第20話 影の葬儀屋たち

決行の前日。 街の空は、西から流れてくる鉛色の雲に覆われていた。


「おい、車輪の音をもっと消せ。油をさせ」


ガエルは路地裏の奥まった場所で、仲間たちに低い声で指示を飛ばしていた。 彼らの目の前には、市場の裏手から拝借してきた一台の荷車がある。普段は腐った野菜を運ぶためのものだが、明日の夜、これはエリストールという名の高貴な遺体を運ぶ霊柩車となる予定だった。


「ガエル、本当に上手くいくのか? お嬢様を棺桶ごと盗み出すなんて」


車軸に布を巻き付けていた少年が、不安そうに顔を上げた。 ガエルの計画は大胆だった。 男爵が仮死状態になった娘を屋敷から運び出す際、あるいは医師に見せるために移動させる際、その馬車を襲撃するか、混乱に乗じて荷物をすり替える。 そのためのルート確認と、追っ手を撒くための煙玉の準備は完了していた。


「やるしかねえんだよ。……あの薬を買うのでスッカラカンだ。失敗したら、俺たちはただの貧乏な泥棒として処刑台行きだ」


ガエルは強気な言葉を吐いたが、その掌は冷たい汗で濡れていた。 相手は領主だ。いくら狂っているとはいえ、私兵を持っている。 だが、彼には勝算があった。 スレートが運んできた屋敷の見取り図によれば、明日の夜、警備の配置が手薄になる時間帯がある。エリストールが父の行動パターンを読み切り、計算した隙だ。


「お嬢の頭脳と、俺たちの足。……最強のコンビだろ?」


ガエルは荷台に積んだボロボロの毛布を撫でた。 明日の今頃、ここには蒼白な顔をした彼女が眠っているはずだ。 そして、『太陽の涙』の効果で目を覚ました彼女に、一番に言ってやるのだ。 ようこそ、クソッタレで自由な外の世界へ、と。


一方、屋敷の中では、静寂が張り詰めた糸のように漂っていた。


エリストールは、自室の鏡の前で何度もリハーサルを繰り返していた。 袖口の隠しポケットから、小瓶に見立てた小指の先ほどの丸めた紙くずを取り出し、口に含み、ワインを飲むふりをして、喉の奥へ流し込む。 その一連の動作を、瞬きするほどの時間で行わなければならない。


「……遅い」


彼女は鏡の中の自分を睨みつけた。 父の目の前でやるのだ。少しでも不審な動きをすれば、無理やり口をこじ開けられるかもしれない。 指先の震えが止まるまで、彼女は何十回、何百回と繰り返した。


廊下を歩く足音が聞こえるたび、心臓が跳ね上がる。 バルガン男爵は、明日の晩餐に向けて興奮状態にあり、屋敷中の使用人に理不尽な命令を怒鳴り散らしているという。 唯一、執事のマリウスだけが、嵐の前の海のように静かだった。


「お嬢様」


不意に扉越しに声をかけられ、エリストールは練習していた手を止めた。マリウスの声だ。


「明日の晩餐のメニューが決まりました。……仔羊のロースト、香草添えです」


「……そうですか。ありがとう」


「それと、旦那様がワインセラーから『特別な一本』を取り出されました。くれぐれも、飲み過ぎませぬよう」


マリウスの言葉には、奇妙な含みがあった。 彼は知っているのだろうか。男爵がワインに毒を盛ることを。 あるいは、エリストールが何かを企んでいることを。


「忠告、感謝します」


エリストールは短く答えた。 マリウスの足音が遠ざかっていく。 敵か味方か分からない不気味な執事。だが、明日の夜、彼がどちら側に立とうとも関係ない。 エリストールはガエルを信じ、ガエルはエリストールを信じている。 それだけが、この孤独な戦いの支えだった。


窓の外で、雷鳴が遠く轟いた。 嵐が来る。 それは、バルガン家の崩壊を告げる号砲のようだった。

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