老師は武器防具や日用雑貨に至るまで、ありとあらゆる加工品と向き合っていた。狩人が突然、竜の逆鱗を持ち込んでくることもある。そういう時、老師は無言で頷き、逆鱗を真剣に見つめていた。
カイルは老人のその眼差しが気に入っていた。老師はたたら炉で逆鱗と鋼の混合物を作り出し、それを鍛え上げることに全神経を注いだ。そうして鋼を鍛え、焼き入れと焼き戻しの処理を施す。そのようにして美しい胴当てを作り出した。カイルにとって、竜の老師は分別をよくわきまえていて、そして賢明な人物であるように見えた。
老師と共に暮らす竜人の娘リザは、カイルと老師の良い聞き役を務めてくれた。リザの物腰は柔らかく、その声は日向のように明るい。カイルはつい、弱音を吐いてしまうことがあった。
「自分自身を英雄と考えることは難しい。オレのかわりにヨハンセンが死んだような気がする。彼は雄々しく死んだ。そう思いたい。そう思わないとやり切れない。」
カイルの言葉に対し、リザは言葉ではなく、カイルの両手に手を添えることで励ましてくれた。その手は柔らかい娘の手ではなかった。硬くしっかりとした鍛冶屋の掌だった。ただの不思議な娘ではない。しっかりと現実に根を下ろした母性的な面を備えているのだ。
リザがどこから来たのか、老師も知らなかった。勝手にこの場所に居ついたのだという。彼女は老師から鍛冶の技を学び、そして老師の手伝いをして過ごしていた。
リザはカイルに短刀を作ってくれた。美しく彫刻を施した腕輪を作ってくれた。カイルはお金がないよ、と言ったが、リザは首を横に振った。
「私が、貴方につけてほしいと願っているの。」
それから思い詰めた表情で、リザは目を伏せた。
「作ることがやめられないの。」
リザはそう言って、奥の間に去ってしまった。
老師が、難しい娘だ、と言った。
休暇が終わると、カイルはすぐに竜狩りの仕事を請け負った。カイルは各所にトラバサミを仕掛け、視界に全神経を集中して、水田のあぜ道を歩きつづけた。
自分自身を
そして藪の中から小型竜達が現れた。正確な数は分からない。竜が吼え、咆撃を発した。カイルは予測していたから、それを盾で受け止めて反撃に移ることができた。ゆっくりと後退するふりをしながら、トラバサミのある場所までおびき寄せる。竜達はじりじりと包囲網を狭めるように動いた。瞬間、一匹の小型竜が叫び突進した。他の竜達も堰を切るように突進を開始した。
その時にはもう、カイルはトラバサミの罠を仕掛けた場所まで移動を完了していた。トラバサミが小型竜達の動きを封じていた。カイルは咆撃に注意しながら、魔剣を振るい、一匹ずつ竜を屠った。魔剣を振るごとに、群れは確実に瓦解しようとしていた。
小型竜達を行動不能に追い込んだ瞬間、群れのアルファが姿を見せた。中型竜。その威容がカイルを圧倒した。
中型竜が吼えた。
迫力に呑まれまいとカイルも無意識に咆哮していた。
中型竜は咆撃を吐き出し、カイルは中型竜の足もとに飛び込んだ。カイルが魔剣を振るい、中型竜が飛び跳ねて避け、太い尾を振るう。カイルはその衝撃を盾で受け止めたが、瞬間、体全体が浮き上がった。中型竜がカイルに向けて咆撃を放ち、同時にカイルは中型竜に短剣を投げつけた。
咆撃があらぬ方向に逸れ、カイルは中型竜に魔剣の斬撃を放った。
カイルの斬撃は深く中型竜の肉体に沈んだが、それは中型竜の動きを止めなかった。
中型竜がカイルを砕かんとして牙を剥き出し、カイルは魔剣を引き抜いて後退した。
中型竜がカイルを踏み砕こうと動き、カイルはその一瞬、中型竜が飛び跳ねようとしたその一瞬に魔剣を中型竜の喉元に突き刺した。
浅い。
中型竜が体当たりでカイルの肉体を空中に吹き飛ばした。避けようもなかった。カイルは空中で態勢を立て直し、次の瞬間、中型竜が咆撃を吐いた。
カイルが無事だったのは偶然ではなかった。竜の咆撃は魔法ではない。咆撃は、竜が全身の筋肉で内圧を高め、体内の爆発物を発火させて放たれる。喉を裂かれた中型竜にはそこまで内圧をためることは出来なかった。竜の咆撃が不発に終わった瞬間、カイルが中型竜に走りよった。渾身の力を込めて、カイルは中型竜の首に最後の一閃を与えた。中型竜の首がぐらりと傾き、巨大な頭部が音を立てて地面に落下した。
時間がかかり過ぎていた。小型竜二匹が復活し、消耗したカイルに迫っていた。カイルは回り込むように移動した。小型竜の咆撃を避けつつ接近し、そして小型竜の胴体を切断し、切り返す刃でもう一匹の首を刎ねた。
それが決着だった。腹を開いて中型竜の逆鱗を探し、体表面の鱗をなぞる。巨体の向きを変えて再び体表面を探る。竜鱗は見つからなかった。中型竜の腹を裂き、臓器を一つ一つ手で触れて確認する。肺の片方に食い込んだ逆鱗があった。カイルはそれをナイフで切断した。
再び小型竜達が復活しようとしていた。現場ではこれが最も恐ろしい。竜の逆鱗を探す間に別の竜が復活し、無限に闘争せねばならなくなるのだ。カイルは中型竜の逆鱗を手に、小型竜達の方向へと駆け寄った。魔剣を持つ手に力を込める。カイルは気負いも不安も感じていなかった。少しずつ、竜達の逆鱗を削いていけばいい。そのように割り切って行動できるようになっていた。カイルは嗤っていた。嗜虐心がカイルの全身を支配していた。
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