二日目 ――「最強の武器は知識!鉄オタが語る『軸受け』革命」
1 絶望の朝と嘲笑の朝
鉱山二日目の朝。ハルトは絶望の中、トロッコ押しの持ち場に立っていた。
今日のトロッコは、鉱石を“これでもか”というほど詰め込んでいる。
古参いわく「新人の二日目は地獄」。理由は、この“重さ”だった。
「よし、押すぞ!」
掛け声とともに、ハルトは全力でトロッコに肩を当てた。
だがすぐに分かる。重い。まったく動かない。
「っ……重……!」
「最初は誰でもそうだ、焦るな新人!」
古参の励ましとは裏腹に、土の地面は轍だらけで、トロッコはすぐにつっかえて止まる。
(これ……どう考えても……地面が悪すぎるんだ……)
ハルトは息を切らしながら、ふとトロッコの底を見た。
車輪は太い木製。軸は一本の棒に通しただけ。
その単純な構造が、かえって動きを鈍くしている。
(こんなの……レールがあれば……)
思わず、口からこぼれた。
「……レールでも敷けば、もう少し楽になるのに……」
瞬間、辺りの空気が固まる。
そして。
「「「レ……?」」」
周囲の炭鉱夫たちが、一斉にハルトを見た。
「なんだそれ」
「レル? レルって何の道具だ?」
「おい新人、寝ぼけてんじゃねぇぞ。そんなもん聞いたことねぇよ」
ハルトは戸惑った。
まさか“レール”という概念すらないとは思わなかった。
「いや……その……車輪が進むための、長い板……みたいな……」
説明しようとするが、すぐに笑い声が起こる。
「ハハッ! なんだそりゃ!」
「そんな夢みたいな板があったら、誰も苦労しねぇよ!」
「お前、王都の机上の空論持ち込むつもりか? 面白れぇ!」
坑道全体が笑いの渦に包まれる。
ハルトは顔が熱くなるのを感じながら、視線を落とす。
(……そっか……この世界にはレールそのものが無いんだ……
なら……俺の言ったことは“意味不明”にしか聞こえないよな……)
レールがない世界。
人力で押して当たり前だと思っている世界。
改善しようという発想自体が存在しない空気。
胸の奥がじわじわ冷えていく。
2 現代知識通用せず
だがその時――
「おい、何を騒いでいる」
低い声が坑道に響いた。
ディランだった。
周囲の笑い声が途切れ、全員が背筋を伸ばす。
「デ、ディランさん……いや、その、新人が変なこと言うから……」
「変なこと?」
ディランはハルトを見る。その眼は笑っていない。
「ハルト、今なんと言った?」
「……レール、という……長い木の板で……車輪が……」
再び説明しようとしたハルトを遮るように、古参たちが口を挟む。
「そんな謎の道具、ここにはねぇんすよ。作れねぇし!」
「木材揃える暇もねぇんだ、夢みたいな話は――」
「うるさい」
ディランの一言で坑道が静まった。
彼はハルトへ向き直る。
「ハルト。レールという案、興味深い」
ハルトは驚いた。誰も理解しようとしなかった言葉を、ディランだけが拾った。
「だが――」
ディランは淡々と続ける。
「ここには長い木材も、人手も、そんな余裕もない。
今すぐにできる案ではないな」
「……はい……」
当然だと思った。
レールの方がずっと便利だが、ここで作れるはずがない。
3 ハルト、さらに考える
でも――ハルトの脳は止まらなかった。
(レールは無理でも……抵抗を減らす方法なら……)
(車輪と軸の摩擦を……もっと小さくできれば……)
頭の中で、別のアイデアが浮かぶ。
(……そうだ、軸受けなら……!)
ハルトは息を吸い、勇気を出して言った。
「じゃあ軸受けはどうでしょうか?」
再び周りの男たちがざわつく。
「ジク……?」
「なんだその奇妙な呪文は」
「新人、今度は何を言い出すんだ……」
だがディランは目を細めた。
「ハルト。説明してみろ」
「はい!」
ハルトはトロッコの車輪に触れながら話した。
「今のままだと、車輪が、ただ軸に通してあるだけですよね。
だから摩擦が大きいんです。重いし、引っかかるし……」
「うむ」
「でも、軸と車輪の間に薄い板や丸い輪を挟めば……
摩擦が減って、車輪は軽く回ります。
作り方は簡単で……木でも金属でも、削ってはめるだけで……」
周囲の炭鉱夫たちは、さっきのようには笑わなかった。
レールと違い、これは現実的な加工の話だからだ。
「……つまり、軸と車輪の間に、滑りをよくする部品を入れる……そんなところか」
「はい!」
ハルトは頷いた。
「レールみたいに大掛かりじゃなくても……
今よりずっと楽になります!
トロッコ一つ作るだけなら……!」
ディランは一度目を閉じ、そして言った。
「……レールよりはるかに現実的だ」
静かな、しかし確かな声。
ハルトの胸が熱くなる。
「本当ですか?」
「レールは無理だ。だが“軸受け”……その仕組みなら作れる可能性がある。
鍛冶場の連中に話を通してみる価値はあるな」
古参たちも、渋い顔をしながら頷く。
「……たしかに、車輪が軽く回れば……」
「押すのは楽になるよな……」
「まさか……こんな新人の案を試すことになるとは……」
さっきまで笑い声だった坑道に、
今は小さな期待が混じり始めていた。
4. 小さな、そして確かな一歩
ディランはハルトの肩を軽く叩く。
「午後、時間を作ろう。鍛冶場へ行くぞ、ハルト」
「……はいっ!」
「お前の言葉――全部が夢物語とは限らん。
試して確かめるだけの価値はある」
ハルトは思わず顔を上げた。
(こんな世界でも……誰かが“聞こう”としてくれるんだ……)
その瞬間、昨日まで沈んでいた胸の奥に、小さな火が灯る。
そしてハルトはトロッコに手を添えた。
筋肉は悲鳴を上げる。汗も止まらない。
それでも――心は軽かった。
まだ何者でもない自分の言葉が、
この鉱山に“変化の芽”を落としたのだ。
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