第3話 その放棄、家もセットです
私はスマホの画面を、健太の顔の前に突きつけた。
そこには、法律事務所の解説サイトが大きく表示されている。
「ほら、ここ。よく読んでみなさいよ」
健太は眉をひそめ、渋々といった様子で画面を覗き込む。 そこには、残酷なまでの真実が赤字でハッキリと書かれていた。
『相続放棄とは、被相続人の権利や義務を一切受け継がないこと。借金などのマイナス財産だけでなく、不動産や預貯金などのプラスの財産もすべて放棄することになります』
健太の動きが、ピタリと止まる。
文字の意味を理解しようと、必死に脳を回転させているのだろう。 その眼球が小刻みに揺れていた。
「……は? いや、だから……これは、一般的な話だろ?」
「あんたがやった手続きの名前は?」
「……相続、放棄」
「じゃあ、これがあんたのやったことよ。あんたは借金をチャラにする代わりに、この家も土地も、お義父さんの残した預金も、すべてドブに捨てたのよ」
健太の顔から、サーッと血の気が引いていく。 ようやく、事の重大さに気づき始めたらしい。
「う、嘘だ……だって、俺はこの家に住んでるし……」
「住んでるかどうかは関係ないの。あんたは法的に『お義父さんの子供ではない』と宣言したのと同じなんだから」
健太は震える手で自分のスマホを取り出し、どこかへ電話をかけ始めた。
『おい! 相続放棄したんだけどよ、家は残るよな!?』
スピーカーにしなくても、漏れ聞こえる相手の声で結果は明白だった。
『は? ……え? ……全部なくなる? おい、ふざけんなよ! そんなの聞いてねえぞ!』
健太は絶望に満ちた顔で電話を切ると、ガクリと膝をついた。
「……嘘だろ……」
「嘘じゃないわよ。よかったわね、借金返さなくて済んで。その代わり、住む家もなくなったけど」
私が冷たく言い放つと、隣で固まっていた里奈が金切り声を上げた。
「はあ!? ふざけないでよ! 私、健太が『家持ちの長男』だから結婚したのに! 家がないならただの借金男じゃん!」
「い、いや待て里奈! 俺には借金はない! 借金はチャラになったんだ!」
「家もなきゃ意味ないでしょ! バカじゃないの!?」
内輪揉めを始めた二人を眺めながら、私は最後の一撃を加える準備を整えた。
ここからが、本当の本番だ。
「ねえ、そこで騒いでるお二人さん。まだ話は終わってないわよ」
私が声をかけると、二人がビクリとしてこちらを向く。
「健太が相続放棄したことで、この家がどうなるか……考えなかった?」
「ど、どうなるんだよ……国の物にでもなるのかよ……」
「いいえ。――あんた、お義父さんが書いていた『遺言書』の存在、知らなかったでしょ?」
健太が目を見開く。
「ゆ、遺言書だと……? 親父がか?」
「そう。遺言書にはこう書いてあったわ。『私の財産である家と土地は、すべて孫の春斗に譲る』ってね」
私は、大切に保管していた遺言書の写しを二人の前に広げた。
「は、春斗に……? で、でも、俺には『遺留分』ってやつがあるはずだろ! 息子なんだから、半分は貰えるはずだ!」
おや、変なところだけ知恵がついている。 だが、それも無駄なあがきだ。
「そうね、普通ならそう。でも健太、あんたさっき何をしましたっけ?」
「……あっ」
「そう、あんたは『相続放棄』をした。つまり、あんたはもう『相続人』じゃないの。相続人じゃない人間に、遺留分なんてあるわけないじゃない」
私は胸の前で腕を組み、仁王立ちで二人を見下ろした。
「つまりね、あんたが放棄してくれたおかげで、遺留分の請求権も消滅したの。この家は、100パーセント、正真正銘、春斗のものになったのよ」
健太と里奈は、口をあんぐりと開けて固まっている。 「健太。あんたが捨てた瞬間に、ここは私の城になったの。春斗の後見人は私なんだから」
私は、今まで一度も見せたことのないような冷酷な笑顔を浮かべた。
「さて……部外者の不法占拠者さん。いつまでそこにいるつもり?」
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