第2話王都アストファルの現実

アストファル王都は、思っていたよりも――小さかった。


 城壁は低く、ところどころ崩れている。門番はいるが、鎧は修理跡だらけで、武器も古い。

 だが、通りを歩く人々の表情は暗くない。


「陛下だ!」


「女王様がお帰りだぞ!」


 馬車が門をくぐると、民が手を振り、頭を下げる。

 パン屋の主人が声を張り上げた。


「今日のパンは半分持ってってください!」


「ありがとうございます。でも、代金は払います」


 アリエルは微笑みながら、きっぱりと断った。


 ――この人、国に愛されてるな。


 俺は自然と、彼女の背中を見てそう思った。


 城に近づくにつれ、街並みはさらに質素になる。

 露店は少なく、活気も控えめだ。それでも、誰も彼女を恨んでいる様子はない。


 城門が開く。


 ……正直、言葉を失った。


「城、だよな……?」


 石造りではあるが、壁にはヒビ、旗は色褪せ、庭には雑草。

 日本で言えば、文化財指定前の古い地方城レベルだ。


 アリエルは少しだけ苦笑した。


「驚かれましたか?」


「いや……正直に言うと、想像以上だ」


「そうですよね」


 彼女は視線を逸らす。


「ですが、これが我が国の全てです」


 城内はさらに質素だった。

 豪奢な装飾などなく、絨毯はすり切れ、廊下の照明は魔石一つ。


 玉座の間に入ると、年配の宰相が駆け寄ってきた。


「陛下! ご無事で……!」


「ええ。こちらの方が助けてくださいました」


 宰相――ハロルドは、俺を見るなり深々と頭を下げた。


「この国を代表し、礼を申し上げます」


「いや、そんな……」


 慣れない。

 俺はただ、助けただけだ。


「本日の襲撃は……やはり」


 ハロルドの声が低くなる。


「はい。間違いなく、隣国バルモアの影が見えます」


 アリエルは静かに言った。


「最近、盗賊が増えています。偶然ではありません」


 政治的な話になりそうだと思い、俺は一歩下がろうとした。

 だが、アリエルは俺を見た。


「レオ、あなたにも聞いていただきたいのです」


「……俺に?」


「ええ。あなたは、もう無関係ではありません」


 その言葉に、胸が少しだけ締め付けられた。


 宰相が説明を始める。


「我が国は資源に乏しく、交易路も弱い。近隣諸国からの圧力は年々強まっています」


「貢納金も限界です」


 アリエルが続ける。


「それでも戦争を避けるため、私は……」


 彼女の拳が、わずかに震えた。


「自分を差し出す覚悟でした」


 沈黙が落ちる。


「政略結婚、あるいは……人質として」


 ――それで、あのとき。


 盗賊に連れて行かれようとした理由が、はっきりした。


「バカだな」


 思わず、口に出ていた。


 場が凍る。


「なっ……!」


 宰相が声を上げかけたが、俺は続けた。


「王様が、自分を犠牲にして国を守るのは立派だ。けど、それで民が笑えると思うか?」


 アリエルは、驚いたように俺を見つめている。


「王が消えた国に、未来はない」


 俺は、はっきりと言った。


「だから――俺がいる」


「……え?」


「この国、立て直そう」


 軽い口調だった。

 だが、胸の奥では決まっていた。


「俺には力がある。戦争をせず、国を守る力が」


 宰相が、信じられないものを見る目をする。


「あなたは……何者なのですか」


 俺は少し考えて、答えた。


「通りすがりの異世界人だ」


 冗談半分。

 だが、アリエルだけは、なぜか微笑んだ。


「……不思議ですね」


 彼女は小さく息を吸い、俺に頭を下げた。


「どうか、力を貸してください。レオ」


「もちろん」


 俺は頷く。


 女王と、異世界の少年。

 不釣り合いな二人が並んで立つ。


 だが、この瞬間、

 アストファル王国の運命は、確かに動き出していた。

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