第6話:コックピット
第6話:コックピット
父が屋根裏から降ろしてくれた機材や、古い雑誌を頼りに二人で買い足した測定器などで、わたしの机周りは日に日に様変わりしていった。
黒やグレーの無骨な筐体。並んだメーターの針。赤や緑に光る小さなランプ。それはもう、ただの勉強机ではなかった。
まるで、航空機のパイロットが座る、コックピットのようだ。
わたしは、その司令席に座る機長。正面に鎮座するメインの無線機。その横には、電波の状態を視覚化するアンテナアナライザー。さらにその隣には、父が昔使っていたという真空管式の古い受信機。
二階の部屋に積み上げられた無線機材は、わたしの小さな宇宙船を構成する、大切な計器たちだった。
免許取得のための勉強は、まだ道半ば。けれど、わたしは毎朝、ある儀式を欠かさなかった。それは、この宇宙船のシステムを起動させるための、大切なルーティン。
わたしは椅子に深く腰掛けると、一つ、息を吸った。
まず、安定化電源のメインスイッチ。プラスチックのカバーを跳ね上げ、ミサイルの発射ボタンのようなトグルスイッチを、人差し指で押し上げる。
カチリ。
「電源、投入」
唸りを上げて、冷却ファンが回り始める。メーターの針が、ゆっくりと所定の電圧まで振れた。
次に、無線機本体の電源。
「メインシステム、オンライン」
アンテナアナライザーの電源。
「航法システム、起動」
そして、最後に真空管式の受信機。古いスイッチを捻ると、オレンジ色の淡い光が真空管の中に灯る。
「サブシステム、ウォームアップ開始」
まるで、出撃前のパイロットのように、わたしは一つ一つのスイッチを、確かな指の感触を確かめながらオンにしてゆく。
すべての計器に電源が行き渡り、部屋が冷却ファンの静かなハミングと、計器類の放つ微かな光で満たされる。わたしは、コックピット全体を見渡した。
「システムチェック……オールグリーン! スタンバイOK」
よし。今日も、わたしの宇宙船は正常に機能している。
まだ、遠くの星と交信するライセンスは持っていない。でも、こうして毎朝、自分の手でシステムを起動させることで、わたしは自分がこの場所の主(あるじ)なのだと、実感することができた。
誰かに操作されるのではなく、わたしが操作する。
誰かの言葉に怯えるのではなく、わたしが言葉を発する準備をする。
「さて、と」
わたしは傍らに置いていたコーヒーのマグカップを手に取り、机の上にカタン、と置いた。白い湯気が、計器の光に照らされて立ち上る。
「……テイクオフ。今日のフライトプランは、無線工学の第二章、ね。まるで宇宙ステーションみたいだわ」
そう小さく呟いて、わたしは参考書の最初のページを開いた。
窓の外では、いつもと同じ朝が始まっている。でも、このコックピットの中にいるわたしは、昨日までのわたしとは、もう違う。
遥かな宇宙(そら)へ向けて、飛び立つ準備は、できている。
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