「怪異が蔓延る絶望的な世界」と聞けば、多くの人は命がけの逃走劇や、緻密な頭脳戦、あるいは血みどろの死闘を想像するだろう。しかし、本作の主人公・糸瀬蓮が取った生存戦略は、それらのどれでもない。あろうことか、襲いくる怪異を「喰らう」という、本職の人間から見れば最悪の禁忌だった。この一見すると狂気じみた、しかし主人公にとっては至って真面目な生存への執着から始まる物語が、とにかく最高に面白い。
本作の最大の魅力は、なんと言っても主人公・蓮の圧倒的な「理不尽さ」と、彼を取り巻く周囲の「勘違い・温度差」が生み出すシュールな笑いにある。
どれほど恐ろしく、不気味な呪いや能力を持つ怪異が現れようとも、蓮の前に立てばそれはただの「食料」あるいは「非常食」でしかない。本職である陰陽師や封印師たちが、命を削り、格式高い術式を駆使してなお苦戦する大物を、蓮はただのフィジカル(純粋な暴力)で消し飛ばし、平然と貪り食っていく。この圧倒的な主人公最強格の爽快感は、現代ファンタジー好き、あるいは無双モノ好きの読者なら間違いなくカタルシスを覚えるはずだ。
しかし、本作は単なる「無双系」に留まらない。蓮自身はどこまでも「自分は一般人であり、生き残るために仕方なくやっている」というスタンスを崩さないのに対し、周囲の人間(そして怪異たち)からの見え方が完全にバグっている点がスパイスとして効いている。
命がけで戦うプロたちが、蓮の常軌を逸した強さと「怪異を美味そうに食う」というバケモノ染みた奇行を目撃した瞬間の、あの何とも言えないドン引きっぷりと気まずい空気感。そして「この男はいったい何者なんだ……」と勝手に畏怖を深めていく周囲の勘違いの連鎖が、シリアスなホラー演出の中に絶妙なコミカルさをもたらしている。このダークさとシュールさのバランス感覚が本当に見事だ。
世界観の設定も緻密で、ホラー小説としてのジメッとした不気味さや怪異の脅威がしっかりと描かれているからこそ、それを力技でブチ破る蓮の規格外な行動がより一層際立つ。ただ強いだけでなく、怪異を喰った代償として人間の枠から外れていく蓮の危うさや飢餓感といったダークな要素も物語の芯にあり、先が気になってページを捲る手が止まらなくなる。
「おどろおどろしい現代怪異ホラー」と「爽快無比な主人公最強モノ」、そして「クスッと笑える勘違いコメディ」。これらすべての要素が奇跡的なバランスで融合した傑作だ。スカッとしたい人にも、一風変わった現代ファンタジーを読みたい人にも、自信を持って星3(強くおすすめ)を付けたい。